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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
(仮)第二章 夏休み~海魔迎撃戦~
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拝まれて

 現在の私は師匠の家に居候している。これは昔の言い方をすれば住み込みの弟子のような位置づけで、夏休みに入った今となってはほぼ一日中師匠と顔を合わせている事になる。

 と言って、一日中剣術の鍛錬に明け暮れるというようなことは無かった。

 夏休みを利用して無刀取りも始める事になって覚悟もしていたけれど、鍛錬は朝方と夕方の比較的涼しい時間帯に数時間ずつと限定されていた。


 師匠いわく「わざわざ暑い中で鍛錬したからといって、それで上達が早くなるわけでもない」だそうだ。ならば涼しい時間帯に鍛錬をしてしまった方が集中できて効率が良いだろうということだ。


 夏休みに入ってから数日。本日の早朝鍛錬は既に終了している。

 涼しいとは言ってもあくまで「比較的」に過ぎず、朝方でも激しく体を動かせば汗もかく。

 軽くシャワーを浴びて汗を流し落とし、自室に戻る前に何か飲もうかと台所に向かう。

 途中で茶の間の前を通りかかった。


 ちなみにこの家ではエアコンはほとんど使用せず、窓や襖、障子を全開にして自然の風を通すようにしている。

 師匠は「心頭滅却すれば」を地で行っているらしく、ライアはもともと暑さを苦にしない体質のようで、二人とも適度に風が通っていればそれで十分なようだ。

 二人がそんな調子なので私も見習っている。

 それで気付いたのは、こういう古い日本家屋は風の通り道を考えて建てられているという点だ。私が使っている部屋も窓や襖を開け放ってしまえば、家全体の風の通り道と一体化して、肌に感じるほどの空気の流れが生まれる。それだけでも思っていた以上の涼を得られた。


 もっとも去年までは冷房の利いた部屋で過ごしていたわけで、どうしても我慢できない時もある。そんな時には部屋の真新しいエアコンのスイッチを入れてしまったりもする。さっき「ほとんど」と言ったのは、私がたまに使っているからだ。師匠達に限定するなら「まったく」使っていない。

 ちなみこのエアコンは私の引っ越しに合わせて設置されている。

 有線接続の環境を整えてくれたことといい、本当に師匠の心遣いには感謝するしかない。


 そんなわけで私が通りかかった時にも茶の間の襖は全開状態。

 茶の間では師匠が朝のニュース番組を見ていた。師匠の横顔からはいつも浮かべている笑みが消えていて、真剣な表情で画面を食い入るように見つめている。


 そんな様子を横目に台所に入り、冷蔵庫で良く冷えた麦茶を一杯頂く。

 戻り際に茶の間をチラ見してみると、師匠はさっきと変わらずテレビに見入っている。


 師匠がそこまで真剣に見ているのが何なのか、気になって視線を移してみると、ニュースは世界情勢のコーナーで中東の戦場に関するレポートが伝えられていた。


 現在、世界は概ね平和だ。

 私が生まれるよりもずっと前、歴史の教科書に載っている第二次世界大戦が終結した時、世界は酷い有様だったらしい。その後の混乱と復興も私の世代にとっては昔話に過ぎないけれど、結果として生まれた今の世界では国同士が全面的に争うような戦争は行われていない。

 だからと言って「戦場」が全く無くなったわけでもない。大戦後のゴタゴタから「戦後の後始末」が上手く行かなかった地域は今でも「戦場」なのだ。

 毎日のように戦闘が行われるわけではない。境界を挟んで睨みあい、侵入者があれば撃退する。そんな状況が何十年も続いていた。中東にあるのもそんな戦場の一つだった。


 ニュースが伝えているのは、中東の戦場で緊張が高まっており近いうちに戦闘が発生する可能性があるという内容だった。


「あら? 桜ちゃん、そんなところでどうしたの?」


 廊下から覗き込んでいる私に気付いて師匠が言った。

 今まで気付いていなかったのだから相当に集中していたのだろう。


「あの、随分と真剣に見てましたけど……」

「あそこには古い知り合いがいるからちょっと心配で。関連するニュースがあるとついつい見入っちゃうのよ」

「それは……心配ですね」

「まあ彼女は私より強いし滅多なことは無いと思うけど」


 え!? 師匠より強い?

 それってもう人間の域を超えているんじゃあ……。


 私の中ではその「古い知り合い」に対する心配はかなり小さくなっていた。

 師匠でさえ刀一振りあればどんな状況もピンチにならないだろうに、それを上回る強さとなるともう象像もつかない。


 師匠は軽い溜め息を吐いた。


「ビデオチャットで定期的に話してはいるけど、やっぱり直接会えないというのはもどかしいわね」

「あ、この家のネット環境って、その為だったんですか」

「そうよ。電話よりも繋がりやすいし、モニター越しでも顔が見れるから」


 古い日本家屋には不似合いな最新のネット環境が整っていたのはそんな理由からだったのか。

 そこに間借りしてCODをプレイしているのはなんだか申し訳ないような気もする。


 と、そこで私はふと思いついた。

 CODは無理だとしても……。


 私は茶の間に入って、師匠の正面に座った。


「師匠、その相手の人も普通にネットは使える環境なんですよね?」


 ビデオチャットをしているくらいだから大丈夫だろうけれど、一応確認してみる。


「そうね。時間帯によっては使えなくなるみたいだけど」

「なら、直接……とはちょっと違うかもしれませんけど、仮想世界でなら会えますよ」

「ゲームの話なの?」


 師匠が眉を顰める。

 戦場にいる知り合いが心配だという話からゲームの話題につなげられて不愉快そうだ。


 私は慌てて説明を加えた。


 現在のVR技術が造り出す仮想世界は、もうほとんど現実と変わらない。

 感覚的にはその中で人と会うのは、現実で会うのと同等の意味を持っている。少なくとも私にとってはそうだ。学園で成美達に会うのと、CODで会うのは同じ位の価値がある。

 身体走査データで現実と変わらないアバターを造るCODリアルモードは別格としても、他のVRコンテンツのアバターも感情表現などはかなりリアルになっている。キャラメイクの時にできるだけ本人に似せてアバターをデザインすれば、違和感もそれほどではないはずだ。

 接続を国内からに限定しているタイトルもあるけれど、どこからでもOKなタイトルももちろんある。電話よりもビデオチャットという選択をしているのなら、ビデオチャットよりも仮想空間でという選択もありだろう。


 私が卓袱台に身を乗り出すようにして力説している間、師匠は視線を落とし気味にしていた。

 その表情は硬く、気分を害しているようにも見えたけれど、とにかく最後まで聞いてくれた。


 話し終えて座布団に腰を落ち着けて師匠の様子を窺うと、師匠は興味を持ったようだった。

 実際にそれをするとしたら何が必要なのかと訊いてくるので、仮想世界にログインするためのヘッドギアについて説明しておく。

 師匠も私がCODをプレイしている状態(師匠は「死体みたい」と評していたが)を見ているので、ヘッドギアについてはすぐに理解してくれた。


「なるほど一考の価値はあるわね。向こうでは売ってないかもしれないけど、その場合はこっちから送れば良いし」


 師匠は大分乗り気になっていた。


「これは良い事を教えてもらったわ。ありがとうね、桜ちゃん」

「いえいえ、これくらい。師匠に頭を下げられたら困ります」


 ぺこりと頭を下げられ、私は慌てて手を振った。

 いつもお世話になっているのだし、私の思い付きが役に立ってくれるならこちらとしても嬉しい。

 などと思っていたのだが。


「本当にありがとう。とても良いものを見せてもらいました」


 え? 「見せて」ってどういう事だろう?

 それにどうして師匠の口調が変わっている?

 師匠がこの口調になっている時は、だいたいが胸がらみの話題の時……。


「あ……」


 私は自分の胸元を抑えた。

 自分で言うのもなんだけれど、それなりのボリュームが柔らかく手を押し戻してくる。

 シャワーを浴びた後、サラシは部屋に戻って汗が引いてから巻こうと思っていて、その途中で茶の間に来てしまった。つまり、部屋着のTシャツの下には何も着けていなかった。

 しかもTシャツは少し大きめのサイズでゆったりとしている。


 そういえば、さっき仮想世界について説明する時、つい力説して身を乗り出していたっけ。

 思い起こせば私が話している間、師匠は微妙に視線を下げて固定していたような気もする。

 師匠の顔の高さ、視線の向き。Tシャツの襟ぐりの開き具合……。

 私は恐る恐る師匠に訊ねた。


「し、師匠? まさか……見えて?」

「はい、生で頂きました」

「さっき私が話している間ずっとですか?」

「桜ちゃんが熱弁を振るうたびにぷるぷるとして、それはそれは有難い光景でした」


 師匠が「有難や有難や」と拝んでいる。


「し、し、師匠ぉぉー!」


 私の絶叫が朝の空気に溶けていく。

 胸を拝まれたのは初めての経験だった。

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