八十一話 霊廟の底で
今回は増刊号! 長いよ!!
「わぁ……」
「これは……すごいね……」
参真たちが霊廟内部入りこむと、無数の神霊が中空に浮いていた。
まるで星空の中に迷い込んだような……そんな錯覚すら覚える、幻想的な光景。突発的に、彼は絵を描きたい衝動に駆られた。
(全く……困ったものだね、僕は)
その強い欲求を――参真は苦笑しながら抑え込んだ。絵描きとしては是非とも描いておきたい物ではあるものの、彼はこの景色を見るためにここに来たのではない。
そうだとも。参真がここまで来たのは、異変を解決して小傘と再会するためだ。偶然道中で彼女と会ったから一緒にいるだけで、本来ならまだ離れ離れのはず。
なら、これは前倒しになっただけのこと。あの妖怪たちは、気まぐれ一つで自分たちの仲を引き離すことなど造作もないはずだ。この異変解決は冥界の亡霊の依頼だが、彼女が『八雲 紫』との関係がある以上、機嫌を損ねるのは非常にマズイ。余計な道草を食ってる余裕はないのだ。
「さ、奥に行こうか」
「えっ!? ……絵を描かないの? ご主人さま」
そっけない態度が意外だったらしく、小傘も訊ねる。きっと今までの自分だったら、即刻描き始めていたであろうから、彼女もびっくりしているようだ。
「異変解決が優先だよ。小傘ちゃんと離れたくないし」
「ふぇっ!?」
妙に高い声を出して、そのまま小傘は固まってしまう。どうも再会してから、彼女の調子がおかしいように思える。突然不機嫌になったり、かと思えば、何気ない一言で顔を赤くしたままフリーズすることがある。まさか……
「体調悪いの?」
「そ、そそそそんなことないよ? 私は元気だよ!?」
「……わかった、そういうことにしとく。とにかく急ごう」
慌てて取り繕っているが、流石にこれはごまかせたとは言えない。きっと熱でもあるに違いないと思った参真は、この異変を終わらせるべく、霊廟の深部へ向かっていく。だが、小傘は気づかれていないと思っているのだろう。強引に話題を変えてきた。
「そ、そういえばご主人さま! 神霊って何なの?」
言われて考えてみる。しかし、実像が浮かんでこない。霊とついているので、きっと幽霊の親戚かとも思っていたのだが、考えてみれば今まで遭遇した霊は、ちゃんと意識や自我を持っていた。それを踏まえると、神霊には襲われたり、話しかけられてはいない。……もしかすると、自分は何も知らないまま、この異変解決に参加していたのか……
「何なんだろう……判らないや」
「――神霊とは、人の欲が具現化したようなものです」
ところが、唐突に声がして、二人の疑問に答えるものが現れた。
「特に害を及ぼすこともなく、放っておけば自然に消えてしまいます」
「なら、どうしてそんなものを集めているのです?」
上空から投げかけられた答えに、さらなる疑問を参真はぶつけた。声の主は特に不快になる様子もなく、落ち着いた声色を響かせる。
「違う。勝手に集まってきただけよ。私の復活に応じて、集まってきたのでしょう」
小傘が、奥の方を覗き込む。つられて参真も、彼女と同じ方向を見つめた。
現れたのは、耳にヘットフォン、髪の毛は両端に逆立っている。服装は白と紫を基調とし、手には棒状の物を持ち、腰には剣らしきものをこさえていた。
「どうすれば止まります?」
「私の復活が終われば自然と収まるでしょう。……あら、戦う意思はないようですね」
「……心を読んだのですか?」
「近いですが異なります。……生前、私は十人の話を同時に聞くことができたおかげで、十の欲を同時に聞くことができる。それを見れば、おのずと貴方の行動も判ります」
……参真には、理解の及ばない内容だ。『欲を聞く』の意味がわからない。けれども、今の会話で一つだけはっきりしたことがある。あの布都と呼ばれていた仙人が言っていた、『太子様』が、誰なのか。
「まさか……あの『聖徳太子』が女性だなんて知りませんでしたよ」
「まぁ、そうでしょうね……にしても貴方は、ずいぶん歪な欲の偏り方をしています。まるで――絵を描くためにすべてを捧げているような――その為なら、生死をもいとわないほどの、強い欲の持ち主ですね」
見抜かれている。自身の本質を。それは、小傘に出会うまでの自分のことに間違いなかった。
幼いころから、そうだった。
西本参真の、本質。それは、『絵を描くこと』に他ならない。
しかしそれに特化しすぎた故に外の人間に妬まれ、否定され、
自殺をも考えたが踏みとどまり、
五年の山籠りの末、幻想郷へと流れついたのである。
そしてそれは、幻想郷に来てからも変わらなかった。
自分のことを想い続けてくれる、従者に気がつく前までは。
「……っと、これは昔のことのようですね。失礼しました」
「はい、今は違います」
参真はきっぱりと告げてやった。もう、自分を想って『くれた』人を増やしてはいけない。過ちを繰り返す訳にはいかないと、強い決意を込めて。
「ふむ……だからこそ貴方は、半端なままなのですね」
「僕のどこが? 自分で言うのもなんですが、割と判りやすい性格だと思うのですが」
自分の中に、少なくても揺らぎはない。他者への恐怖も、兄や小傘への情も、それでもなお存在し続ける『絵を描く』ことへの欲求も、一つたりとも欠けたりしていない。むしろ、こうして見ると極端な感情しか持っていないような気さえする。半端と言われて、思い当たる節はまるでない。
だが、彼女が言ったのは、参真の想像の範囲外のことであった。
「いえ、貴方の考えているような意味ではなく、宗教的な立ち位置として、あるいは種族の半端です」
「ど、どういうことなの? ご主人さまは人間じゃないってこと!?」
小傘が身を乗り出しながら叫ぶ。一方青年はどこか落ち着いていた。散々仙人と勘違いされて来たのもあって、自分は人間なのかどうかに、疑問を持ち始めていたのもある。が、
「さて、どう説明したものか……私もこんな人物を見るのは初めてです」
「関係ないですよ。人間じゃ無くなっていたとしても、僕は僕だ」
どんな種族になっていたとしても、「西本 参真」として生きた記憶がある。何になっていたとしても、自分は自分だ。そこは彼にとって絶対に揺るがない。
「僕がどんな種族だろうと、それに興味はありません。僕を想ってくれる小傘ちゃんは、きっと変わらずにいてくれるだろうから」
そっと小傘の方に手を伸ばし、参真は少女の手を握り締めた。小さな手のひらから、じんわりと鼓動と体温が伝わってきた。
「だから僕も、彼女を手放したりなんかしません。種族なんて、知ったことか」
「ご、ご主人さま……」
きゅ、と少女も手を握り返す。それだけで、参真には十分だった。
透き通るような目で、太子はこちらを見つめて――ため息をひとつ。呆れられたのか、はたまた彼女しか知り得ない理由からなのかは、察しがつかないが……
「そうきっぱりと断られても困るのですが……そこまで言うのなら、この場で言及するのは避けましょう」
はっきりと言い切った甲斐あって、彼女の方が折れた。
参真にとって、種族がどうこうは無駄な話に過ぎない。彼ほど自我や願望の強い人物は、自分が何者かでブレたりはしないのだ。
「私は……なるけど」
「ん? どうしたの小傘ちゃん。まさか、具合が悪くなってきて――」
「ほ、本当に大丈夫だから!」
小傘が何か、ぼそりと呟いたのが耳に入り、参真は従者の様子に気を使う。やはり、先ほどの戦闘が響いてきているのだろうか? 声も聞きとれないのが多い気がする。
「本当に無理はしないでね」
「う~……」
照れたような、どこか拗ねたような呻きを一つ発して、小傘はそのまま黙りこんでしまった。その様子を眺めていた太子は、クスクスと小さく笑って、語る。
「ずいぶんと鈍い方なのですね、あなたは」
「うーん……確かに普段はのんびり屋かもしれませんね……荒事も嫌いですし」
「……いやはや、これは大変ですね。頑張ってください」
「???」
この人は何を言っているのだろう? 青年には全くその意図が読めないが、彼女の能力から、分かることがあるのだろう。
異変の理由もわかった。時間が経過すれば、この異変は収束すると知った参真は、小傘を連れてその場を去ろうとする。太子様とは戦う理由がないし、何より小傘のことが心配で仕方なかった。
「やっとここまで来れたわ! 覚悟しなさい――異変の元凶!!」
振り向いたその先には、ひどく殺気立った、白と赤を基調とした、巫女服の少女がいた。
ようやく赤白巫女を登場させられました。
外伝含め九十話以上たってるのに、本編主人公が出てないってどうなのよ……