戦闘準備
夕食を終え、私、師匠、ライアの三人でお茶を飲んでいる。
場所は茶の間、卓袱台を囲んで飲むお茶は緑茶である。
栗色と金色と、一見して外国人と分かる外見の二人が畳の部屋で卓袱台を囲み、緑茶をすすっている風景にももう慣れた。
ちなみに食事の支度は主に師匠とライアが交代で行い、私はそれを手伝うにとどまっている。
母の教育方針で一通りの家事はできるし、なにより居候の身でもあるので、当初は食事当番を引き受けるくらいの心づもりだったのだが、初日に二人の料理の腕前を見て断念した。
いやもう、私なんて足元にも及ばない。
現状手伝いに入っているといっても、私が台所に入る事で効率は逆に落ちてしまっている。どちらかと言えば私の料理スキルを上げるための訓練のようなものだった。
師匠は料理に関しても私の師匠だった。
一息ついたところを見計らって私は師匠に訊ねる。
「ところで師匠、師匠は飛び道具を相手にした事はありますか?」
「飛び道具? もちろんあるけれど、どうしたの?」
「ええと、対処法とか参考にお聞きしたいのですけど」
すると師匠の目付きが鋭くなった。いつもにこにことして温和な雰囲気なのだが、剣術の稽古の時のような、いやそれよりももっと厳しく怖い目つきだ。
「桜ちゃん、なにかトラブルに巻き込まれているなら私に言いなさい。大抵の相手なら私が片づけてあげるから」
「え? いえ、そういうわけでは……」
私は師匠の勘違いを正すべく、今日の学校での出来事(学園祭の代表に選ばれた事)を話した。
手強い魔術タイプである委員長と勝負することになった顛末を聞き、師匠の雰囲気が普段の調子に戻る。
「なんだ、ゲームの話だったのね。驚かさないでちょうだい」
「現実で飛び道具を相手にするようなトラブルに巻き込まれるなんてそうそうありませんよ」
「その油断が命取りになるわよ。剣術家たる者、いつでもどこでも、そして何があっても対処できるようにしていないといけないわ」
常在戦場とは以前にも師匠が言っていた言葉だけれど、師匠はいったい何を想定しているのだろうか。今の日本で日常的に警戒しなければならない危険ってなんなのだろう。
もちろん師匠の言うとおり、剣術を学ぶ者の心構えとしてはその通りなので、素直に聞いておく。
「それで師匠、どうでしょう。飛び道具を持った相手に対してはどうしますか?」
師匠はCODのプレイ経験こそないが、現実に剣術の達人だ。委員長攻略の為のヒントを得られるかもしれない。
「飛び道具を持った相手への対処ねえ。まあ一番良いのは撃たれる前に斬っちゃう事かな」
それはもっともですが、さらりと「斬る」とか言わないで欲しい。怖いです。
私はCODの話をしているけれど、多分というかまず間違いなく師匠は現実を想定して話しているはずだ。
「それが、状況的には必ず相手が先に撃ってくるんです」
「んー? その状況ってどんな状況なの?」
私はCODでの試合開始位置について説明した。
説明しながら「現実的でない」という突っ込みが入ることも覚悟していたのだが、師匠はすんなりとその状況を受け入れていた。
「なるほど。一騎打ちの形式なわけね。それで必ず先に撃たれると」
「はい」
「それで相手の撃ってくるその魔術っていうのは、どんなものなの?」
「そうですね……」
私自身も委員長の魔術を見たことはないので、昼間成美から聞いた話をもとに説明する。
「……散弾銃みたいなものなのかしらね」
私の説明を師匠はそう解釈した。魔術で生みだされた複数の矢が放射状に広がりながら飛んでくる、一発ごとの威力は低いという委員長の魔術とイメージとしてはそれほど遠くないので肯定しておく。
「うーん、散弾はちょっと厄介ね」
師匠は難しそうな顔をする。
「拳銃とかだった簡単に避けられるし、弾丸を斬り払って前進もできるけど……散弾は完全に防ぐのは難しいわ」
「は、はあ……」
拳銃だったら簡単なんだ。
私もCOD内では単発の魔術は簡単に避けられるし、魔術の矢を斬り払ったりしているけれど、それを現実で銃を相手にやってみたいとは思わない。
しかも師匠の口ぶりだと実際にやった事があるようなのだけど。
なんだか師匠の過去の武勇伝に興味もあったが、聞くと怖い話が出てきそうでもある。
師匠の腕前からすれば、刀一振りあれば大概の状況は斬り抜けられそうだ。
「拳銃の場合は、言ってみれば点の攻撃なのよ。狙いが読めれば避けられるし、斬り払いもできるわ。でもこれが散弾だと扱いとしては面の攻撃になる。避けるなら動く距離は大きくなるし、複数の弾が飛んでくるからその全部を斬り払うのも無理」
散弾銃を想定した師匠の話は、CODでの委員長の魔術もまた回避も防御も困難であることを示していた。
「ところでゲームの中では予測線というので個々の弾の軌道を読めるのね?」
「はい」
「弾道が目に見えるとか便利なものなのね。ま、それを踏まえれば散弾銃相手でもやりようはあるわ」
おっと、師匠はあっさりと対抗策を思いついてしまったようだ。
相談を持ちかけておいてなんだけど、やった事もないゲームについてだから期待しすぎないようにしていたのだ。
「まず最初の一撃だけど、撃たれる前にできるだけ前に出ておきなさい。放射状に広がってくるなら、距離を詰めれば詰めるほど範囲は狭くなるから」
「なるほど」
「でもそれで全部避けるのは無理でしょうから、次は予測線で当たっても良い弾と駄目な弾を見極めて、駄目な分を確実に斬り払って」
「当たっても良い弾、ですか?」
「一発の威力は低いんでしょう? 散弾だって一発くらいなら余程当たり所が悪くない限り大事にはならない。例えば眉間と腕の二か所が避けきれないなら、眉間に当たる分だけでも斬り払えればいいってこと。線で見えるならそういう判断もしやすいでしょ」
これは参考になる話だった。
CODのダメージ算定は限りなく現実に即していて、同じ強さの攻撃でも当たる部位によってダメージが大きく変わる。頭部と胴体が致命ダメージを受けやすい部位だから、そこに当たる攻撃を優先的に防げと言う事だろう。
全弾回避、防御は無理と最初から割り切ってしまえば、現実的な対処法だ。
ところで師匠は実際に散弾銃で撃たれた経験があるのだろうか。
話が妙にリアルなんだけど……。
「後は無難に防具を着ける事かな。さっきの当たっても良い弾ってのを増やすこともできるし。でもこれは防具の重みで動きが鈍くなったら本末転倒だから、ほどほどにね」
「うーん、なるほどなるほど。参考になりました。さすがは師匠です」
私は深々と師匠に頭を下げた。
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翌日、朝のホームルームでクラス代表決定戦の日取りが後城から発表された。
七月二十四日、今学期の終業式の後に実施との事だった。
結構日数があるのは私にとっては有難かった。
昨日の師匠のアドバイスに従って装備の変更を考えていたし、引っ越しからの一カ月で登録できる技も増えている。新装備、新技に慣れる為の期間が十分に取れる。
と言うわけで、放課後にはショップで防具を購入することにした。
成美が着いてきているのは、新装備の慣らしの為に対戦を申し込んだところ、ショップも付き合うということになったからだった。
ショップ内は武器コーナーと防具コーナーに分かれているので、二人で防具コーナーに入る。
「それにしても桜の師匠は凄いねー。散弾銃を相手にした事があるなんて」
ずらりと並んだ防具を品定めしながら、昨夜の師匠との遣り取りを話すと、成美はしきりに感心していた。
「どんな人なのか会ってみたいんだけど……ねえ、遊びに行っても良い?」
「んー、一応師匠に確認してからの方がいいかな。気難しい人じゃないけど、やっぱり普通じゃないから」
自分の師匠についてを「普通じゃない」と言ってしまうのも不敬かもしれないが、私はどうしても師匠を普通だとは思えないのだから仕方ない。「人間じゃない」とまで言ってしまった私の父に比べればまだましだろう。
師匠も私が友達を家に呼びたいと言えば駄目とは言わないだろうけれど、私も居候の身である。一応家主の了解を取ってからにした方が良いと思えた。
そんな取り留めのない事を話しながらコーナーを一周、候補を幾つか上げて成美と一緒に吟味した。
そうして私が購入を決定したのは三点。「鉢金」「皮の胸当て」「手甲」だ。
あまり重くならないように、という縛りがあるのでどれも軽装備に属する物だ。
時代劇っぽい雰囲気でまとめているので「皮の胸当て」が見た目浮いてしまうのではないかと心配だったが、黒っぽい色のを選んで試着してみたところ意外と馴染んでいた。
カウンターで支払いを済ませると店員が「今すぐ装備として登録しますか?」と尋ねてくる。
購入しただけでは装備されないので、ここはもちろんYESだ。
「装備データは次回のログインから有効になります」
登録処理を終えた店員が言うように、追加した装備のデータはログイン時の読み込みを経ないと有効にならない。
その後は成美と対戦を繰り返し、新しい装備に慣れていった。
その週の土曜、午後がまるまる空いたので新しい技の登録も済ませてしまう。
今回新たに追加したのは『気の刃2』と『焔』の二つだ。
気の刃2は既に登録してあった気の刃の強化版にあたる。非物理攻撃力を武器に付与するのが気の刃の効果だったが、気の刃2では付与される非物理攻撃力の上昇に加えて武器攻撃力が+1される。
私が装備している武器は刀+1。+1は「通常品に比べて少し品質の良い物」くらいの扱いで、これに気の刃2の効果を乗せて+2にすれば「高品質」相当になる。
品質が上がれば切れ味=攻撃力が上がるし、武器の耐久力も上がる。
もう一つの焔は気功スキルに設定されている「練気ゲージ」の上限を引き上げる効果がある。
練気ゲージは視認できない内部ステータスの一つだ。
気功スキルに属する技は練気ゲージを消費して発動する。ゲージは消費しても気功スキル発動中は自然回復するが、ある程度の時間はかかるので、ゲージ上限が上がれば連続で使える技が増えることになる。
またゲージの上限が上がるとスキル発動時のステータスアップ値も微量ながら増えるので、全体的な戦闘力の底上げができるのも有難い。
技の追加後はまた対戦を繰り返した。
学内で成美や沙織、Sコース組に協力してもらう他、家からも接続して学外のプレイヤーとも対戦をする。魔術タイプとの対戦は学外の方が相手を見つけやすかった。
こうして着々と準備を整え、ついにその日がやって来た。
七月二十四日、明日からは夏休み。
委員長との勝負の日だ。
スキルの説明は文章が単調になりがちで難しいです。
次回からようやく章タイトルの代表決定戦が始まります。




