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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
(仮)第二章 夏休み~海魔迎撃戦~
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初めての土下座

 この世に生を受けて十七年と少し、私は初めての土下座をした。


 終業式も委員長との勝負も終えて、私にも夏休みがやって来た。

 私の一人反省会を目撃した成美が誤解から奇行に走ったり、実はその一部始終を沙織が見ていてドン引きしていたりと色々あったけれど、とにかく夏休みである。


 夏休み中に集まってどこかに遊びに行こうかと、そんな約束をして二人と別れた。

 いつ、どこへ、というような詳しい話はしなかったが、どうせCODの中では頻繁に会うだろう。

 一カ月以上もある長い休みだ。焦ることはない。


 なんて事を考えながら帰宅して、玄関の扉をがらりと開けたら、そこに師匠がいた。

 台所から出てきたところで、手には麦茶の入ったグラスを持っている。


「あら、おかえりなさい。桜ちゃんも麦茶飲む?」


 にこやかに尋ねてくる師匠。

 普段なら「ただいま帰りました」と帰宅の挨拶をし、「はい、いただきます」とでも続けるところだ。

 が、師匠の顔を見た瞬間に、私は玄関先で土下座していた。

 師匠がビクッとしている気配が感じられた。


「何事なの? 桜ちゃん」

「申し訳ありません! 負けました!」

「負けた? ああ、前に言ってたゲームの。で、なんで土下座?」


 師匠の声は若干引き気味なように聞こえた。


 私は師匠に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 CODで私が使っているのは紛れもなく師匠から学んだ剣術だ。

 sakuraは剣術スキルLv9になっているけれど、実際には剣術スキルに属する技を一切登録していない。


 通常モードのプレイヤーなら剣術スキルのレベルに応じて設定可能になる技を登録して、システムのアシストを受けて技を使う。だからこそ現実では剣も握ったことのないプレイヤーが縦横無尽の活躍を見せることも可能となる。

 対して私の場合は、剣術の動きは体に染みついているから、システムのアシストを受けなくても技を使える。疾風も神脚も鬼脚も、気功スキル系のシステムアシストで強化こそしているが、動作そのものは現実の私が身につけている剣術の動きそのものだ。


 つまり私は、師匠から学んだ剣術を使って戦い、負けたことになる。

 しかもCODなどやったこともない師匠からアドバイスも受け、その上での敗北だ。


 考えたわけではなく、気が付いたら土下座していた。


 私が土下座しながら話したのは、そんな内容だ。咄嗟の事でそこまで整理した話し方では無かったから、随分と聞き苦しかっただろうと思う。けれど師匠は最後まで聞いてくれた。

 そして聞き終わってからこう言った。


「うん、言いたいことは分かった。でも女の子が土下座とか正直引くから。ライアやっちゃって」


 あ、やっぱり引いてらっしゃいましたか。

 やってしまった後で、やり過ぎだと思わないでもなかったのだけど。

 でもライア?


 不意に横から胸元に手が差し込まれてきた。

 同時にお尻にも手があてがわれる。

 一瞬の浮遊感とともに私は土下座姿勢のまま持ち上げられ、お尻の手を支えに九十度回転していた。

 視界いっぱいに広がっていた床の代わりに、今はグラス片手の師匠が見えている。


 「ぶふっ!」


 師匠が吹きだした。いつもにこにこ笑っているけれど、これは本当におかしくて笑っている。


「く、空中土下座……初めて見た」

「駄目ですよ桜。土下座は最終兵器だと聞いています。軽々しく発射して良いものではありません」


 背後からはライアの声。

 さすがにこの体勢で土下座を続けるのはつらい。姿勢的にもだけど、精神的にもっとつらい。

 思うに土下座というのは、地面に顔を伏せて視界を塞ぎ、周囲の光景を見ずに済むからこそできるのではないだろうか。少なくとも相手の顔を直視しながらするものではないと思えた。


 折り畳んでいた手足を伸ばして土下座姿勢を解いて、でも両足が床につかない。

 私は人形みたいにライアに抱きかかえられていた。

 背中に感じるのはライアの胸の感触か。かなりボリュームのある方だと思っていたけど、背中越しに感じるこれは予想以上かもしれない。

 でも今はそれどころではなかった。


「あの、ライア、下してくれない? ちょっと手が……」


 少々焦り気味にライアに頼む。

 最初お尻にあてがわれていた手も、私が両足を下している今、格好としては股の間にある。

 微妙な部分に触れそうでいて触れていないという危険な状況だ。


「あらあらごめんなさい」


 床に下ろされて、制服についた埃を払う。

 それにしてもライア、いとも簡単に私を持ちあげるなんて見た目からは想像もできない腕力だ。

 剣術で日常的に鍛えているから肥満とは無縁だけど、身長がある分で相応の体重ではある。

 持ち上げられた時もスムーズで特に力んだ様子も無かったし、単純な腕力だけでなくなにかコツがあるのだろうか。


「さて、と。改めておかえりなさい。桜ちゃんも麦茶飲む?」


 師匠のグラスは空っぽになっていた。私の話を聞きながら飲み終わってしまったらしい。


 土下座している弟子の話を麦茶飲みながら聞いてたのか……。 


「はい、いただきます……」


 なんだか精神的に疲れてしまったし、麦茶でも飲んで一息つきたい気分だった。


 それからライア、「土下座」は「発射」するものじゃないから。

 最終兵器という言葉から発射につながったのだろうけど、せっかくきれいな日本語を使えるのだから間違ったままはもったいない。後で訂正しておこう。


   ・

   ・

   ・


 茶の間に場所を移し、三人で麦茶を飲みながら、私は委員長との勝負の詳細を事細かに説明した。

 一人反省会で何度も内容を振り返っていたから、これは時間軸に沿ってきちんと整理して説明できた。


「ふうん、その三条という子はただものじゃないわね」


 師匠は委員長に興味を持ったようだった。


「魔術タイプとやらの適性なのかしらね、状況判断が的確だし、絶体絶命の場面で意識的に脱力できるなら胆力も相当強いと見るべきだわ」


 心臓を狙った私の突きを回避した委員長の行動についてだ。

 私も全くの同感だった。


 ゲームの中のことなので、どんなに重傷を負っても痛みは無いし、致命ダメージを受けても現実に死ぬわけでも無い。だからと言ってそこに恐怖感もないかと言えば、それは誤りだ。

 限りなくリアルに再現されたCODの仮想世界では、眼前に刃が迫れば痛みは無い死なないと頭で理解していても、本能的には死を予感してしまう。

 普通のプレイヤーなら、避けられなくても避けようとして体に力が入ってしまうか、もしくは完全に竦んで動けなくなるかのどちらかだ。

 ところが委員長は致命ダメージを避けるために脱力してのけた。


「聞く限りでは……これは負けた桜ちゃんを責めるよりも、勝った子を褒めるべき内容ね。でも桜ちゃん、刀を折ってしまったのは大いに反省するべきよ。剣術家たるもの自分の得物の状態は常に把握しておかないと、いざという時に素手で戦う事になっちゃうから」


 うーん、また師匠の「いざという時」が出てしまった。

 ぽんっと師匠が手を打った。


「うん、せっかくの夏休みだし、無刀取りも始めちゃいましょう」


 無刀取りは「取り」と付くために「真剣白刃取り」のような技と勘違いされやすい。

 実際には刀無しで戦う技術全般を指し、言ってしまえば徒手格闘術のことだ。

 と言って、なにも刀を失った後の非常手段というわけではない。

 攻撃や防御の全てを刀で行うのではなく、手足の全てを使えるようになればできることの幅は格段に広がる。


「よろしくお願いします、師匠」


 私は深々と頭を下げていた。


 夕方、涼しくなってきた頃合いを見計らって、庭で師匠と立ち合った。

 これから学ぶことになる無刀取りを、まずは師匠が実演して見せてくれることになったのだ。


 形式としては木刀を持った私と、素手の師匠の模擬試合。

 師匠の鬼のような強さは身に染みているから、素手でも構わず全力で打ちかかった。


 そして結果は予想通り、またもコテンパンにやられました。

 素手の不利なんて師匠と私の実力差だと全然関係ない。


 師匠の無刀取りは一部合気道にも通じる要素を含んでいて、相手の力の向きや重心移動を利用して投げるパターンが多く見られた。

 打撃系は主に掌打を使い、拳打はほとんど無い。

 打撃専門の格闘家と違って拳そのものを鍛えるわけではないので、拳を傷める=指を傷めて刀を握れなくなる危険を避けるために打撃の比重は軽めとなり、拳打よりも掌打を重視している。

 蹴りも少なめだ。模擬試合中に師匠が蹴りを放ったのは二回だけ。どちらも私の足を狙った低い蹴りで、ダメージを狙う打ち下しではなく、体勢を崩させるために刈るような蹴りだった。


 立ち合い後、師匠は相変わらず汗もかいていなければ息も乱していない。

 父の言いようではないけれど、こういう姿を見ると「人間じゃない」と思ってしまう。

 しかも汗にまみれ、何度も投げられて泥にもまみれ、荒い息をしている私にこう言ってきた。


「実は無刀取りってあんまり得意じゃないのよね。もっと上を目指すなら格闘術を専門にやってる人に教わった方がいいかも。誰か紹介しようか」


 ここまでやっておいて、今さらそんな事を言われても困る。

 と言うか、ここまでできるのに「あんまり得意じゃない」って、いったい師匠はどんな基準で物事を考えているのだろう。

 俗に剣道三倍段と言うけれど、木刀を持った私を良いようにあしらった師匠は格闘術においても間違いなく達人だ。

 その師匠が言う「専門にやってる人」って……。

 今の私がそんな人に教えを請うのは危険な気がする。


「いえ、まずは師匠に教えて欲しいです。師匠がこれ以上教えることはないと思えるくらいに私がなれたら、その時に改めて紹介してください」


 そう言いながら、「本当にそんな日が来るのか?」と思っていた。

 だって師匠強すぎるんだもの。

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