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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
第十章 四号結界防衛戦・前半
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四号結界防衛戦7

 魔族の出現によって戦場の雰囲気ががらりと変わった。


 現れた魔族は六人。守備隊が定める戦闘の最小単位(パーティー)と同人数なのは偶然だろうが、二号結界に現れた数百の魔族に比べれば随分とささやかな戦力だ。

 そのささやかさが、かえって不安を掻き立てる。

 二号結界の魔界軍が膨大な戦力を叩きつける正攻法の軍勢であるなら、敢えて少人数でやってきた六人は搦め手で攻める特殊部隊のような存在ではあるまいか。


 そして魔族の出現は、この四号結界の戦闘が単なる時間稼ぎや足止めではなく、主戦場ではなくとも本気で結界を破りに来ているのだと私達に理解させた。今までだって楽観などしていなかったけれど、警戒の度合いが数段階アップしたのは確実だ。ぴりぴりと肌を刺すような緊張に場が包まれるのを感じる。


 雰囲気が変わったのは守備隊側だけではない。

 主力となる魔族の登場によって、自分達が時間稼ぎ用の捨て駒ではないと理解した魔物達の戦意は明らかに高揚していた。まだ何もしていないのに、そこにいるだけで戦場の空気を変えてしまった魔族こそ恐るべしだ。


『魔族は六体で確定。外見からの推定で魔術タイプ四、剣士タイプ二。魔術タイプらしい二体が『穴』の裏に移動中。他はその場に留まるようだ』


 私がいる場所からは間に魔物の軍勢がいるし遠いしで魔族の姿は見えない。オペレーターからの報告だけが頼りだ。

 剣士タイプ二、魔術タイプ四という内訳は前衛偏重のパーティーかと思ったのだが、魔術タイプ二がなにやら工作を始めそうな感じで、戦闘に参加するのは前二・後二の四人らしい。


 そんな中、後城先生と黒間先輩が殆ど同時に通信を受け取っていた。私達の方には何も聞こえてこないので個別通信である。二人とも驚いたような顔で通信機相手に短い遣り取りをしていた。

 通信を終えた二人は顔を見合わせる。


「先生、私は本部指示で特戦隊に行くことになりました」

「ああ。こっちでも聞いた。行ってくれ」


 後城先生が受けたのは黒間先輩を引き抜くにあたってのパーティーリーダーへ対する連絡だったようだ。

 黒間先輩は名残惜しそうな、心配そうな、そんな顔を見せてから特戦隊集合場所になっている扉口付近の補給所に向けて走っていく。補給所が集合場所に指定されたのは、決戦前に必要な補給を済ませる為だろう。


「正規隊員でもないのに特戦隊に呼ばれるとはな。あいつの能力を考えれば不思議ではないが……」

「イリス様の直弟子ですもの。期待されて当然ですわ」


 本来なら正規隊員の中から精鋭を選りすぐって組織される特戦隊。そこに短期隊員の黒間先輩が入るのは先輩に『回転障壁』があるからなのは間違いない。上手く決まれば魔族でも一撃死だし、魔族の抵抗力によっては効かないかもしれないけれど、普通にダメージ遮断役を務めても特戦隊の生存率を大きく引き上げる。

 これは想像だけれど、黒間先輩はイリス・ノイエスの劣化コピー的な扱いを守備隊本部から受けているのだと思う。普通なら侮蔑として使われる劣化コピーという言葉も、この場合は普通の人間が天使の能力を劣化とはいえコピーできているのだから素晴らしいと、そういう意味になっている筈だ。


 舞弥さんの発言もそうした認識によるのだろう。

 でもイリス・ノイエスの弟子だから黒間先輩が特戦隊に選ばれたのだと言ってしまうと、フェリア・インスタスの弟子なのに選ばれなかった舞弥さんの立場が……。


「私はフェリア様の弟子と言ってもあの方のスタイルを真似ているだけですわ。加代子さんのように師と同じ特性を持っている訳ではありません」

「……失礼しました」


 まあ、考えてみれば師匠シシルの弟子である私だってお呼びがかからないのだから、ただエルダーに繋がりがあっても関係無いのである。


 *********************************


『前面にいる魔族は動いていないが魔術タイプの二人が何か打ち上げた。あれは……なんだ……目、か……?』


『裏に回った魔術タイプ二体に動きがある。魔術陣らしき物を構築中だ』


 魔族の動向は本部のオペレーターが逐一報告してくれる。

 それによると『穴』前面の魔族は上空に球体を漂わせてその場に留まっている。球体には眼球のような模様があり、恐らく視覚補助の魔術で高所からこちらの動向を窺っているのだろうと推測していた。

 そして『穴』裏側に回った二人は結界面ギリギリの地面に魔術陣らしきものを構築中。

 それらの情報から魔族の狙いは強力な魔術攻撃による結界破壊であり、前面に陣取る四人は工作終了までの防衛役だろうと判断された。


「それにしても、裏側の動きなんて良く判りますね。本部はどうやって『穴』の向こう側を見てるんでしょうか?」


 前面にいる魔族や上空に浮かせた球体の模様など、それらは視覚強化の魔術や、普通に望遠鏡的な物を使えば観測できるだろう。でも『穴』の裏側となるとこちら側からは絶対に見えないのにと不思議だった。


「お前、この状況でそんな事を考えてるとは余裕だな」

「余裕って程じゃないです。でも不思議じゃないですか」

「それが余裕なんだが……。まあ簡単な話だ。外に観測班がいるんだよ」

「外? 結界の外にですか?」

「そうだ。今は結界面が透明だろう? 外からだって中の様子を見られるようになっている。で、細いながらも外部との通信は生きている。映像なりなんなりが本部に送られているんだろうさ」


 なるほど、と思わされ、少しだけ安心に似た気持ちが湧いた。

 普段は乳白色に濁っている結界面が変質によって透明になる現象。強度を増すのに伴うこの変化は、ただそこにあるだけの結界がより一層研ぎ澄まされるようなイメージがある。研ぎ澄まされる余りに中和筒での干渉さえ不可能になり、外部とは完全に隔絶されるものだと思っていた。通信量が限定される光学的な通信は使用可能だと教えられていたが、だからどうなんだと思ったのも事実。外の情報が入ってくるにしても、中で行われている戦闘は中にいる私達だけで行わなければならない。

 味方は沢山いるけれど、その味方もろとも外界と隔絶されているという、ある種の孤立感は確かにあった。

 でも戦闘に重大な役割を果たす情報支援が結界の外から行われていた。

 結界の外にも戦闘に関わっている人達がいる。その事実が孤立感を払拭してくれたのだった。



『準備の整った特戦隊から出撃。該当する戦域の後衛は砲撃を強化して特戦隊の道を開け』


 これは桐生隊長の声だ。

 魔族が既に破壊工作を始めている状況では特戦隊全ての足並みを揃えていては間に合わない可能性がある。拙速であろうとも出られる特戦隊から出して、とにかく工作を妨害する必要があるからこその指示だろう。

 この指示に応じて、二つくらいの戦域を挟んだ辺りで砲撃が激しくなった。

 あの戦域の特戦隊が出撃する。

 そう思った直後だった。


『前面の魔族に動き有り! あれは……砲撃か!?』


 オペレーターが発した疑問形の声。

 疑問の答えは目に見える形で示された。


 戦闘域に存在する魔物の軍勢の頭上を越えて、オレンジ色の光球が数十個、山なりの軌道を描いて飛来したのだ。それは先ほど砲撃が激しくなった戦域に降り注ぎ、連鎖的な爆発を引き起こしていた。離れている私達の所まで耳を聾するような爆音が届き、空気や地面がびりびりと震えている。


『前面の魔族から砲撃! 警戒しろ! 奴らの砲撃はこちらに届くぞ!』


「砲撃!? 馬鹿な! 一キロはあるんだぞ!?」


 所々から悲鳴のような声が上がっていた。

 結界の半分を占める戦闘域の端から端までという意味で一キロと言っているが、正確にはそこまでの距離ではない。防壁は結界中心よりも『穴』寄りに建造されているし、魔族は『穴』の前方にいるのだからその分も差し引く必要がある。しかし、それでも八百から九百メートル。

 約、と付けるなら一キロと言っても差し支えない。


 こちらの基準で言えば射程百を越えれば砲撃魔術であり、三百を越えれば文句無しに長射程、規格外扱いされそうな堂島学園長でさえ四百程度。その学園長と比しても実に倍以上の到達距離であり、超長射程砲撃とも言うべき代物だ。


 そして、信じ難い射程距離とともに問題なのが着弾した場所。


『特戦隊六番壊滅。周囲の被害甚大。防壁にも一部損傷あり』


 感情を失ったような平坦な声で読み上げられる被害状況が事態の深刻さを物語っている。

 先ほど砲撃支援が激しくなり、出撃しようとした矢先の特戦隊が正確に狙い撃たれていた。


 前面に陣取る四人の魔族は破壊工作が完了するまでの防衛役。

 その推測は間違っていないと思う。

 ただ、少しだけ違ったのだ。

 工作妨害の為に接近する守備隊を迎え撃つのではなく、接近するために出撃する、その出かかりを上空に浮かべた視覚補助の『目』で見て取り、超長射程の砲撃で潰してしまう。そもそも接近させるつもりが無いのだ。


『次が来る! 防御魔術持ちは砲撃に備えろ! 特戦隊を守るんだ!!』


 約一キロなんていう想定外の超長距離砲撃の為に初撃は無防備で受けてしまったが、あると知れれば対応する。二射目に対しては可能な限りの防御魔術が展開された。


 しかし。


『特戦隊四番半壊、周辺にも被害あり』

『あれを全部防ぐのは無理だ! 数発受ければ障壁が崩壊してしまう!』


 オペレーターの報告に続いて翻訳音声が通信機から響いた。本部への連絡の筈が間違えてオープンの通信を飛ばしてしまったのだろう。そんな基本的なミスが発生している事実が、砲撃に晒された戦域の混乱度合いを示していた。


 そして、これは他人事では無かった。

 ぞわっと肌が粟立つような感覚が身を震わせる。

 攻撃予測スキル『止水』が敵の攻撃を感知していた。『攻撃しようという意思』から発生する殺気を気筋に沿って辿れば……紛れもなく『穴』の方向に続いている。


 はっとして背後に振り返れば、扉口付近には黒間先輩も含めたこの戦域の特戦隊が集結していた。


「おい! 天音!」


 鋭く私を呼ぶのは同じく『止水』を持つ後城先生だった。

 一瞬のアイコンタクトで先生もまた同じ結論に至ったのだと知る。


「気をつけろ! ここに砲撃が来るぞ!!」

「黒間先輩!! 防御を!!」


 殆ど同時に叫んでいた。

 先生は周囲全てに向けた警告。

 私は、防御魔術の使い手が先輩しか思いつかなかったから先輩の名を。


 でも、だ。

 気をつけろと言われたって雨のように降り注ぐ砲撃にどう気をつければ良いのか。

 黒間先輩の防御魔術だって数十の砲弾全てを防げるとは思えない。

 お腹の底に冷たい絶望感が生まれ、そこで見た。


 私達の警告に顔を強張らせる人達ばかりの中で。

 成美は満面の笑みを浮かべていた。

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