七十九話 電流の矛先
大変長らくお待たせしました。
あとがきにちょっと解説しますね。
状況は明らかに、屠自古の側に優勢だった。
二人組の合流を阻止し、スペルカードでの先制に成功。二人組の片割れを痺れさせ、残るは作務衣の男一人。しかも、ほとんど空を飛ばず、チマチマと少量の弾幕を放ってくるだけだった。
だが、その少数の弾幕の狙いが正確で、しっかり避けようとしなければ被弾してしまう。全くの素人という訳でもないようだ。
「小賢しい!」
そうして何度目かの雷撃を見舞うも、ことごとく避けられてしまう。お互いに決め手のないまま、戦闘はひたすら長期化していた。
「スペルの一枚でも使ってきたらどうだ?!」
苛立ち交じりに、屠自古は男と挑発する。現にこの男は戦い始めてから、一度もスペルカードを使用していないのだ。殺気は確かに込められているのだが、どうも圧力がたらない。
けれども、男は大した動きもせず、今までと同じように淡々と避け、反撃してくるだけだ。痺れを切らした屠自古は、決着をつけるために、地上付近まで降り、さらに距離を詰めた。
「……この瞬間を待っていたんだ!」
「何っ!?」
すると、おとなしくしていた彼は、弾幕も撃たずにこちらに突貫してくるではないか。理解に苦しむ動きだが、さらに男は愚行を重ねる。
「上手く発動してくれよ……! 纏『水の羽衣』!!」
初めて男はスペルカードを発動したのだが――よりにもよって水をその身に纏うスペルカードを使ってきたのだ。『水は電気をよく通す』自分から電流を流れやすくした上で特攻など、正気の沙汰とは思えない。
「気でも触れたか? 愚か者めが!」
そして、矢のように放たれだ雷撃は、あっけなく男に直撃した。
当然だ。屠自古も、男も、お互いに距離を縮めていたのだから。後はそこに男が倒れているだけだと、屠自古は高を括っていた。
……だから――直撃しているはずの水の塊が、
電流を受けて倒れているはずの彼が、
自身に激突するまで気がつなかったのは、それもまた当然のことだったのかもしれない。
「な……!? ぁああああがあああああああっ!!」
その大量の液体にぶつかると。体中を電流が駆け巡る。自ら放った電撃を、屠自古はそのまま喰らってしまった。
たまらずうつ伏せに倒れ込み、霊廟の外郭がミシリと軋む。
すぐ横にはスペルカードの発動を解除した男もいて、こちらは膝をついていた。
「無傷で済む訳じゃ、ないのか……」
身体の一部に火傷こそあったが、男はこちらに比べて遥かに軽傷だ。
屠自古は納得がいかない。間違いなく……間違いなく雷を浴びたはずなのだ。それでいて大したダメージを与えられていないのはおかしい。
「き、貴様……何をした!?」
身体を動かせないまま、それだけはなんとか声に出せた。
男は苦い表情のまま、静かに問いに答える。
「簡単です。水で膜を作って、そっちに電流を流しました。ちょっとこっちにも電気がきましたけどね……イタタ」
「な――馬鹿な! それでもあれだけの量を――」
「……ある時、大雨で全身くまなくずぶ濡れになった人が、雷に打たれたそうです。でも、その人は身体の表面だけ火傷して、命に別状はなかった……なんでかわかります?」
「そ、そんなの……知る訳ないだろう! 御神の加護か何かで生き延びたのでは」
急に話を変えた男に困惑しながらも、彼女は強気に答える。
「いいえ、『全身が濡れていたから』です。水は電気をよく通しますが……『電気は流れやすい部分を通る』という性質があるんですよ。だから、表面の濡れた部分だけ雷が通って、打たれた人は無事だったんです。兄さんに教えてもらうまで、僕も知りませんでしたけど」
「それを……やったってことか」
……あの時、水の膜を張ったのは、そこに稲妻を通すためだったようだ。
こちらが放った雷は水の膜「だけ」を通り、中にいた男には電気は通ってなかったのだろう。そして、帯電した水の膜に触れてしまい、屠自古だけが感電した訳だ。
「なるほどのう。屠自古、これで一つ学んだの?」
やや偉そうな口ぶりで、四人目が口を開いた。戦っている最中に麻痺は解けたらしい。屠自古はぶっきらぼうに口を開いた。
「見てたなら手伝え、布都。こいつは我々の霊廟を足蹴にした愚か者だ」
内心不本意ではあるが、彼女に男を倒してもらおう。
屠自古は誰にも見られていない状態で、心の底からニヤリと嗤った。
今回の電気うんぬんは、実際にそういう法則があるそうです。
たとえば、飛行機。『雷が当たって墜落した』なんて事故は聞いたことがないと思います。それは何故かと言うと、表面を電気が流れやすい素材でコーティングしてあって、内部に電気が通らないような構造をしているそうです。
ただし、これは小説内の出来ことで、それにしたってたまたま上手くいったようなものです。危険なので絶対にまねしたり、再現しようなどとは考えないでくださいね。……死にますよ?