vs ジャクリーン・マイヤー2
間髪入れずに次撃が来た秘密はマイヤーさんの左手にある。
振り途中の剣の柄を左手がお出迎え。中程辺りをキャッチして逆方向に押し戻している。一方で右手がそのまま振りの動作を続ければ、梃子の原理が働いて剣の先端部分は振り戻されてくる訳だ。
……これ、筋力もかなり強化してる。
梃子の原理が~なんて言うと力を無駄なく使う効率的な手段の様に聞こえるけれど、フルスイング中の重量武器にやるなら間違いなく力技の範疇に入る。素の状態の筋力でできる芸当ではない。
突進のスピードも相当だったし、あの無言で過ごした準備時間の中で一体どれだけの強化スキルを発動させたのか。
などという詮索は後回しにしよう。
空振りさせた返しの斬撃を見て、内心の冷汗混じりにそう思った。初撃とは明らかに異なる『重さ』が感じ取れたからだ。
突進の勢いからそのまま放たれた初撃が風を切り裂く速さの一撃なら、今の返しの斬撃は風を砕く重さの一撃となる。もっとも速さも落ちてなかったから単純に重さがプラスされただけとも言える。
攻撃の質の変化は両手持ちになったから、だけではない。あの武器、大剣もどきの形状が影響している。柄を長く、剣身を短めにした奇妙な形状ため、あの武器の重心は先端付近に寄っている。似たようなバランスの武器を上げるならハンマーなどの打撃武器だろう。
あの手の武器は振り回した時に武器の重さがそのまま攻撃力に乗ってくる。鍔元近くを右手一本で持っていた時と、柄頭付近を両手で持った時とで攻撃の性質からして変わっていた。
――でも、それでもまだ一発芸なのは変わらない!
だって握りが逆だ。
左の手甲に追加装甲を付けているのだからマイヤーさんは右利きで間違い無く、普通なら右手を前にして柄を握る。初撃から次撃に繋げるためとはいえ、左手を前にしてしまっている現状は彼女にとって逆の握り。普段から訓練しているならともかく、握りが逆というのは格段にやり難くなるものだ。そしてそんな訓練をする奇特な人はいない。
ところが。
三撃目の予測線もまた即座に描き出されてきた。
剣尖から一直線に伸びてくる予測線は突きを意味している。
まさかマイヤーさんは奇特な人なのか?
逆の握りでも剣を使えるように訓練している?
そんな疑問が脳裏を過ぎり、しかし過ぎりきる前に答えを目にする事になった。
予測線通りに大剣もどきが突き込まれてきて、その攻撃動作は剣術のそれではなく、明らかに槍術のそれだったからだ。槍術なら左手を前にして握るのが普通だし、あの柄の長さならそうした持ち方も可能。ハンマー系武器に類する重量バランスは強化された筋力で捩じ伏せているのだろう。
槍というには長さが足りないから短槍として扱っているのだろうが。
連続する小刻みな突きを防御技の『流水』で捌く。受け流す度に激しい火花が散っている。黒刀の纏う気の刃3のコーティングと大剣が宿す光のエフェクトが激しく干渉しあっているのだ。
気の刃を2ではなく3にしておいて本当に良かったと思う。これだけ派手にエフェクトが出ているという事は、剥き出しだったら黒刀と言えども相当に耐久力を削られていた。
その後双方クリーンヒットの無いままの打ち合いが繰り返されての私の感想は「やり難い」の一言に尽きる。
握り方によって武器の特性が変化するのもやり難ければ、マイヤーさんのスカート状防具もやり難い。
私だって何も止水だけを頼りにしているわけではない。
例えば相手の爪先の向き、膝の曲がり具合、どちらの足に重心が掛っているのか。そうした目で見て得る情報からも相手の次の動作を読み取れるのに、マイヤーさんのスカートがそれを邪魔している。右に左に軽やかに動き回るマイヤーさんに対して後手に回ることもしばしばだった。
とは言え「やり難い」と感じているのはマイヤーさんも同じようだった。
こちらは止水で攻撃だけは完璧に予測できる。それでスピードは私の方が若干速いのだからそう簡単には当たらない。私としては風モードに加速を重ねても「若干」しか違わないのはどうかと思うが……。流石は上級専門校生ということにしておこう。
と、そこでチャンスが訪れた。
膠着し始めた戦況にイラついたのか、マイヤーさんが僅かに雑な斬撃を放ってきたのだ。
これを流水で流しながら、ただ流すだけでなく斬撃の後押しをするように力を加えてあげる。本人が意図した以上の勢いを剣に与えて、マイヤーさんの体勢を少しだけ崩すのに成功した。
すかさずに一歩を踏み込みながら左手に『鬼の手』を発動、五指を揃えて腹を抉りにいった。マイヤーさんの鎧はお腹もカバーしているタイプだけれど、胸などに比べて装甲は薄そうに見える。鋭く尖らせた『鬼の手』の指先なら貫通を狙えそうだった。
マイヤーさんは左手を武器から離して防御態勢に入ろうとしている。武器と同じようなエフェクトを宿した手甲の追加装甲で受けようというのだろう。
でも私の方が速い。
あの手甲がどれほどの防御力を有していようとも、その部分で受けられなければ関係無い。構わずに『鬼の手』を打ち込んだ。
しかし私の手に反動が返って来たのは予想したよりもかなり手前の段階だった。
マイヤーさんの左手は間に合っていないのに、手甲に宿っていた光が装甲の範囲を超えて延長され、『鬼の手』の進行を妨げている。追加装甲がくの字に曲がっているために奇妙な形になっているものの、防御面積的には大きめの盾程度になっていた。
――これは!?
驚き、そのせいで打撃を受けた反動のまま滑るように後退したマイヤーさんを追えなかった。
「……奇妙な技を使いますね。それはいったいなんですか?」
マイヤーさんの方でも『鬼の手』に驚いていたようで、その点ではお相子だったようだ。彼女が話しかけてきたので、ここまでの激しい打ち合いから一転して静かな時間が訪れる。
「詳しい説明はできません。気功スキルの技の一つとだけ言っておきましょう。それよりも……手甲のそれ、光盾だったんですね」
「この術を知っていますか。使う人は余りいないですから意外です」
「それを使う友人がいるもので。まあ、彼女は盾持ちの重戦士ですけど」
「私も必要があれば重戦士になります。不本意ながら盾役をすることもありますし」
光盾を使う友人とは言うまでも無く沙織の事だ。
マイヤーさんのそれは沙織の使っていた光盾とは随分と印象が違うけれど。
それにしてもマイヤーさんが重戦士や盾役をこなすというのが驚きだ。
そう言われてみれば、ドレスっぽい見た目のせいで印象は薄いけれど上半身はほぼフルプレート状態であり、下半身もスカート状の腰パーツが広範囲をカバーしているしで、重装備なのは確かである。盾そのものを装備していなくとも光盾があるなら盾役も可能ではあるだろう。
私とほとんど変わらないスピードで重戦士。
何かの冗談としか思えない。
私は今のスピードを維持するために防御力を犠牲にしているのだ。ミアが作ってくれた防具は軽い割には高めの防御力だけれど……それだって要所を部分的に守ってくれるだけだ。マイヤーさんのようなフルプレート状態は絶対無理。あのドレスみたいな防具、どれほどの重量があるのだろう。強化スキルで筋力やスピードを上げているとしても、それだけであんなに動けるものなのだろうか。沙織みたいに重量操作などの補助魔術を使っているのかも知れない。
そんな事を考えている私を、何やら思案気に見ていたマイヤーさん。
うん、と一つ頷いて口を開いた。
「言っておきますけれど、あくまでも『必要があれば』であり『不本意ながら』ですわよ? ですから私にそのような役割は期待しないで下さいね」
「は? あれ? その言い方はまるで」
『攻撃型天使』の弟子なのだから防御色の濃い重戦士・盾役は不本意なのだろう。でもそれを期待しないでくれと言ってくるのはまるで……。
「ええ。あなたの力は十分に見せて頂きました。実力があるのはここに来ている時点で保証されていましたけれど、スピードが問題だったのですわ。速さが足りないと私が敵中に孤立してしまうでしょう? あなたなら私について来てくれると確信致しました」
「……ええと、試験は合格ということで?」
「そうですわよ?」
私の返事に間が空いたのを不審に思ったかマイヤーさんが首を傾げている。
間が空いてしまったのはなんだか釈然としなかったから。
マイヤーさんは確かに速い。あの重装備でありながら加速+風モードで速度超特化状態の私に僅かに劣る程度なのだから驚嘆するしかない。装備の重量が無くなれば確実に私よりも速いのだろう。でも現にこの試合の中では私の方が速かったのだし、実戦を想定すれば「装備を外せば速くなる」なんていうのは非現実的過ぎる。
なのに「あなたなら私について来てくれる」と上から目線な物言いなのである。
「ああ、なるほど」
マイヤーさんがぽんと手を打った。
大剣もどきを持ったままの左手を手甲に覆われた右手で打ったので実際にはガツンと固い音がしていたが。
「あなた、自分の方が速いのにと思っていますのね。なのに私の方が速いような言い方が不満なのでしょう?」
「……もしかして顔に出ていましたか」
「ええ。良く『顔に書いてある』と言いますけれど、これほど判り易く書いてあるのを見るのは初めてでしたわ」
「あう」
もう返す言葉も無い。沙織や成美にも内心を読みまくられ、珠貴にも灯にも果ては後城先生からも「判り易い」と言われてきた。
まさか今日が初対面のマイヤーさんにまで。
思わず顔を手で覆った私を見てマイヤーさんはくすくすと笑っている。
「よろしいのではなくて? お腹の中で何を考えているのか判らない人よりも素直に感情を表してくれる方が私は好きですわ」
にっこりと微笑んでくれるマイヤーさん。
そう言って貰えると多少は救われる。珠貴もポーカーフェイスで無表情な私は見たくないと言っていたし。諦めを通り越して、もう開き直る段階なのだろうか。
何にせよマイヤーさんの試験は合格なようで何よりである。
が、何かが引っ掛かっている。スピード云々の事では無くて、別の何か……。
その『何か』が何なのか考えて、はたと気づいた。
話の途中から視界の端に《翻訳中》のアイコンが点灯していない。
マイヤーさん、普通に日本語を喋っていた。
「ですわ」口調が普通かどうかはさておいて。




