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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
第十五章 学内ランキング戦
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防衛戦の記憶

「え? あれ? あの髪は……」

「言っておくけど魔族じゃないからね」

「ですよね」


 思わず口走った言葉に師匠がすかさず訂正を入れてきた。

 初対面の相手をいきなり魔族扱いは勘違いにしても酷過ぎる。反省しよう。でも我が事ながらそう勘違いするのも無理はないと思う。

 原因は彼女の銀髪。

 ただし、普通に言われるような銀髪ではない。

 例えば写真で見たことのある二号結界の結界長の銀髪とは異なり、金属の銀そのままの色合いなのである。金属質の髪色は魔族の特徴だ。『魔族セット』の髪色変更スキンともそっくりだ。


「桜ちゃん、改めて紹介するわね。エルダーのアリアンよ」

「初めまして。天音桜です」

「初めまして。アリアン・エムエルフです」


 交わす挨拶に翻訳アプリのアイコン点灯は伴わない。何処の国の人か判らないが不自由なく日本語を話せるらしい。

 それにしても、勿体無いと思ってしまう。

 このアリアン・エムエルフというエルダー、もの凄く綺麗だ。声も耳に心地良い。なのに、感情が全く感じられないせいで人間的な魅力もまた感じ辛い。「待たせてしまったようですね。もうしわけありません」と言葉では師匠に謝罪しているのに、顔は表情筋がまるで仕事をしていないかのような無表情、声も抑揚の無い一本調子の喋り方。作り物のよう、と言ってしまえば失礼極まりないが、言わないだけで彼女を前にしたら誰もがそう思ってしまうのではないか。せめて微笑みでも浮かべてくれたら私的エルダー美女ランキングでライアに次ぐ二位に輝けそうな素材なのに……まったくもって勿体無い限り。

 いや、格上相手にこんな値踏みするような考えをしている時点で失礼か。


 それはともかく、彼女の名前には聞き覚えがある。

 龍鳳のマップデータを作成した『完全記憶』と『記憶の電子データ置換』の能力持ちだった筈だ。

 さて、そんな彼女を紹介されたのは何故なのか。私の方は前回ログイン時のまま完全武装状態だけどアリアンの方はと言えば武器も防具も無しのパンツスーツ姿。バトル的な用件でないのはほぼ確定だ。


 そんな疑問が顔に出ていたのか――いや、間違いなく出ていたようで、「桜ちゃんが気にしている用件は」と師匠。


「ズバリ、桜ちゃんの記憶をアリアンに見せて貰いたいの」

「記憶を見せる、ですか?」


 そう言われても私には自分の記憶を他者に見せるようなスキルの持ち合わせが無い。とすればアリアンの方に他者の記憶を覗き見るスキルがある事になる。

 ……って、これはかなりヤバい組み合わせな気がする。

 アリアンには『完全記憶』と『記憶の電子データ置換』があるのだ。その気になれば読み取った記憶を細大漏らさず動画データなりに変換して第三者にも見られるように加工できる。

 本気でヤバい。

 なにしろ自分自身の記憶。誰にも知られたくない恥ずかしい内容のものだって山盛りだ。暴露されればプライバシーの侵害どころではなく、やるかどうかは別にして、それをできる相手に記憶を読ませるのは勘弁して欲しいのが正直な所だ。


 そして、内心での拒絶はやっぱり顔に出たようで。

 そろそろ私限定で“内心”という言葉の定義を考え直すべきかもしれない。


「抵抗があるのは判るわ。だから、まずどうしてそうして欲しいのか理由を説明するわね」


 苦笑交じりにそう前置いて師匠が説明したところによると。

 もうすぐ第三次世界大戦終結から一周年となり、これを機に守備隊では終戦記念イベントを予定している。その一環として企画されているのが『CODによる結界防衛戦の再現』だそうだ。海魔迎撃戦の予行演習用再現データと同様の物を四つの結界分で作成するらしい。

 必要な記録はある程度揃っている。防衛戦中は結界面が透明化していて外部の観測班が映像を撮影しているし、結界内でも情報収集は行っていた。しかしより細密に再現するために各結界の重要局面に関わった隊員の記憶からもデータを収集したいと。で、だ。魔族が大量にいた二号結界では“魔族殺し”もまた大勢生まれていて魔族討伐だけでは重要局面と言うには足りないけれど、出現魔族が六体のみだった四号結界での“魔族殺し”は重要局面と言うに足る。だから当事者である私の記憶も読ませて欲しい。本来なら守備隊本部からの要請となり、他の候補者にはそうなっているけれど、私に関しては個人的な繋がりがある師匠からの方が早いからと直接話を持ってきた、という経緯になる。


 趣旨は理解した。

 終戦イベントはKODと同じく若年層のスキル離れを抑止する目的だ。再現データはイベントだけでなく訓練用にも使える。どちらも有益なのは間違いなく、協力できるならするべき案件である。


「読ませて欲しいのは防衛戦の間だけ。四号結界だと三日間くらいかしら? その間だけで良いのよ」

「そうは言っても……そんな都合良く三日分だけとかできるんですか?」

「それは大丈夫です。人間の記憶にはかなりの頻度で日時が紐付けられていますので、それを手掛かりに検索すれば期間を限定するのは容易です」


 私の問いは師匠に向けてだったが、答えたのはアリアンだった。相変わらずの平坦な声で語られた根拠にはなんとなく納得できる。言われてみれば行動の節目節目で時間を確認するのは現代人の習性みたいなものだ。時計を見た訳ではなくても大凡の時間は判る。防衛戦が始まったのは“勤務が終わって宿舎に戻ろうとしていた時間”。宿舎に戻ろうとする路上でサイレンを聞いたから間違いない。終わったのは“日勤と夜勤の交代時間”だ。通常勤務への移行を喜ぶ歓声の中で「このまま夜勤じゃん!」と嘆いている人が印象に残っているからこちらも確かだ。

 検索なんて機械的な処理ができるのかは甚だ疑問ではあるけれど、規格外の力を持つエルダーの中でも更に異質という意味で規格外なアリアンができると言うならできるのだろう。

 でも、


「三日間だけだとしても、その間にも色々ありました」


 ほとんど戦闘漬けみたいな防衛戦の三日間とはいえ、本当に戦闘だけをしていた訳では無く、小休憩でトイレに行ったり大休憩でシャワーを浴びたりしていた。成美を丸洗いなんてのもあったっけ……。そうだ、記憶しているのは自分自身の事だけじゃない。成美や舞弥さん、名前も知らない女性隊員、そうした自分以外の人の全裸もバッチリクッキリ鮮明に憶えている。私の一存で公開を決めて良いものなのか。「もちろんプライバシーに関わる部分は編集でカットしてから運営に渡します」と言われても、その前にアリアンには見られてしまう訳で。


「気にし過ぎでしょうか」

「いいえ、当然の配慮よ。でもアリアンに対しては無用ね。まずアリアンには何を見られても大丈夫だと考えて。アリアンは女性の裸なんか見てもなにも感じないから。“漬物石でも見ているような”って言うでしょ? それだから。あと、編集でカットした部分は完全に記憶から消せるの。思い出して後からどうにかするというのは有り得ないから安心して」

「言葉だけでは信じられないでしょう。これを見て下さい」


 いつの間にかアリアンの手に可視化されたステータスウィンドウがあり、私に向けて差し出してきていた。表示されているのはスキルのページ。スキル構成を詮索するのは重大なマナー違反なのだけど、本人が見ろと言っているなら構わないか。


 ……なんだこれ。


 ウィンドウ一杯にみっしりと文字が詰まっていて、しかも左端にスクロールバーまである。これだけの情報量で一ページに収まりきっていないなんて、どれだけのスキルを保有しているのか。

 初見でまず圧倒され、次にパッと見で目に付いた単語に度肝を抜かれる。散見される『〇〇魔術』はまだ良い。幾つもの系統を修得しているのは凄い事ではあっても異常ではない。問題は『光学兵装』『視線照準式ビーム』『力場生成』『バリア』等々だ。異質であるが故に目に止まる。これ、スキル? 一人だけSFの世界に生きているんじゃないの?


「注目すべきはここです」

「あ、はい」


 指差された箇所には記憶に関する四つのスキルが並んでいた。


『完全記憶』:機能している感覚から得た情報を完全な状態で保存する。

      *記憶できる情報量に上限あり。現在67%使用中。


『記憶消去』:記憶している情報を消去する。使用されていた領域は仮の空き領域となり新たな記憶の保存が可能となる。また、同領域に上書きされるまでは『記憶復元』での復帰が可能。


『記憶復元』:消去を行った記憶を元の状態に戻す。『記憶抹消』された記憶は不可。


『記憶抹消』:記憶している情報を抹消する。使用されていた領域は完全な空き領域となる。抹消された記憶は『記憶復元』でも復帰できない。


 …………。


 ……うーん、ほんとうになんだこれ。

 保存、消去、復元、抹消。昔読んだパソコンの入門書に似たような説明があったような気がする。人間の記憶ってこういうものだっけ? CODのスキル登録システムは嘘なんて吐けない仕様なのだから、こうして登録されているからにはできるのだろうけど。

 この上で保持している記憶を電子データに置換するスキルもある、と。

 人間か?

 いや人間じゃない、エルダーだ。

 そしてエルダーにしても異質過ぎる。

 一切の感情を窺わせない無表情と声、“作り物のよう”という第一印象と奇妙なスキル。精巧に作られた人型ロボットと言われたら信じてしまいそうだ。


 ……くだらない。ロボットなんてそれこそSFの世界だ。


「編集と抹消操作はあなたが見ている前で行います。これでどうでしょうか」

「判りました。それなら構いません」


 口で言われただけなら到底信じられないが、嘘を吐けないスキル登録システムの仕様は絶対だ。私の仙導力がそうだったように、現実にできるという裏付けが無ければスキルとして登録できないのだ。後は女性の裸を漬物石と変わらずに見るという師匠を信じて了承するしかない。


「それではどこかでお会いしないといけませんね。師匠、場所と日時はどうしますか」

「何言ってるの、今からここでやるのよ」

「え?」

「何のためにわざわざ仮想世界に呼び出したと思ってるの」

「え? いえ、でも記憶を見るって、魔術ですよね? 直接会わないと魔術かけられないじゃないですか」

「そういう認識なのね。実はね、桜ちゃん、一部の魔術限定でアリアンは仮想世界からでもかけられるのよ。と言うか、桜ちゃんももう似たような体験しているでしょ」

「え?」

「スキル登録システム」

「あ……ああ! スキル登録システムにヒュプノシス系の魔術が応用されてるって話、聞いたことあります!」

「そうそう、それよ。まあ登録システムのほうは脳に直接干渉できるVRの技術を使って魔術っぽい作用を再現しているだけみたいだけれど。アリアンはその再現方法を逆に魔術として個人で再現できるの」


 脳の入出力に干渉して仮想世界への没入を可能としている現代のVR技術は、精神に干渉する類の高度な魔術と類似する点が多々あるという話は聞いたことがある。だからこそスキル登録システムにヒュプノシス系魔術の原理が応用できる訳だ。が、その方式を再現して個人でネット回線経由に魔術を行使するというのは……いや、もう驚くまい。このアリアンというエルダーはこういう機械関係のスキルに特化している。それで無理矢理にでも納得しておこう。


「ふふ、判らない事も判らないままに受け容れる。さすが桜ちゃんだわ。じゃあ、アリアン、やっちゃって」

「はい」


 アリアンの掌が私の額に翳され、スキル登録時同様の立ち眩みに似た感覚に襲われた。慣れはしたが好きになれない感覚である。


「おや?」


 不意に、目の前のアリアンが僅かに首を傾げた。角度にして一度か二度くらい。初めて見るアリアンの人間らしい動作は師匠にとっても椿事であるらしく軽い驚きを表している。


「どうしたの?」

「長いです」

「長い?」

「どれだけ情報過多であっても人間が三日間で得るには多すぎる情報量です。平均的な情報量に照らして既に一年分以上。まだまだ増えています。いくらなんでも長すぎるのです」

「それって指定の三日間以外まで読んじゃってるんじゃないの?」

「いえ、タイムスタンプは間違いなく指定していますのでそれはありません」

「それならどうして……」


 ……本人を前にしてそういう不穏な会話は止めて欲しい。

 病院で健康診断受けたら医者と看護婦がいきなり深刻な顔で内緒話を始めたらこんな感じなんだろうなという不安でいたたまれない気持ちになる。

 と言うか、異常があるなら、


「あの、異常があるなら一度中断した方が良いのではありませんか?」


 ナイス、ライア。私もそう言いたかった。


「異常ではありますが、害がある類の異常ではありませんので続行します。どうせ編集するのですから余分な記憶まで読んでいたとしても問題にはなりません」

「そうね。二度手間になるからこのままやっちゃいましょう」


 あっさり却下された!?

 問題になるかならないかは私に判断させてほしい。

 ライアも「そうですか」なんて簡単に引っ込まないで!


 そうして長いようで短い時間が過ぎ、立ち眩み感が去って体の自由が戻ってきた。


「どうなってるんですかいったい!?」

「概算で四年くらいになっています」


 違う。そうじゃない。私が聞きたいのは読み取った記憶がどれくらいになったのかではなく、どうしてそうなったのかだ。時間と記憶の紐づけとか言っていたのに……。


「……」


 無言無表情のままなにやら操作をしていたアリアンが二枚の画像を差し出してきた。


「始点と終点のスチルです。確認して下さい」


 始点はビルの谷間から空を見上げた画像。画一的なデザインのビル群は結界街のそれだ。サイレンが鳴ると同時に結界面が透明化したのに驚いて思わず空を見上げた時の記憶だ。

 終点は結界戦闘域でよれよれに疲れ切って、でも満面の笑みを浮かべた守備隊員の中に一部悲嘆に暮れている人もいるという防衛戦終了時の記憶。


「あれ? これが最初と最後なら確かに防衛戦の三日間で間違いないですね」

「はい。タイムスタンプどおりです」

「それならどうして四年分なんて……あ」

「桜ちゃん、その顔、なにか心当たりがあるの?」


 心当たりは、あった。

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