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三条珠貴:魔術使いにとって大切な事

 メリナの放った極太光線の驚愕から立ち直るのにしばらくかかった。

 今度は私の番だ。書き変えた呪文で魔導端末を発動させる。


 出現した端末は二つ。

『発動体生成』を元にして端末に機動力を持たせる記述を追加した結果、生成できる端末は二つが限度だった。これ以上出すと魔力に余裕が無くなって何もできなくなる。


 メリナがやったように道端の桶を標的にして『打て』を使ってみる。

 端末操作にぎこちなさが残っているものの、まずは及第点だとメリナに言われた。

 機構のサーバーで練習してきた甲斐があるというものだ。


「魔術陣描画用と魔力注入用の呪文も渡しておくわ。早く使えるようになってね」


 試技が終わると、メリナから数枚の呪文ウィンドウを渡された。描画用の方は魔術陣のタイプ別に数種類ある。聞いた事のない呪文なので、これも非公開呪文なのかと心配したら。


「別に非公開指定はされてないわよ。需要が無いから公開してないだけ」


 だそうだ。魔導端末抜きの場合、単に空中に図形を描くだけの趣味的な術だし、そんなものなのだろう。

 今の私にとってもそうなのだけれど。

 役に立つのは端末六つを揃えるだけの魔力を得てからだ。いったい何時になるのやらと思う。


 ……こうなると、あっちの方も憶えたいところね。


 メリナが雑なやり方と評した魔術を束ねる手法だ。

 あれなら端末の数が足りなくても使えそうだし、なにより近から中距離では使い勝手が良さそうだ。火力では簡易儀式魔術に大きく劣るとはいえ、端末の個数分の魔力を上乗せしての火力アップを通常の呪文詠唱と変わらない時間で実現できるのは魅力的だ。


 とは言え、忘れろ、お勧めしないと言ったメリナに訊くわけにもいかない。折を見て練習してみようと思う。


 私が貰った呪文を登録している傍ら、メリナは自分のウィンドウを見つめている。どうにもシステムウィンドウの時刻表示を確認しているみたいだった。

 最初の巻き気味の展開もあるし、やっぱり忙しいのだろうか。

 まあ、魔術統合機構の責任者が暇を持て余している訳も無い。私のような一介の専門校生一人にそうそう時間を費やすような余裕も無いだろう。


「あの、メリナ? やっぱり無理してます?」

「ん? や、そんなことないわよ」

「でも機構の方で立て込んでるって、さっき……」

「それもコミでスケジュール組んでるから。あと一時間くらいは大丈夫」


 そこでメリナは溜め息を吐いた。


「リセットしたつもりだったけど……珠貴にそう見えちゃうって事はまだまだね。実はフェンルーが二号結界に出張しちゃってて」

「あ、そう言えば守備隊を増員するってニュース、この前見ました」


 そのニュースを見たのはここ半月くらいの間だと思う。

 中東の砂漠地帯にある二号結界では、今年の夏くらいから魔族侵攻の警戒レベルが上昇し続けている。当初であればもともと二号結界を担当している守備隊の戦力でどうにかなりそうだと思われていたのだが、これまで戦闘は起こらずに警戒レベルだけが段階的に上昇していった。

 そこで守備隊の増員が決定され、しかし纏まった戦力を急には用意できない。安易に他の結界から人員を引き抜くわけにもいかなかった。

 そこで名乗りを上げたのが魔術統合機構と龍鳳。

 機構は高レベルの魔術使いを多く擁しているし、龍鳳は言わずと知れた近接職の宝庫だ。


「でも、最高責任者のエルダーが自ら行ったんですか? ニュースではそこまで言ってませんでした」


 フェンルーと言えば、機構創設の三魔人の一人、フェンルー・ソザイレルに違いない。


「人数ばかり多くても、って事ね。機構うちはレベルが高くても戦闘には向かない人も多いから、厳選しても中核のメンバーがごっそり抜けたわ。あとそれがニュースで伏せられてるのは不安を煽らないためでしょうね。龍鳳からの増援も睡虎が中心になっているし……二号結界にエルダーが集まってるとなると深刻に捉えられちゃうでしょ?」

「今、まさに私が深刻に捉えてます……」


 一騎当千という表現がけして大袈裟にならないのがエルダーだ。彼女達が一堂に会するとなれば途轍もない戦力であり、それは非常に頼もしい。が、それだけの戦力を集めなければならないほどの規模で魔族の侵攻があるのだとすれば、やはり不安になる。

 万が一にも二号結界が破られることになれば、溢れ出した魔族が世界を蹂躙するだろう。


「そんな深刻にならなくても。危ないようなら私やユニも行くし心配いらないわよ。ああ、そう言えば、この間シシルが言っていたのだけど、龍鳳の人事異動のせいでアマネの訓練が思うようにできないらしいわね」


 雰囲気を変えようとしてか、メリナが話題を変えてきた。

 学園祭の時に言っていた龍鳳ナンバーツーが、というあれか。確か芳蘭という仙人のエルダーが天音さんに格闘術を教えるとか。

 最近の噂に依ると、天音さんは担任の後城先生に格闘術を習っていることになっている。職員棟にある先生の準備室で秘密の特訓をしているとか、どういうわけかそこに霧嶋さんと姫木さんが乱入して一騒動あったとか、そんな話だ。

 後城先生も格闘術の達人らしいけれど、エルダーに比べれば見劣りするだろう。エルダーに教えてもらえるはずの天音さんが、どうして先生から教わっているのか。疑問に思っていた件にはそんな理由があったのか。


 相手方の訓練が上手くいっていないのを喜ぶほど悪趣味ではない。情報の一つとして受け取っておくにとどめよう。



「基本的な操作はOKだし、儀式魔術は現状無理となると……あとは実戦で使いこなすための基礎的な訓練になるわね。ちょっと厳しいけど、やる気ある?」


 不意にメリナが問い掛けてくる。

 魔導端末を使いこなすための基礎的な訓練とは何だろうか。

 と言うか、今の私に必要なのは不足している魔力の強化で、それは現実世界で無いと鍛えられない。


「言っておくけど魔力の強化なんてことじゃないわよ。じゃあ、ここで問題です。実戦においての魔術使いにとって最も大切な事って何でしょう? 取り敢えずノーヒントで」

「うわ、またそのノリですか」


 メリナは本当にクイズ番組好きなのだろうか?

 私自身はそういったノリは割かし好きなので構わないけれど、あまり連発されるとエルダーのイメージが崩れそうだ。


 それはそれとして問題の答えを考えてみる。


 魔術使いにとって最も大切な事。

 これは考えるまでもない。スキル専門校に通っている学生なら誰でも知っている。Mコースで魔術系の授業を選択すれば必ず教えられる内容だからだ。


「手持ちの術の中から最も効果的な術を選択して適切に使用するための判断力です。もちろん、ある程度の質と量で魔術を修得しているのが前提になりますけど」


 これはゲームを例にすると判りやすい。

 例えば火属性魔術で最大威力の術を使えるとする。単純火力ならそのゲーム中で最大だ。ならその術だけを使っていれば良いのかと言えば、けしてそうはならない。敵の弱点や耐性を考え合わせれば、ランクがずっと下の他の術を使った方がダメージ効率は高くなったりするからだ。ゲームをやる人にとっては常識だろう。


 現実ではそれほど顕著ではないにしろ相性は存在する。海魔迎撃戦の時にも、海からやって来る海魔は海水で体を作っていたため、魔術攻撃は火属性や雷属性の術が多用されていた。あの場面で水属性の攻撃魔術を使っていた人はいないだろう。

 火や土といった付加属性意外に、弾体自体にも斬打貫の攻撃属性があり、その組み合わせは多岐にわたる。魔術使いは相手や状況によって使用する魔術を適切に選択しなければならないのだった。


 ちなみに、魔術統合機構が発表している基準魔術では、各レベル毎に様々な属性の術がラインナップされている。基本的にはレベルが上がるごとにより強力な上位の術が憶えられるようになっていて、これも魔術使いの選択肢を広げる役割を担っている。


「うーん、模範的な解答ね。テストだったら百点だったかな?」


 私の回答に、メリナは少し困ったような顔になっていた。


「ごめんね。ちょっと質問が曖昧すぎたみたい。私としてはそんなこと(・ ・ ・ ・ ・)は大前提として、その先を質問したつもりだったのよ」

「あ……」


 これは恥ずかしい。釈迦に説法とでも言うべきか、恐らく世界で最も実戦経験の豊富な魔術使いに対して、専門校の教科書にも載っているような常識を自信満々に語ってしまった。

 そしてメリナも、当然私はそんな基本的な事は理解していて、その上でさらに先の回答をすると期待してくれたのだ。私はその期待を裏切ってしまったことになる。


「じゃあヒントを……」

「待って下さい、もう一度チャンスを!」


 間違ったままでは引き下がれないし、ヒントに頼ってばかりなのも情けない。

 ここはもう少し考えてみよう。


 私の回答が大前提ということは、そこから大きく外れた答にはならないはずだ。

 効果的な術を選択して適切に使用。

 それをするのが当然であるのなら、つまりは当然の事を当然の事として実行するためには何が必要か。あとはこれがメリナの主観による問題であること。教科書的な内容ではなく『メリナがそう思っている』事が答になるはずだ。

 となれば、これまでの彼女の言動から思い付くフレーズがある。


「感情のコントロール、でしょうか」

「うん、それが正解」


 やっぱりだった。

 効果的な術を選択して適切に使用するためには冷静な判断力が必要だ。感情のコントロールというのはそういう事だろう。


「ちょっと実践してみましょうか。珠貴、一言呪文以外の、呪文詠唱が必要な術を使ってみて」

「? なんでも良いんですか?」

「ええ、なんでも良いわよ。ただし、途中で私が邪魔をするから。頑張って最後まで詠唱を続けてね」

「邪魔って……直接口を塞いだりとかじゃないですよね?」

「そんなことはしないわよ。ほら、早く」


 意図が良く判らないまま、メリナに急かされて適当に選んだ基準魔術の詠唱を始める。パーティー戦で砲台役を務める時に良く使う呪文なのでスラスラと詠唱できる。


 と、いきなりメリナが杖を振りかぶり、振り下した。

 私の頭に。

 ゴン、と鈍い音がして……。


「ぁ痛あっ!!」


 脳天から突き抜けるような痛みを感じ、頭を抱えて蹲ってしまった。


 って、ここ仮想世界なのに。

 なんで痛みがあるの!?

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