気功剣士sakura
《登録名....sakura》
《身体走査データ確認.....アバター作成》
《登録スキル確認....剣術Lv9 気功Lv9 魔術Lv1》
《総合レベル算出....総合レベル8》
《登録装備確認....刀+1》
エントリー画面に次々と文字が表示されていく。
もう何度も見ているので流し見するだけで異常がないのはわかる。
最後に作成されたアバターが立体表示され、ゆっくりと回転を始める。
これは着衣データがきちんと反映されているのを確認すればOKだ。
着衣データにエラーがあると全裸のままログインしてしまう。
アバターは身体走査で読み取った数値データをもとに作られている。
だからそこで晒されるのは生身の肉体と同じ裸身だ。
もちろん裸では倫理コードに引っかかるので自動的にモザイク処理が入る。
けれど、胸と下腹部にモザイクを入れてログインしたりすれば、痴女確定だ。
うら若き乙女としては万に一つでもあってはならない事態だろう。
登録してある着衣データは、黒を基調とした剣術道着だ。
忍装束のデータをもとに両袖を取り払って、両手にはグローブを追加してある。
着衣に異常はない。
《このアバターでログインします。準備はいいですか? YES or NO》
最後に確認メッセージ。
選択するのはもちろんYESだ。
《ようこそ、決闘者の闘技場へ》
視界の中央にそんな文字が大写しになり、めまいに似た感覚が訪れる。
視界がブラックアウトし、体全ての感覚が途切れた。
それは一瞬の事で、次の瞬間には大きなホールの入口に立っていた。
背後には外に出るための扉があるが、今はまだ関係ない。
ホールの中にはいくつもの丸テーブルが並び、さながらゲームに出てくる酒場のようだ。
テーブルは六割方が埋まっていた。
ざっと見わたすと、そのほとんどが魔術使いタイプだった。
「まあいつものことだけど……ほんと、私みたいな剣士タイプは希少種ね」
左の腰に刀を差した剣士スタイルは目立つ。
周囲から奇異の視線を浴びながらホールを奥へと進んだ。
ホールの奥には端から端まで届く長いカウンターがあり、NPCの受付嬢が等間隔に立っている。
その背後の壁面は大きなモニターで埋め尽くされ、決定している対戦カードが表示されていた。
受付嬢の前に立つと、NPCである彼女は決まり切ったアクションで一礼した。
「いらっしゃいませ、sakura様。本日は対戦ですか? 観戦ですか?」
これも決まり切ったセリフだ。
「もちろん対戦よ。シングルで総合レベル八前後ならタイプはなんでもいいわ」
「かしこまりました」
受付嬢が頷くと同時に、カウンター上に半透明のウィンドウが現れる。
登録されているアバターネーム、総合レベル、登録スキルレベルが羅列されている。
ホールの中を見回した時と同様、登録スキルレベルの欄も魔術スキルばかりが並んでいた。
表示されるのは登録されているスキルの先頭のみだから、もしかしたらということもあるが、まず魔術タイプのみと見て間違いないだろう。
受付嬢に言った通り、相手のタイプは何でもいい。
適当に指運任せで一人を選択した。
「ミハイル様でございますね? 対戦を申し込みますがよろしいですか?」
「ええ、お願い」
ほどなくしてカウンター後ろの対戦カード表に「sakura vs ミハイル」と追加表示される。
「ミハイル様が対戦を受諾されました。sakura様は左手の控室へどうぞ」
受付嬢がにっこりと笑ってホール左側の扉を指した。
扉を抜けると、そこは対戦の出番を待つための控室だ。
ホールの左右には同じつくりの控室がある。
左のこちらを案内されたということは、相手のミハイルは既に右側に入っていたのだろう。
控室入口から右手を見れば、対戦カードを表示したモニターと、もう一つの扉がある。
その扉こそが『決闘者の闘技場』への入り口だった。
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『決闘者の闘技場』はVRMMORPGの一種とされているが、厳密にはRPGではなく対戦格闘ゲームだ。
世界各国でVR技術を導入したゲームが開発される中、日本のゲームメーカー数社が共同開発した純国産のとあるVRMMORPGが発売されたのが五年ほど前の事。日本人の職人気質がいかんなく発揮されたこのタイトルは、その完成度の高さから人気を呼び、瞬く間にプレイヤーを増やした。
『決闘者の闘技場』はこのVRMMORPGのシステムからPvP――いわゆる対人戦の要素だけを抜き出して製作された。タイトルそのまま、プレイヤー同士が対戦を行うという、それだけの内容だ。
このシンプルさが受けた。
普通にMMORPGをプレイするのは相当に時間がかかる。どれだけ時間を注ぎ込んだかがゲーム内での強さに直結すると言ってもいい。気軽にVRでの対戦を楽しみたいという層に『決闘者の闘技場』は受け入れられた。
『決闘者の闘技場』を特徴づけているのは二つのゲームモードが用意されている点だ。
一つは本家VRMMORPGと同様の手順で作成したアバター同士で対戦する通常モード。
もう一つは医療機関等で取得できる身体走査データから作成するアバターで対戦するリアルモード。
リアルモードで作成されるアバターは身体走査の数値をそのまま反映するため、プレイヤーの容姿や体型がそのまま再現される。プレイヤーが変更できるのは着衣データと髪型だけだ。
さらに骨格や体脂肪率などから算定される筋肉量なども反映されるため、VR空間に再現されるアバターは限りなく生身の肉体に近い能力をもっている。(いわゆる筋肉の質は反映されないので、筋力、敏捷力、持久力は筋肉量からの平均値に設定される)
このためリアルモードでは限りなく現実に近い対戦が体験できる。システムに登録されているスキルを全てオフにすれば、本当に自身の肉体の能力のみで戦うこともできる。
そしてsakuraというアバターネームで天音桜がプレイしているのも、リアルモードだった。
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対戦カードは順調に消化されていった。
目の前にメッセージウィンドウが開く。
《sakura様、闘技場へどうぞ》
メッセージに従って闘技場への扉を潜る。
古代ローマの円形闘技場を思わせる光景が広がっていた。
実際、ローマのそれをもとにしてデザインされているのだろう。
円形のフィールドの周囲は高い壁で、その上に階段状の観客席が続いている。
ホールの受付嬢の問いに「観戦希望」と答えれば、この観客席へと案内されるのだ。
受付のホールや控室の配置からして、扉の先がこれと言うのは空間的におかしいのだが、それはゲームの中のことなので突っ込むだけ野暮というものだ。
観客席はそれなりに混雑していた。
対戦をせず、観戦のみ行うプレイヤーもいるという。
反対側の扉が開いて対戦相手のミハイルが姿を現す。
緩めの衣服と魔術の発動体としての杖。
典型的な魔術師タイプだ。
「驚いたな。本当に剣士タイプじゃないか」
ミハイルが驚きの表情を露わにする。
アバターの感情表現の細密さもこのゲームの売りの一つだ。
こういう反応には慣れている。
『決闘者の闘技場』では魔術タイプのアバターが大半を占める。
理由は簡単。遠距離攻撃ができるからだ。
何も言わずに開始線に立つ。
リアクションを期待していのだろうミハイルは、物足りない様子ながらも開始線に立った。
双方が開始線に立ったことで、システムは対戦準備完了と見なす。
二人の中央に大きなメッセージウィンドウが出現した。
モータースポーツのようなスタートシグナルが表示される。
シグナルは三つ。
左から順に点灯し、三つ目が点灯すると同時にメッセージウィンドウを砕いて《Fight!》の文字が出現、これも瞬時に消える。
同時に左に跳躍。
ミハイルが呪文詠唱を開始するのを見つつ、呼吸のリズムを変える。
アバターに呼吸は必要ないのだが、この呼吸のリズムを変えるというのが気功スキルの発動条件だ。
《気功スキル発動》
視界の隅にシステムメッセージが表示される。
気功スキルの発動によって身体能力が上昇、それらのステータスアップ数値が順次表示されるが、それらに目をやっている暇はない。
気功スキルの発動によって関連する技も使用可能になっている。
《止水発動:攻撃予測開始》
そのメッセージと同時に、ミハイルの持つ杖から伸びる赤い線が視覚上に表示された。
その数は五本。
ミハイルの呪文詠唱が終了する。
白く輝く魔術の矢が杖から発射された。
矢の数も五本。赤い線をなぞって飛んでくる。
予め赤い線を避けるように動いていたから、魔術の矢は一発も当たらない。
「な、なんだって!?」
ミハイルが愕然とする。
赤い攻撃予測線はミハイルには見えていない。
気功スキルはマイナーだからこういう技がある事もほとんど知られていない。
ミハイルにはどうやって魔術の矢を避けたのか分からないだろう。
ミハイルに向けて走る。
ミハイルは再び呪文詠唱をはじめる。
またも伸びてくる赤い線。
開始線の間の距離を詰めるまでにはもう一度魔術攻撃を受ける。
距離が詰まれば回避するのも難しくなるだろう。
刀の柄に手を置きつつ、もう一つの技を発動させた。
《気の刃発動:非物理攻撃力付与(武器)》
ミハイルが魔術の矢を放った。
五本ある予測線からできるだけ体をずらすが、一本だけは直撃コースだ。
その一本に乗って飛んでくる魔術の矢を、抜きざまの一刀で斬り払った。
普通の武器で相手の攻撃魔術を斬ろうとしても、ただすり抜けるか、武器に着弾の判定をされてしまうところだ。
しかし非物理攻撃力を付与された刀は、魔術の矢を斬り払える。
またも驚愕の表情を浮かべるミハイル。
そんなに驚いてばかりでいいの?
こちらはもう刀が届く間合いに入るのに。
「あ……」
ミハイルが下がろうとするが、魔術タイプは肉体的な基本能力をほとんど上げていない。
こちらは気功スキルの発動で敏捷力にボーナスが付いている。
らくらく追いつけた。
袈裟がけに斬り下す。
手には確かな手ごたえが伝わってきて、ミハイルの肩から胴にかけて攻撃ヒットのエフェクト光が。
鮮血が飛び散ったり内臓が飛び出したりはしない。
いくらリアルが売りでも、そんなグロやスプラッターは求められていないからだろう。
その一撃で勝負は着いた。
リアルモードはダメージ算定もリアルだ。
実際の人間なら死ぬだろう部位に相応のダメージを与えれば、こうして一撃で決着が着くこともある。
ミハイルのアバターが宙に溶けるように消えていった。
《sakura WIN!》
空中に大きなメッセージが表示され、観客席からおおきなどよめきが上がる。
剣士タイプが魔術タイプに勝つのは難しいというのがこのゲームの常識だ。
「まあ、こんなものかしらね」
一応の礼儀として観客席に手を振って、円形闘技場を後にした。
闘技場から出る扉は控室を経由せずにホールにつながっている。
入って来たのと同じドアが別の場所につながっているのだから違和感はある。
この辺もゲーム的な観点から余計な手間を省いた結果なのだろう。
ホールに出ると、いたるところから視線が集中するのがわかる。
このホールから闘技場で試合の様子は見えないが、対戦カード表で勝敗だけはわかる。
剣士タイプでありながら魔術タイプに勝ったのが珍しいのだ。
つかつかと歩み寄ってくる一人のアバター。
致命ダメージを受けると同時に入り口ホールに転送されたミハイルだった。
「sakuraさん、ちょっといいかな」
ミハイルは丁寧な物腰だった。
『決闘者の闘技場』はアバターの容姿が現実そのままであるため、他のVRMMORPGに比べてプレイヤーのリアルが特定されやすい。言いかえれば匿名性が極めて低いわけで、匿名性に隠れて暴言を吐いたりという行為はやり難い。リアルで人に接するのと同様の態度が求められていた。
「驚いたよ。あんな戦い方は初めて見た。あれは剣術スキル? 魔術の矢を刀で斬っただろ?」
ミハイルに見えていたのは先頭に登録してる剣術Lv9だけだ。
「おっと、言いたくなければ言わなくて良いよ。スキル構成を晒すのは駄目って人も多いし」
「いえ、知られたらどうなるというものでもないので。あれは気功スキルです」
「気功スキルか……あれって修得するの大変なんじゃ?」
「マイナーなスキルですからね」
適当に誤魔化しておいた。
知られて困る内容でもないけれど、いちいち話すような内容でもない。
「ふーん」
そんな態度をどうとったか、ミハイルはそれ以上追及はしてこない。
「君の試合は面白そうだ。次からは観戦させてもらうよ」
そう言ってミハイルはカウンターに向かった。
次の対戦登録をするのだろう。
さてどうしようか。
ゲームの中なので一試合終えても疲労はない。
何試合でも続けられるのだが、どうも周りからの視線が気になる。
あまり注目されるのも好きではないので、今回はここまでにしよう。
ホール入口の扉に手をかけると、扉の表面にウィンドウが開いた。
《ログアウトしますか? YES or NO》
YESを選ぶ。
めまい、ブラックアウト、感覚喪失。
今日のプレイはこれで終了。




