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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
第十一章 四号結界防衛戦・後半
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四号結界防衛戦20

 成美がずり落ちないようにお尻を支え、もう一方の手で背中をさすり続けた。


「成美、良く頑張ったわね」


 本当にそう思う。

 たまに勘違いする人もいるが、私達に対して心理テストが保証するのは「反社会的な行為をしない(できない)」という結果のみであり、結果に至るまでの過程においては当たり前の葛藤が発生する。

 少しずつ確実に肉体が破壊されていく痛みと恐怖、このままでは殺されてしまうという絶望。自分の能力なら難無く無効化できるという甘美な誘惑。それでもなお自身の身の安全よりも「自分以外」を優先し、甘んじて攻撃を受け続けるのにどれほどの忍耐が必要なのか、当事者でない私には想像もできない。

 そして苦痛と恐怖から逃れる手段としては手っ取り早く、しかも「反社会でない」方法――自殺――も成美は選ばなかった。


「うん……桜が、絶対来てくれると思ったから……」

「期待を裏切らずに済んで良かったわ」


 死んでしまっていたらペンダントの回復術も役に立たなかった。私への信頼が、成美の生きようという意思を支える一助になったのなら、それはとても嬉しい事だった。


 さて、無事に成美を保護できたけれど、これで終わりではない。家に帰るまでが遠足なら後方の安全地帯に退避するまでが救出だ。


「先生、成美を保護しました。危ない状況でしたけど治療済みです」


 大声を出して先生達の気を散じさせては不味いと思い、通信機をパーティー通信に設定して極力抑えた声で報告した。


『良し! 第一段階はクリアだな!』

『一安心ですわね!』


 弾んだ声を返してくる二人は、しかしこちらを顧みようともしない。そんな余裕はまるで無さそうだ。たった二人で魔族の引き止め役を担うのは先生や舞弥さんにとっても難事だった。『止水』で相手の攻撃を予測し、『鋼蓋』で絶大な防御力を身に纏う後城先生であるのに、今は数カ所の負傷から血を流している。それほどに魔族の剣は速く鋭い。舞弥さんも腰の花弁状パーツが数枚失われてスカートが大きく裂けている他、重鎧に幾つかの破損が見られる。まあ、舞弥さんの場合は攻撃予測系のスキルを持っていないにも関わらずその程度なので、逆に改めて舞弥さんの高スペック振りが際立ってもいるのだが。

 ともあれ防御に専念してどうにか場を保っているような状況だ。敵たる魔族から目線を切るのは命取りになりかねない。


 ちなみに第一段階は成美を保護するまで、その後の「どうにかして撤収」の部分が第二段階だ。


「で、どうでしょう。どうにかなりそうですか?」

『ふむ……どうにか、なあ……正直難しいところだな』

『そうですわね。これはどうにも……離脱する隙がありませんわ』

『背中を見せて見逃してくれる様な奴じゃないだろう。プランの変更が必要だ』

「変更って言ったってもともとノープランじゃないですか」

『だからそれは言うなって。取り敢えず天音、ここは俺達が抑えるからお前は霧嶋を連れて先に戻っとけ』


 あっさりと後城先生は言った。ホームルームで日常的な連絡事項を伝えるような当たり前の口調と声だったせいで思わず「はい」と返事をしそうになって慌てた。


「え……先にって……え? でも……」


 私達を先に行かせて、先生達は後から来れるんですか?

 訊くまでもなく、それは無理だ。先とか後とかではなく、ここに先生達を残していったら二人は助からない。私達を逃がすための犠牲になろうと言うのか。


「だ、駄目だよ!」


 通信を聞いていた成美がじたばたと暴れ出し、私の手を振り切り自分の足で立った。


「ここは任せて先に行けなんて……それ死亡フラグだよ!」

『死亡フラグって、お前がそれを言うのか』

『そのセリフを言った成美さんが助かるのなら死亡フラグではありませんわ。私達もどうにかなりますわよ』

「そうじゃなくて!」


 堪らず通信に割り込んだ成美の言葉に、先生は苦笑交じりに、舞弥さんは小さな子に言い聞かせるようにして返していた。魔族の砲撃を防ぐ際に同様のセリフを言っている成美はもどかしそうに地団太を踏んでいる。

 でもあれがきっかけになって成美は死ぬような目にあったのだから、あのセリフが死亡フラグなのはあながち間違ってはいない。成美が死なずに済んだのは私達がフラグを折ったからであって、じゃあ先生達のフラグを誰かが折ってくれるのかとなると、それは期待薄だ。


「私も戦うから! 四人でなら魔族だって!」


 勇ましく言うが……成美の腰は引けていた。

 成美は可愛らしい外見に似合わず豪胆である。私なんかは色々な意味で絶望させられた海魔迎撃戦の巨大ボスにも怯まず立ち向かうほどなのだ。

 その成美が怯えている。これは相手が格上だからではなく、一方的に嬲られた経験がトラウマとなって、あの魔族を無条件に恐怖の対象として捉えてしまっているのだろう。


『いや、四人でかかればってレベルじゃ……って、うお? なんだ!?』

『きゅ、急に強くなりましたわ!』


 いきなり慌ただしくなった。これまでどうにか均衡を保っていた先生達が押され出し、堪らずに魔族から距離を取る。魔族は退避した先生達を追わずに、じっと私達……いや、成美を見ている。


 そして笑った。

 とても嬉しそうに、それでいて嫌らしいニタリとした笑いだった。


「ひぃっ……!」


 成美は喉が詰まったような小さな悲鳴を上げ、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。


 なんだ? あの笑いは?


 魔族の視線を遮るように成美の前に立ちながら考える。

 私は成美を戒めから解き放ち治癒魔術で回復させた。言わばあの魔族がした事をぶち壊して帳消しにした訳で、悔しがるならともかくどうして喜ぶのかが判らない……。


 ……。

 …………。

 …………いや、判った。

 判ってしまった。


『なんだ? なにを笑っている?』

「先生……そいつ、もう一回やるつもりです」

『もう一回やる? なにを……いや、そういうことか』


 ぎりっ、と先生が歯を軋らせた。


 魔族は結界破壊の手段として成美に『破神』を使わせようとした。でも成美は魔族の意に添わず、私が助けた時には瀕死の状態だった。成美が死んだら魔族の目論見は失敗に終わる。私達の到着がもう少し遅かったらそうなってしまう所だった。

 それを帳消しにするということは、魔族からすればリトライチャンスの到来を意味する。もう一度同じ事を繰り返して結界破壊を狙うつもりなのだ。


 ――あれを、もう一回やる?


 そう考えると、沈静化していた怒りが再び勢いを増して噴き上がってきた。


 さっき傷付いた成美を見て思い出したのは『ヘルモード』だった。

 死に至るダメージを受けながらも死ぬ事無く続行する特殊な行為を収めた一枚の画像。

 仮想世界においてシステム的な不死を与えられたからこそ現出した惨状を、成美は現実世界で再現する羽目に陥っていた。あれだけのダメージで生きていたのは奇跡的だが、実際は奇跡なんて有り難いものじゃない。『破神』を使うまでは死なせる訳にはいかないという魔族の都合によって、急所を避け、大量出血を伴う切創を作らず、打撃系の攻撃魔術で致命傷になり難い手足を執拗に狙った結果だ。こうなると頭部への攻撃を極力避けていたようなのに成美の歯がほとんど失われていたのは自害阻止の目的だったのかとも思えてくる。


 この結界で行われているのは戦争、殺し合いだ。

 殺す覚悟も殺される覚悟もある。

 だから、もしも普通に戦った結果としてなら殺されても文句は無い。

 ……いや、これは嘘だ。

 どんな経緯だろうと成美を殺されたなら私はやっぱりその相手を憎むだろう。絶対に許せずに復讐を誓うに違いない。でもそこで感じるだろう怒りと、見当違いの目論見で無抵抗の成美を嬲り者にし、今またもう一度繰り返せると笑っている魔族に抱く怒りは別物だ。


 どう違うのかと問われても明確な答えは返せない。

 ドロリと粘つく様な深いところから来る怒りと言うか……。

 とにかく、その怒りを素直に表すと、


「先生、そいつ殺しましょう」


 という言葉になった。


『っと……凄い殺気だな。お前、キレてるのか?』

「え? キレてませんよ?」

『どっちでも良いが頭を冷やせ。まあこいつをどうにかしない限り撤収は無理だからな。殺しちまおうってのには賛成だ』

『ええ。これ以上の狼藉は許せませんわ』


 先生と舞弥さんからも賛同を頂いた。

 ……と言うか、先生こそキレかかっているような雰囲気がある。魔族の外道さ加減に堪忍袋の緒が切れたのだろう。殺すと言って、それが容易く実行できるものでない事くらいは言った私自身にも判っている。先生も『とは言えこいつ今まで三味線弾いてたみたいだしな……』とぼやいたように、魔族の力は脅威だ。当初のプラン通り「どうにかして撤収」した方が賢明なのだろう。でも撤収しようとする背中を見逃すような相手ではないし、私達が倒れれば成美が再度あの地獄を味わう事になる。できるかできないかではなく、やるしかない状況だ。


「桜……どうするつもりなの?」

「どうするもなにも、ね。私は近接特化の剣士タイプだもの。刀が届く所まで近付いて斬る。それだけよ」

「それだけって言ったって……」


 泣きそうな顔になっている成美の頭に右手を乗せ、舞弥さんのようにはいかないかと思いつつできるだけ優しく撫でた。


「桜……」

「成美は隠れていて。あなたを怖がらせるあいつは私達が倒すから。そうしたらもう怖くなくなるでしょ」


 先を制してそう言った。

 成美なら自分も戦うと言い出しそうだけれど、今の腰が引けた成美では足手まといにしかならない。そんな自分の状態が判っているのだろう。成美はぐっと言葉を飲み込み、震える手で胸元からペンダントを引き出し、透明な石の嵌ったそれを差し出してきた。


「これ、持って行って」

「いいの?」

「桜のも沙織のも私に使っちゃったんでしょ? だから私のは桜が使って」

「……判った。ヤバくなったら遠慮なく使わせてもらうわ」


 ペンダントを受け取って首に掛けた。ドックタグを含めて四本のチェーンがジャラつく事になるが邪魔だとは思わない。回復魔術を所有している安心感だけでなく、成美が一緒にいてくれる様な温かさも感じていた。


「じゃ、行ってくる」


 努めて軽く言い、進み出る私に向かって魔族が何かを言っている。

 魔族の言葉だから意味は判らないけれど、シチュエーションからして「別れは済ませたのか?」とかそんな内容だろう。

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