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待機室にて

 闘技場での試験は無事に終了し、私達のパーティーは完成した。

 ログアウトした私達は待機部屋で黒間先輩と舞弥さんを待っていた。宇美月学園Aチームに編入された二人は待機部屋をこちらに移す必要がある。ちなみに後城先生はパーティーメンバー確定の報告のために本部へと出向いており、森上君は他の男子と合流して昨日に引き続いての買い物に行っている。

 買い物に時間のかかる女子組(私を除く)でも昨日の内に必要最低限の身の回りの品は揃えていて、あと買い足すにしてもさして急ぐ必要のないものばかり。なのに森組君たちが今日も総出でお店巡りをするというので疑問に思ったものだが、昨夜宿舎のエレベーターホールで出会った際の彼らの姿を思い出し、察した。


 守備隊隊員に適用される成人扱いの特権を早速行使したのだろうと見当を付けたものだが……。

 どうやら特権を行使するのに夢中で本来するべき買い物が疎かになっていたらしい。


 彼らの無計画振りには呆れるしかないが、結界にいてもなおエロ優先で行動できる胆力は評価するべきなのかも知れない。


 *********************************


 さして待つこともなく黒間先輩がやって来た。

 仮想世界で見たのと同じ青い守備隊制服姿の黒間先輩は、荷物といえば小さな手提げ鞄だけの身軽さだった。


「先輩、女子は右側のロッカーです」

「そう、ありがとう」


 空いているロッカーを適当に選んで鞄の中身を収めていく。棚に並んだのはペットボトルだった。250mlのを細長くしたようなのが十本くらいずらりと並び、ラベルが貼られていないので中身の緑色がそのまま透けて見えている。

 珠貴が興味深々で覗き込んでいた。


「あの、それってポーションですか?」

「そうだけど……まだポーション貰いに行ってないの?」

「今日着任式したばかりですから」

「ああ、そうか。なら今度案内するわ」


 先輩が言うにはポーションの類は隊員に対しては無料で支給されているらしい。

 ポーション類は結界外ではそれなりの価格で販売されている物だから、こうした部分にも守備隊の優遇され具合が伺える。もっともそうした結界外の事情からポーションを外に持ち出すのは規制されているそうだ。無料で入手したポーションを外で売り捌いて小遣い稼ぎをしようなどという横流し行為は当然ながら禁止されている。

 ただし「除隊するときにお土産程度になら持って帰って良いみたい」との事で、厳しいのか緩いのか良く判らない。


 先輩の荷物はポーションのペットボトルを収めるためのベルト状ホルダーで最後だった。武器も防具も無く、防御魔術の専門家であり攻撃にすら防御魔術を使う黒間先輩ならではだった。服も守備隊の制服で賄っているらしい。


「あの、ところで先輩、ちょっと聞きたいんですが、黒間先輩は舞弥さんに……というか、フェリア・インスタスと何かあるんですか?」


 落ち着いたところで気になっていたことを聞いてみた。試合前の「『あの人』の身内を相手に~」の件がある。

 すると先輩は渋い顔になった。


「何かって言うほどの事じゃないのよ。『防御型』と『攻撃型』でイリスさんとあの人はペアみたいな扱いになってるでしょ? 私も最初はそう思ってて、前にイリスさんにそう言ったら凄い変な顔されたわ。嫌ってるって訳じゃないけど、イリスさんはあの人が苦手みたい」

「意外ですね。エルダーの人達はみんな仲が良いのかと思ってました」

「だから嫌ってる訳じゃないの。仲だって良いんじゃない? 今いるエルダーの中では一番古い付き合いだとも言っていたし。ただ……あの人は昔貴族だったらしくて極端に貴族的な考え方をするらしいの。あ、これ悪い意味じゃないわよ? ノブレスなんとかってあるじゃない?」

「ノブレスオブリージュですか?」

「そう、それ」


 珠貴の補足に頷く先輩。

 ノブレスオブリージュ……うろ覚えだけど高貴な人はより大きな責任を負わなければならないとか、そんな意味だったと思う。映画や小説に出てくる『腐敗した特権階級』とは正反対のポジションの人が口にする言葉で、黒間先輩が悪い意味じゃない貴族的思考と言ったのもこれを踏まえているのだろう。


「かなりガッチガチなそれだったんだって。義務感とか正義感が強すぎてうざ……コホン……ええと、まあそんな感じだったそうよ」


 なんか「うざい」と言いかけたような気もするけれど、これは本当に気がしただけだろう。着任式で挨拶していた知的美女のイリス・ノイエスの口から「うざい」なんて言葉が出てくるはずが無い。もっと上品な言葉で控えめに言ったのを先輩が意訳しただけに違いない。きっとそうだ。


「でね、イリスさんも貴族だったから色々言われてきたみたい。結果的に張り合うようなこともあったって言うから、私もちょっと影響されちゃって」


 フェリア・インスタスだけでなくイリス・ノイエスも貴族だったのか。

 前に聞いたミアの身の上話もそうだったように、エルダー絡みだと大昔の出来事がつい最近のように語られる。今の日本には貴族なんて居ないわけで、正直ピンと来ない部分もあったが、黒間先輩が言いたいことは概ね判った。


「ちなみに影響されているのは私だけじゃないわよ。若林さんは間違いなくあの人の影響を受けてるわね」

「影響って、舞弥さんがノブレスオブリージュって事ですか?」

「変な言い方だけどそんなところ」


 だとすると舞弥さんも貴族的な何かなのだろうか。

 あの「ですわ」口調といい、良い所のお嬢様っぽくはあったけれど……。

 その辺り、事情を知っていそうな先輩に訊いてみようかと思ったが、


「そっかー、やっと判ったよー!」


 そんな成美の声に思考が遮られた。


「判ったって、何が判ったの?」


 珠貴の問いに、


「先生が言ってたでしょ? 性格的にも浮いてるって。舞弥ーさん良い人だし浮くなんておかしいと思ってたんだー。でも先輩の話で判った。舞弥ーさんもうざがられちゃったんだろうなーって」


 成美はあっけらかんと答え、「ちょっと、私はうざいなんて言ってないでしょ」と黒間先輩が慌てている。

 ……やはりイリス・ノイエスは「うざい」と言ったのだろうか。

 それはともかく、成美が言ったことはなるほどと頷ける内容だった。試合中から始まり、私も舞弥さんが浮くほど性格に問題があるとは思えなかったのだが、先輩が話したフェリア・インスタスと同様だと考えれば納得できる。良い悪いで言えば間違いなく良い人であったとしても、正義感が強くて周囲にもそれを求めるのであれば煩く思われることもある。


 でもこの話はここまでにしておいた方が良さそうだ。

 成美も舞弥さんに好意的だけれど、本人の居ないところでうざいとかうざくないとか言い出したらこれはもう陰口になってしまう。陰口はいけない。言いたいことがあるなら本人の前で堂々と言うべきだし、言えないなら黙って飲み込んでおくべきだ。かといって相手を傷つけるようなことまでずけずけと言ってしまうのはまた別問題だが。

 だから私の前で「でかい」とか「大きい」とか言わないで欲しい。ほんとに。


 *********************************


 舞弥さんの話題は中断して、珠貴は黒間先輩とポーションを貰いに行く相談をしていた。

 ポーションには何段階かの等級がある。等級が高いほど回復量も多くなるのは当然として、しかし無闇に等級の高いポーションを使うのは宜しくなく、自分に合った等級を見極める必要があるそうだ。日本では未成年のポーション使用が規制されているので珠貴はポーションを飲んだ事が無い。まずはその見極めから始める必要があり、それをいつやるのかの話し合いだった。


 と、遠くのほうからカチャカチャと金属同士が擦れるような音が聞こえてきて、徐々に近づいてきたそれは私達の待機部屋の前で止んだ。

 しばしの沈黙。


「若林ですわ。こちらは宇美月学園の待機部屋に間違いありませんわね? 入って宜しいかしら。宜しければお手数ですが扉を開けて頂きたいですわ。両手が塞がってしまっていて……」


 聞こえてきたのは仮想世界で聞いたのと同じ舞弥さんの声だが少し困ったような色を含んでいた。

 待機室のドアノブはレバー式。私だったら両手が塞がっていても肘で押し下げてお尻でドアを開けるところ。

 舞弥さんはそんな行儀の悪いことはしないか。


「はい、すぐ開けます……って、舞弥さん!?」


 急いでドアを開けて、そこに立っていたのは声のとおりに舞弥さんだったのだけどびっくりした。

 ドレスのような重鎧を着て大剣もどきを背に負っているのは闘技場と同じで、その上で追加されている装備がある。フルフェイスタイプのヘルムだ。が、今は面頬を上げているので驚いている私にさらに驚いている舞弥さんの顔が確認できる。だからそれは良い。良いのだが……。


「ま、巻いてないですよ! 舞弥さん、髪が巻いてないです! 縦ロールはどうしちゃったんですか!?」


 そう、ヘルムから零れ出ているのは見紛う事なき黒髪ロングのストレート。

 金髪から黒髪に変わっているのは仮想世界で『魔族セット』を使っていただけだから承知していた。でもフェリア・インスタスの弟子である証の縦ロールまで消えてしまったのはどういうことなのか。


「はあ……あれはフェイクですわよ?」

「桜ー、髪型変えるのは普通にできるよー」

「髪色変えるのはすぐに思い付いたのに、どうしてこっちで驚くかな」

「くだらない事言ってないでそこどいたら? 若林さんが入って来れないでしょ」

「うぐ……すみません、どうぞ」


 あっけに取られた舞弥さんに続いて成美と珠貴と黒魔先輩の容赦ない言葉が私の背中に突き刺さった。そう言えばCODの基本機能としてアバターの髪型は自由に変えられたっけ。忘れていた訳ではないけれど、フェリア・インスタス=縦ロールと認識している私にとって、その弟子である舞弥さんは縦ロールのほうが収まりが良かった。

 見てみたかった、黒髪縦ロール……。

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