パーティー結成
死に戻りの真相は闇に葬り、今度こそ宇美月メンバーの自己紹介である。
舞弥さんを見習ってテキストエディタに名前を入力してどんな漢字を書くのかも見て貰う。何となく前衛からという流れになって、私、成美、珠貴、森上君、補充で入った黒間先輩、最後に引率の後城先生の順になった。
戦闘スタイルも端的に盛り込んだ自己紹介の成美の番辺りから舞弥さんの様子がおかしくなっていた。最初こそ「あら、可愛らしい」と成美を見れば誰もがそう思うであろう至極まっとうな感想を口にしていたのだが、やがて形の良い眉を僅かに寄せた憂い顔を見せるようになっていた。続く珠貴達の自己紹介に相槌を打ちつつも、気付けば成美を見ている。
「ねえ、どうしてずっと私を見てるのー?」
そうまで注目されては成美も落ち着かないようで、後城先生の番が終わった所で堪りかねたように言っていた。すると舞弥さんは慈愛に満ちた、そしてどこか悲しそうな笑みを浮かべ、そっと成美の頭に手を置いて優しくナデナデし始めた。
「あなたは偉いですわね。こんなに小さいのに危険を顧みず、しかも霧嶋流というお家の名前を背負って最前線にやって来るなんて」
「ほわ……小さいって言わないでよー」
「あらあらごめんなさい。小さな勇者に失礼だったかしら」
「だからー、小さいって……ふむー……言わないでってばー」
私などからすれば成美の小ささと可愛さは長所以外の何物でもない。でも当の成美は常々もっと大きくなりたいと言っていて、コンプレックスとまではいかなくてもやはり気にしている。小さいと連呼されれば面白く無く、懸命に抗議しようとしているのにどうにも尻すぼみになっている。それどころか蕩けそうな顔で至福の吐息まで漏れ出る始末で、どうも舞弥さんのナデナデが相当に気持ち良いらしい。
頭を撫でる右手一つで成美が完全に無力化されていた。
恐るべし、舞弥さんの撫でテク。
舞弥さんと成美のそんな遣り取りは見ていてほのぼのするような微笑ましさだったのだが、
「飛び級したのかしら? 本当ならまだまだお友達と遊んでいたい年頃でしょうに……」
と舞弥さんが言うに及んで、ビシリと音がしそうな勢いで成美が硬直していた。
同時に「ぶふっ!」と珍妙な声が二つ重なり、何事かと見てみれば後城先生と黒間先輩が明後日と明々後日の方向に顔を背けて肩を震わせている。
ああ、あれはツボッたに違いない。
事ここに至れば舞弥さんが口にしている「小さい」が成美の身長を指しているのではなく年齢的な意味合いであるのは疑いない。舞弥さんがどれくらいに見積もっているのかは判らないが、あの扱い方からして中学生という線は無さそうだ。
となると小学生か。
まあ成美の小ささは小学生と言っても通用してしまうのだが。
「もー! 子供扱いしないでよー! 私はもう大人なんだからー!」
硬直の解けた成美は撫での呪縛からも脱したかのように今度こそ猛然と抗議している。未成年なのだから大人と言ってしまうのはどうかと思うけれど、小学生と勘違いされるのはやはり許せないらしい。
しかし舞弥さんは「ええ、ええ、判っていますわ」とうんうん頷いている。
「もちろんあなたは子供ではありませんわ。勇気を持って守備隊に入れば立派な大人ですものね」
いや、全然判っていない。
守備隊に入れば成人扱いという特例措置が成美の抗議を空回りさせている。
舞弥さんの中では「年端も行かない子供が健気にも家名を背負って守備隊に参加していて、子供ならではの背伸びで子供扱いされるのを嫌がっている」という図が成り立ってしまっているらしい。成美が何を言おうとも深い慈しみの心で受け止めている。
受け止め方自体が根本的に間違っている訳だが。
……舞弥さんは少々天然が入っているのかもしれない。
小さな子供に対してこういう接し方ができるのなら基本的に善良な人なのは確かだと思う。問題なのは成美が舞弥さんの考えている意味では小さくないのと、成美の言い分を総スルーして自分の考えに固執してしまっているところだ。
こうなると成美本人が誤解を解くのは難しいと思う。
年長者の後城先生と黒間先輩は笑いを堪えるのに精一杯で頼りにならない現状、私が一肌脱ぐしかあるまい。
と、言うわけで作戦開始である。
成美の背後に音も無く忍び寄り、両脇に手を差し入れて持ち上げた。
「うひゃっ!?」と驚いた成美は「もー! 桜まで私を子供扱いするのー!?」とじたばた暴れ出してしまったが、「成美、私に任せて」と言えば大人しくなってくれた。
「なんですの?」
「舞弥さん、成美は子供じゃありません。良く見て下さい」
高さを調整して、舞弥さんの目線の高さに成美の胸が来るようにする。
「ええと……」
成美越しに困惑顔をしてくる舞弥さん。
これだけで気付いてくれれば簡単だったのだが、成美を子供と思い込んでいる舞弥さんは無意識にソレから目を逸らしてしまっているのかも知れない。
ならば、否が応でも気付かせて差し上げよう。
成美をシェイク。
「うわ、なになに、なんなのー」と悲鳴が上がる、これも成美の為なので心を鬼にして揺する、揺する。更に揺する。
「あの、ですからこれがなんですの?」
「天音、お前何をやってるんだ?」
ますます首を傾げる舞弥さんと、訝しげに訪ねてくる後城先生。
まだ判ってくれないのだろうか。
もしかして私がやっているのは無駄な事なのか。
そんな不安が頭を持ち上げてくるが、ここで心強い援護射撃が入った。
「す、凄いっす! さすが天音先輩! 素晴らしいっすよー!」
いつの間にか舞弥さんの隣に森上君が陣取っていて、最上級の賞賛を私に贈ってくれた。さすがと言うなら森上君もさすがである。私の意図をいち早く見抜き、最良のポジションに移動しているのだから。
私の意図。
それはもちろん舞弥さんの勘違いを正す事。
勘違いの原因は成美の小ささにある。成美には悪いが身長だけを見れば舞弥さんの勘違いも無理はないと思える。だが、こうして揺すれば成美が子供では有り得ない証が引き立つ。小振りではあるが体との比較で相対的に大きく見える形の良い胸が。
成美を揺すれば胸も揺れる。
そして私は芸も無く揺すっている訳ではない。
上下動だけではなく僅かに横や斜めのベクトルも加え、なおかつ意図的に左右の手で力加減をずらしたりもする。こうする事によってけして単調にならず、私が考える限り最も魅力的なダンスを踊ってくれる筈だ。森上君の反応から推察するにそれは成功しているらしい。私自身で見られないのが残念でならず、できる事なら今すぐ成美をぐるりと裏返してこちら向きにして揺すりたいくらいである。
舞弥さんもこれには気付かざるを得なかった。
「あらあら……私、とんでもない勘違いをしていたようですわね。桜さん、もう良いですわ。良く判りましたから、成美さんを下ろして差し上げて」
「ご理解いただけて何よりです」
一仕事終えた満足感に満たされつつ、とても良い笑顔でサムズアップして「グッジョブっしたー! ありがとうございましたー!」という森上君の声を聞きながら成美を下ろす。
と、成美がぷるぷる体を震わせながら恨みがましい目で私を見上げていた。
ちょっと揺すり過ぎただろうか。
「成美さん、桜さんがああしたのは私の誤解を解く為だったのですわ。責めるなら桜さんではなく私を責めて下さいまし」
「むー、舞弥ーさんにそう言われたら……うん、そうだよね。桜は私の為に頑張ってくれたんだもんね……」
「私なりに一番綺麗に揺れるように工夫したつもりよ。見れなかったのが残念だわ」
「そう? だったら今度逆向きでやってよ?」
舞弥さんが取り成してくれたお陰で成美の機嫌が悪くならずに済んだ。しかも成美の方から逆向きでの揺さぶり要請付き。
そんな感じで綺麗に収まりそうになったその時、
「ねえ桜、認識票で生年月日を確認して貰えば済んだんじゃないの?」
と珠貴が無粋な事を言ってきた。
……その手があったか。
そう思わないでもないが、やるだけやっちゃった後に言われても遅い。言うならやる前に言って欲しかった。しかもそれを聞いた成美が再びぷるぷるしてるし、舞弥さんも「そう言えばそうですわね」なんて言っていてアウェーっぽい雰囲気になっているし。
唯一森上君だけは「何言ってるっすか! 天音先輩のあれがベストっすよ! あれ以上の方法なんて無いっす! 絶対に無いっす!」と全力で支持してくれた。やはりこう言う事に関して森上君は判っていると思う。
「天音……」
「はい、なんでしょう?」
「お前、そういう事するような奴だったのか?」
「え゛っ!?」
まずい。
後城先生が信じられないものを見るような目で私を見ている。
「普段の桜は概ねこんなものですよ」
「学園祭の時もこんな感じでしたね」
しかも珠貴と黒間先輩が追い打ちを掛けてくる。
猫を被るとかではなく、目上の先生に対しては普通に礼儀正しく接してきたのだが、今回は先生の見ている前で少々調子に乗り過ぎただろうか。
「姫木さんが居ればもう少しマシなんですが……」
「姫木か」
「はい、姫木さんが来られなかったのが残念でなりません」
「そうだな……」
なんか珠貴と後城先生がしみじみと頷き合っているのですが。
そりゃ私も沙織が来られなかったのは残念だけど。
そこには完全に同意するけれど。
そんな残念な子を見るような目で私を見ないで欲しい。
「ああ、天音、そんな顔をするな。俺は安心しているんだぞ。転入当初のお前だったら絶対こんな事はしなかっただろうからな。第四世代が普通の高校に通えば大抵の場合浮く。まともな友達付き合いはできないだろう。だからな、お前がこうしてふざけられるようになっているのは嬉しいんだ」
一転して真面目に言ってくれる後城先生。多分にフォロー染みてはいるが有り難い言葉だった。『孤立しがちな第四世代』という言葉があるとおり、一年ほど通った普通科高校では持ち上げて揺すれるような友達はできなかった。宇美月学園に転入して、成美や沙織と知り合えたからこそ今日の私がある。
「先生、ありがとうございます」
私の事を気に掛けてくれていた事には素直に感謝の言葉が出てくる。
そんな私達を、微笑みを浮かべた舞弥さんが見守っていた。




