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近接戦では剣士タイプの方が強いですよ?(仮)&(真)  作者: 墨人
(仮)第一章 クラス代表決定戦
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逆鱗

 授業、実習、放課後に成美や沙織などSコース選択の仲間たちとCODで対戦して、帰宅してから師匠に剣術の稽古を付けてもらう。

 そんな日々を送って、私が宇美月学園に転入してから早くも一カ月ほどが過ぎていた。


 暦は七月に入り、気温の上昇とともに間近に迫った夏休みが学生達の心を浮き立たせる。

 そんなある日の放課前のホームルーム。

 教壇に立った後城が話している。


「十月に予定されている学園祭についてだが、イベントの一つとしてクラス対抗のCOD大会が企画されている」


 さすがに仮想空間の活用を積極的に取り入れている宇美月学園だ。


「まだ企画段階だから具体的な内容は決まっていないんだが、今学期中にクラス代表を正副の二名選出することになっている。一人はまあ三条で決まりだろう。構わないな?」

「はい」


 最前列の席で委員長の三条珠希が頷くのが見えた。

 破神封印中とはいえ成美に勝つほどの腕前なら当然だろう。


「で、もう一人だが……」


 ここで後城が間を取った。ちらちらと成美の方を見ている。

 ん? そういえばこういう展開なら成美が「私が! 私が!」とか騒ぎだすパターンになるはずなのに、なぜか成美は静かにしている。

 私と同じように感じているのだろう。教室中がさわさわとざわめきだした。


「んー? どうした霧嶋? 立候補しないのか?」

「あれー、先生、私に期待しちゃってるのかなー?」

「期待なんぞしとらんわ。いつも騒がしいお前が静かにしていると不気味なんだよ」

「先生ひどいよー!」


 ようやくいつもの掛けあいが始まって、教室内に安堵の空気が流れた。

 成美と後城はしょっちゅうこういった遣り取りをしている。だいたいパターン化しているそれは、2-Bのホームルームには欠かせないものになりつつあった。


「私はパスですねー。自粛要請解除なら出ますけどー」

「……それはできんな」

「ですよねー。まあ、お祭りのイベントなんだし私向きの舞台じゃないです。私のスタイルは見てて面白いものじゃないですしね」


 そんなふうに言って成美は笑っている。

 彼女の戦闘スタイルは傍から見ている分にはあまり見栄えしないのは確かだろう。

 観戦モードでは隠形発動中でも成美の姿は表示されてしまう。観客から見ると、なぜか成美を見失っている相手に無造作に近寄って斬りつける、という奇妙な展開にしか見えない。


「なので私は立候補しないです。でも代わりに桜を推薦しちゃいますよ」

「桜? ああ天音か」


 なぬ?

 私は愕然として成美を見た。

 成美は「ガンバッテネ!」と手を振ってくる。

 ちょっと待ってほしい。

 私は注目されるのが苦手なのだ。それは成美ももう知っているはずなのに。


「天音さんなら適任だと思います」

「激しく同意しまーす」


 示し合わせたようにSコース選択組の面々が成美を援護する。

 まさか本当に示し合わせているんじゃあ?


「ちょっと、待っ……」

「しかも私は正代表に桜を推薦しまーす」


 制止しようとした私の言葉に被せて、成美がさらに続けた。

 正代表? そう言えば代表は正副の二名とのことだったが、正と副にどんな違いがあるのだろう。


 ガタン、と音を立てて一人の女生徒が立ち上がった。

 名前は良く憶えていないがMコース選択で、良く委員長の周りにいる連中の一人だ。いわゆる取り巻きという奴だろう。


「霧嶋さん、いくらあなたでも何を言っても良いわけではないのよ! 正代表は三条さんに決まっているじゃないの!」


 彼女は成美に人差し指を突き付けるようにして言う。

 人を指差すなんて行儀が悪いなあ。

 というか成美ってやっぱりある程度は何を言っても許される位置づけなんだ。


 ところでその発言に教室のあちこちから「そうだそうだ」と同意の声が上がる。

 どれも委員長の取り巻きみたいだった。

 Mコース組の名前はあまり覚えていないし、面倒だからもう取り巻きAとかBとかにしておこう。


「えーと、私は推薦を受けるとは……」

「決まってはいないでしょう? 正と副で決めるなら強いほうが正になるんだろうし。候補が二人いるなら決める方法は一つしかないでしょ」


 またも成美に被せられた。

 ここまでくると意図的に被せてきているとしか思えないのだが、どうだろう。

 イベントで目立つ事をさせられるのは避けておきたい私は、辞退の意思を表明するために隙を窺っていたのだが……。


「だから決まっているって言うのよ。そりゃあ霧嶋さんは特別だったけど、普通の剣士タイプが三条さんに敵うわけないでしょ。っていうか、あなたが出ないんだったら副代表は私達の中から選べばいいのよ」

「それは聞き捨てならないわね、Aさんとやら」


 あ、やばい、と思ったけれど、私は私自身を止められなかった。

 取り巻きAの発言は正確に私の逆鱗に触れた。

 自分でも「ああ、怖い声出してる」と思うような声になってる。


 教室が静まりかえっていた。

 取り巻きAだけでなく、後城や成美、渦中にいながら蚊帳の外みたいな微妙な立ち位置の委員長までが、ポカンと私を見ている。


 やがて取り巻きAが言った。


「Aって私の事なの?」


 しまった!

 面倒だからと取り巻きAと設定したのを、そのまま口に出してしまった。

 少し平常心を欠いていたようだ。反省しよう。

 とはいえ、Aの由来について説明して改めて名前を教えてもらうなんて流れは避けたい。

 

 ……面倒だしこのまま流してしまおう。それがいい。


「そんなことはどうでもいいのよ。聞き捨てならないのは……」

「ちょ、どうでもって。私の名前は……」

「聞き捨てならなのは!」


 流そうとしたら取り巻きAが何か言っていたので、さらに被せて黙らせた。

 私の迫力に押された様に、取り巻きAは椅子に腰を落とした。

「私の名前はAじゃない」とかぶつぶつ言っているようだけど、見えない振りと聞こえない振りをしておく。


「剣士タイプだから勝てないって決めつけられたら黙ってられない。正とか副とかどうでも良いし、代表になりたいわけでもないけど、やってもいない勝負を負けた事にされたらたまらないわ」


 言い切った。

 主にSコース組から感嘆の声が上がった。なぜか「素敵……」という女子の声が混じっていたような気もするけれど。


 ぱんっ、と澄んだ音が教室に響いた。

 後城が手を打ち合わせた音だった。


「静まれ、お前ら。まあ天音の言い分も一理ある。俺も剣士でこそないが近接タイプだからな。気持ちは分かるぞ。そういうことならさっき霧嶋が良い事を言った。三条と天音で勝負して勝った方が正代表、負けた方が副代表だ。それでいいな?」

「はい、私はそれで構いません」

「え? えーと……」


 後城がまとめに入って、委員長がそれに同意してしまった。

 今さら「目立つのは嫌いなので代表にはなりません」とは言いだせない雰囲気だった。


「う……はい、私もそれでいいです」


 私がそう答えると同時、成美やSコースの面々が小さくガッツポーズをしていた。

 どうやら後で詳しく話を聞く必要があるようだ。


 ふと気付くと、委員長がこちらを見ていた。

 私と視線が合うと、委員長は片手を顔の前に立てて「ごめんなさいね」と視線で謝ってきた。

 そう言えば、話の流れのほとんどが成美や取り巻きA、そして私によって進められてしまい、当事者である委員長は最初と最後の了承しかしていない。


 成美に勝ったというのだから実力者なのは間違いないはずなのに、どうも周りに流される傾向があるようだった。


「ちょっと面白くなりそうだな。勝負の場は俺が用意するから、お前ら勝手にやるなよ」


 後城がそう言って、ホームルームもお終いとなった。

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