ミア:試験戦闘開始2
翌日は十二月二十八日。
朝から次々と参加者が到着している。団体参加の人達はバスをチャーターして、個人参加の人達は自家用車やタクシーで。その中には宇美月学園一行のバスもあった。
合宿のスケジュールは午後一時からになっている。参加者とスタッフ全員が集まっての顔合わせと簡単な説明会だ。会場となる食堂には既に参加者が集まっていて、ボクはスタッフの人達と一緒に入口の前で待機している。
「ミアさんにも軽く挨拶してもらいますが……その格好で本当に良いんですか?」
「何か変かな?」
藤田さんが訊ねてくる。
何か変だろうか。自分の格好を見下ろしてみる。
部屋に用意してあったこの宿の浴衣と丹前。郷に入っては郷に従えと言うし、温泉宿という場所からしてこの上もなく馴染む格好の筈だ。着付けは仲居さんに手伝って貰ったから完璧だし。
うん、変なところなんてどこにもない。
「いや、変ではありませんよ。むしろどうしてそこまで似合うのかが疑問なくらいです」
「そりゃあ日本在住うん十年だもの。そこらの若い子より日本文化に馴染んでるよ」
日本に来たばかりの頃は独特の文化に戸惑い、早く馴染もうとして色々な本を読んで勉強した。最初は絵が沢山描いてある本で日本語に慣れていって、徐々に難しい本に挑戦したものだった。どちらかと言うと、文化を学ぶという点では初期に読んだ絵メインの本の方が有用だったように思う。そうした本で『温泉宿では浴衣(+丹前)』が常識だと学んだ。ボクからすればスーツや白衣姿の藤田さん達の方が場所柄を弁えていないように思える。
「なにか不本意な評価をされているような気がしますね」
「え? いや、仕方ないと思うよ? 藤田さん達にとってはそれが制服みたいなものなんだし」
「……まあ良いでしょう。そろそろ時間です。行きましょう」
腕時計で時間を確認して、藤田さんを先頭に食堂に入る。
食堂には二百人くらいの参加者が勢揃いしている。その中でも背の高い桜は目立っていた。ボクを見つけて目を円くしている桜に手を振ると、戸惑ったような顔で会釈してきた。
ボクがいるのは内緒にしてくれるようにシシルちゃんにも頼んである。まずは軽いサプライズ成功だ。
一人で進み出た藤田さんが挨拶してる間に他の参加者一通り見渡してみる。
名簿でざっと確認したところだと、桜と同様の専門校枠、大学のスキル学科枠、社会人枠などがある。変わった所では自衛隊内で試験的に結成されたスキル戦闘部隊なんてのも参加している。髪を短く刈り込んだごつい男性の集団がそれだろう。軍人(正確には軍人ではないけれど)特有の雰囲気で周囲から浮いている。その他に結界勤務経験者もちらほらと混じっていた。
観察している間に藤田さんの挨拶は終わっていた。
藤田さんの合図に応えて進み出てお辞儀をする。
「こちらは武器防具その他の製作をしているミア・フィスティスさんです。ここにいる皆さんの中には彼女が造った武器なり防具なりを使っている方もいらっしゃると思いますが……」
途端に食堂が騒がしくなった。
ボクの正体を知った驚きの声。ボクが作る武具のブランドは有名でも、ボク自身はメディアに顔を出したりしない。外見を知っているのは直接工房を訪れたお客さんだけだ。
自衛隊の人達から「あ、俺持ってる!」「マジか!? いつの間に……」とか聞こえてくる。
持ってると言った人には確かに見覚えがある。以前工房に来たお客さんだった。
「えー、この試験期間限定になりますが、希望する方にはフィスティスさんの方から武器データのレンタルができます。休憩時間等に相談してください」
「ある程度ならオーダーメイドも受け付けるよ。ボクも試験に参加するから注文多過ぎたら捌ききれないけど」
一応予防線を張っておいた。
これまでに作ったデータは全部持ってきて管制室のPCに入れてある。大方はそれで対応できるだろう。既製データで間に合わない分はツールで作ることになる。
説明会の後はそのまま初日のテストスケジュールに入る。
ぞろぞろと会場に向かう参加者の中、ボクは気配を殺して桜に接近した。
背が高い桜は、もっと背が高い男の人と話していた。学園祭の時に芳蘭に挑戦していた先生だ。確か桜の担任だったはず。珍しい事にシシルちゃんが頼りになる人だと絶賛していた。
近付くにつれて二人の話声が聞こえてきて、どうやらボクの事を話しているのだと判った。
「……お前猫印持っているのか?」
「普段使っている黒刀がミアから貰ったものなんですけど、ただ猫のマークは無かったような」
そこで我慢できなくなった。
「マークはちゃんと入れてあるよ」
最後の距離をひょいと詰めて会話に入り込むと、大きな先生が「うお」っと仰け反る。なかなか良いリアクションだった。
「シシルちゃんからあんまり強いのはやめてって言われてね。ボクとしてはちょっと物足りないレベルのを贈ることになっちゃったんだ。だからマークも目立たない場所にこっそりね」
ボクは自分が作った武具には商標代わりに猫のマークを入れている。今では『猫印』という名前でで通じるくらいになった。ただ桜に贈った黒刀には一見して判らないようにマークを入れてある。シシルちゃんの要望に沿った品だけに、エンチャントの欠片も施していないし、多少良い素材を使った以外は特別な加工もしていない。ボク渾身の作とは言い難かったからだ。
もちろん、「いやでも、これ+2……」と桜が言っているように、そこらの工業製品なんて問題にならないくらいの性能にはしてあるけれどね。
宴会場に移動する道すがら、桜の友人達を紹介された。
学園祭の大会に参加していた大きな子、姫木沙織。
去年の海魔迎撃戦で巨大海魔に挑戦していた小さな子、霧島楓成美。
沙織はなんだか私を警戒しているみたいだった。初めてエルダーに会えば珍しくない態度とは言えちょっと傷つく。成美はすぐに打ち解けてくれたのに。
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宴会場のシートからログインして最初の試験を実行した。
何も無い仮想空間での魔物との戦闘だ。藤田さんと交わした約束通り魔術は使わない。昔作った板型の剣でばっさばっさと魔物を斬り捨てる。ほとんど近付いて斬るだけの単純作業だった。
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ログアウトして辺りを見回すと、桜はまだ仮想世界から戻っていなかった。並びのシートでは成美と沙織がなにやら話している。
この二人に桜を加えたのが所謂仲良し三人組になる。この合宿で桜と親密になるなら、この二人とも仲良くなるべきだ。
成美はさっきの紹介でもう仲良しになっている。この子はどうにも他人のような気がしない。波長が合うというのだろうか、初対面なのに以前からの知り合いのような気さえする。
だから初見で警戒されてしまった沙織をターゲットに定めた。
「ねえ沙織、キミのところの学園祭、ボクも見に行ったんだよ」
「え!? あれを見たんですか!?」
「う、うん。学生の大会とは思えないくらい面白かった」
「そうですか……あれを見たんですか……」
ありゃ? いきなり沙織が落ち込んでしまった。ボクを見る目がみるみるどんよりと曇っていく。もしかして地雷? 地雷を踏んじゃった?
どうしてだろう。あの大会での沙織はとても面白かったのに。
彼女は背こそ高いものの全体的にほっそりしていてパワータイプには見えない。それなのに大きな剣と盾を軽々と操り、巨大な防火扉や自動販売機をぶんぶん投げていた。ライアみたいな感じだったけれど『異常筋力』のようなユニークスキルではなく、重量操作の魔術を得意にしているらしい。
そして一番面白かったのはその後だ。
防具が壊れてからの桜との掛け合いは素人とは思えない完成度だった。
「沙織はモザイク出して強制ログアウトになったのを気にしてるんです」
落ち込んでしまった沙織の頭を撫でて慰めている成美。
そうかー、気にしてるのか。見てる分には面白いけれど、やっちゃった当人にとっては黒歴史なのかもしれない。
「あー……ごめんね。でもああいう展開になったのは桜のエロハプニング体質に巻き込まれただけだろうし、キミがそこまで気にする必要はないと思うよ?」
「エロハプニング体質?」
沙織が「なんですかそれ」と訊ねてくる。
桜も知らなかったし、最近の若い子は知らない人の方が多いのかな。ボクが日本の文化を学ぶために読んだ本には良く出てきていたのに。
と、思ったら、成美は知っていた。
「エロハプニング体質っていうのはねー、エロいイベントが起こりやすい体質の事だよ。本人が意識してなくても何故かエロくなっちゃうの。ちなみにエロハプニング体質が女の子で、男の子の場合はラッキースケベ体質ね」
「へえ、成美、良く知ってるね」
「お爺ちゃんが古い本とか沢山集めてて、それで読んだ事があって」
文化を学ぶ良い教材を集めて保存しているなんて感心だ。
成美のお爺ちゃんを心中褒め称えていると、何故か沙織がぷるぷるしている。
「そ、それじゃあ、あれはやっぱりこいつのせいだったのか!」
そう言って、まだ眠っている桜をビシッと指差す。
……いや、エロくなったのは桜が原因かもしれないけど、ああまで面白くなったのは沙織にも才能の片鱗があるからなんだよね。本人は気付いてないのかな。
「駄目だよ沙織。エロハプニング体質だとしたら桜本人にはどうしようもないんだもの。それで桜を責めちゃ可哀そうだよ」
「って言うか、あんたがその体質を助長してるんじゃないの?」
「え? なんのことー?」
「だってあの大会で桜がエロかったのって、ほとんどあんたが作ったメイド服のせいでしょうが」
「そうかなー」
桜をフォローする成美。そこから続く二人の会話は聞き逃せない事実を含んでいた。
あのメイド服、実はボクも凄いと思っていた。あれが無ければ大会の面白さは半減していただろうことは確実で、でもそれだけじゃなくメイド服の完成度にも注目していた。ボクも現実の武具を元にしてデータを作成する仕事をしている。それで対価を得ているのだからプロだ。そのプロの目から見ても、あのメイド服は素晴らしい出来だった。
「へえ。あのメイド服はキミが作ったのか。やるねー。布の質感とか再現するの大変だったでしょ?」
だから賞賛の言葉は素直に出てくる。
そこで桜が目を覚ます気配を感じた。




