三条珠貴:第一世代の隠し名
鹿目さんの核式障壁には大いに期待できそうだ。『穴』の向こう側にある魔族製の核式障壁は魔導端末の簡易儀式魔術を用いた二重増幅の砲撃さえ防ぎきっている。鹿目さんが作る要石がどれほどなのかは現状不明だが、普通の障壁や、ましてや一言呪文化の為に劣化している私の『盾』よりも強固なのは疑いない。私が考えていた魔導端末の道具化は攻撃面を重視していただけに、真逆の発想で防御面が強化されるのは心強い。
と、そんな事をつらつらと考えていたら、
「ところで三条さん、さっき挨拶の時に妙な間があっただろう? あれって僕の名前のせいなのかな?」
「そうです。名札を見て、その漢字で“カナメ”って読むのは珍しいなと思いました」
あの時戸惑った私に気付いていたようなので、理由を正直に明かした。問い掛け方からしてこういう反応には慣れているようだと感じたのは正解だったようで「やっぱりそこ引っかかるよね」と苦笑している。
「実はこれ隠し名なんだ」
「隠し名?」
「そう。昔は要石の字でそのまま要姓を名乗っていたんだけどね。姓から一族の特性を読み取られないように似た読みの漢字に変えたのさ」
「どうして隠すんですか?」
「昔は今ほど平和じゃなかったからさ。スキル――昔は異能と呼ばれた特殊な力を持つ家は大概が強い影響力を持っていた。権力者だったり、そうでなくても権力者に極めて近い位置にいて頼りにされていたりってね。そうすると、権力争いが起こればスキルとスキルがぶつかり合う異能バトルの勃発だ。そんな時に『名は体を表す』よろしく、どんな異能を持っているのか丸わかりな家名ってのが相当不利になるのは判るだろ?」
「それは、良く判ります」
彼を知り己を知れば、と言う奴だ。実際に戦う前に情報取集するのはとても大事である。宇美月学園在学時、霧嶋さんに勝てたのは彼女の『隠形』対策として事前に多弾型で連射できる『打て』を作っていたからだし、天音さんとの試合に先立っても天音流剣術の特性は可能な限り調べ上げたものだ。弱点を探り出せれば最上であるが、そこまで行けなくてもどんな特徴があって何を得意にしているのか、それが判るだけでも色々と対策を練る事ができる。
それを踏まえると、名乗るだけで能力を把握されてしまう家名というのは致命的ですらあるだろう。
「だったら最初からそんな家名にするなって話になるけど……ところがもっと遡ると職業や能力に即して名乗るのが流行った時期があるらしいんだ。普通の家系にもあるだろ? 機織りに関係深い家が“織部”や“織作”、庄園管理の役職にある家が“庄司”とかね。うちもそうだ。だもんで、比較的古い家系にはそのものズバリな姓が多いんだ。そうして何代も続けば愛着も湧く。不利だからと言ってあっさり捨てるのは忍びないって事で、一見してそうとは判らない隠し名を使うようになった。鹿目で“カナメ”読みなのはそういう事情があるんだ。似たような事情で隠し名を使っている第一世代の家系は結構多いよ。有名なところだと去年の防衛戦で活躍した武神とか。あそこは八百万の神由来の異能を使う。そのまま武の神だね。でも家の表札は植物の竹に上下の上で“竹上”になってる」
「はあ……家の表札なんて良く知ってますね」
「あそこは同年代の奴がいて幼馴染なんだ。昔は良く遊びに行ったし、今もたまに行ってる。僕が『天の目』を知ったのも武神の家にあったからだ」
「あ、そうつながるんですね」
二号結界で数十の魔族を討伐した『武神』であれば戦利品として『天の目』を入手していてもおかしくない。
「他だと……雷系の異能持ちで御雷が発音の近い“三日月”とか、犬狼絡みの犬威が“乾”とかあるな」
鹿目さんはさらさらとメモ帳に二種類ずつの漢字を書いていく。
こうして見ると、なるほど隠れている。三日月から雷は連想できないし、乾は……戌亥だからちょっと犬にニアミスしているけれど易占用語でもあるから占い関連の能力かと誤解を誘えそうだ。
でもそれらと比べると、
「鹿目さん、あまり隠れてませんね」
読み方を“要”に寄せているせいで不審を抱かれやすい。隠し名の趣旨からすると少々マズいのではあるまいか。
そう指摘すると「だよね」と要さんは先ほどよりも深い苦笑を浮かべていた。
これはあまり突っ込まない方が良い話題みたいだ。
「そう言えば、専門校の同級生と後輩に第一世代の家出身の子がいました。霧嶋さんと森上君ですが、これも隠し名なんでしょうか」
話題を逸らす意味で何の気なしに訊ねてみると、鹿目さんは軽く目を瞠っていた。
「霧嶋と森上だって? 凄いところと知り合いなんだね」
「あの二人が色々凄いのは確かですけど……鹿目さんが言っているのは家として凄いということですか?」
「うん。第一世代と一口に言っても発祥時期はまちまちだ。鹿目もそれなりに古くからある家系だけど霧嶋と森上は群を抜いてる。特に霧嶋。“京の昇陽統一”、この辺の文献にも名前が出てるって言ったらどれほど古い家系か判るだろ? 同じ時期から続いているのはさっき挙げた御雷家くらいじゃないかな。森上はその少し後になる筈だ」
「昇陽統一……!? それって……神話に片足突っ込んでませんか!?」
「そうだね、建国神話と歴史のギリギリ境目くらいだね」
「あの二人が……」
天音さんとじゃれあってきゃっきゃうふふしていた霧嶋さんと、女子の胸に興味津々な森上君がそんな由緒ある家の出身だったとは。
「それはともかく、霧嶋と森上は隠し名じゃないね。もともと家名と特性が関係無い類の家だから隠し名にする必要が無い。森上は……昔は森守だったとも言われているけれど」
「森を守る、ですか」
「うん。富士山近くの森と言うから樹海になるのかな。そこに本拠を構えていたそうだ」
「すると住処由来の姓ですね。森上流弓術とは関係ないですから隠し名ではなさそうですが、そうすると何故“上”に変えたんでしょうか?」
「それは……嘘かも知れないけど、森“守”だと『もりもり』と誤読されやすくて嫌気がさしたとか……」
「もりもり!?」
もりもりは確かに嫌だな。緊迫した場面で「もりもりー!」とか叫ばれたら笑ってしまいそうだ。
嘘かも知れないと前置きした鹿目さんは曖昧に濁しているけれど、森上家ならそういうのもアリかもしれない。そう感じてしまうのは当代の森上君を良く知っているからなのだろうか。
「……由緒ある家に纏わるエピソードなら何でもかんでも厳かって訳じゃないからね」
由緒ある家の出である鹿目さんは、そう言って三度苦笑を浮かべるのだった。
*********************************
話が一段落したところで時間を確認すると、そろそろお昼休みが終わる頃合いだった。
特待生の特権でフリーになっている私達はこのまま食堂に居座って打ち合わせを続けても問題無いが、普通の新入生は午後の講義はあるため移動を開始している。空の食器を乗せたトレーを返却口へと運ぶ彼等は私達のテーブルの傍を通ろうとしない。さり気なくずれた動線を選択している。
……やっぱり避けられている。
そう再認識させられて小さく溜め息を吐く。
「その様子だと三条さんも今までボッチだったみたいだね」
「……避けられているのは事実ですね。同期とまともに話すのは鹿目さんが初めてです」
「僕もそんな感じだよ」
そう言えば、私のこの現状を知る柊さんは鹿目さんを指して「彼も似たような状態だから」と言っていた。
「あの、鹿目さんは何か心当たりがありますか? どうして避けられなくちゃいけないのか判らなくて」
常々抱いていた疑問を口にすると、鹿目さんは「え?」と信じられないものを見るような顔をして「本当に判らないのかい?」と続けた。
「判りませんよ。だって養成校に来て初めて会った人達なんですよ? 過去の因縁とかそういうのあり得ませんし」
「過去じゃないね。先だよ、先。未来だね」
「未来?」
「三条さんは三条支部長の娘だろ? それだけでもアレなのに特待生の推薦は機構創設の魔人メリナ・マークエインとくれば……下手に関わって不興を買ったら将来に差し支える。そう思われても仕方ないよね」
「……なるほど、理解しました」
支部長の娘であり、最高権力であるメリナから推薦を受けている。
傍から見ればどれだけ強力なコネを持っているのかと勘繰りたくもなる、か。
「その様子だと本当に判ってなかったみたいだね」
「気に入らない事があるからといって父やメリナに告げ口するつもりは毛頭ありませんでしたから。あれ? でもそうすると鹿目さんのほうはどうしてです?」
「僕を推薦してくれたのが三条支部長だから」
「父が、鹿目さんを?」
「そうだよ。三条さんの推薦をメリナ・マークエインがしたから支部長の持ち枠が一つ空いてね。僕はそこに滑り込み」
そう言って鹿目さんは「あはは」と笑う。
彼もまた支部長の推薦を受けたことでコネの強さを警戒された、と。
実際、父の持つ推薦枠を勝ち取ったのなら何かしらのコネはあるのだろうが。
「さっきも言ったけどね、これは仕方のない事だよ。コネをあてにして甘い汁を吸おうなんて奴らに群がられるよりはよっぽどマシだと、僕はそう思うようにしている」
娘だからという理由で私を贔屓していては組織内での父の評価に関わる。そう思えばこそ、父は父、私は私と節度を守ろうとしていただけに、真逆の誤解から孤立を強いられているのはあまり面白くない状況だ。が……ここは鹿目さんの言う通り、少しはマシな状況だと思うようにしよう。




