五十八話 兄弟と姉妹
ユニーク四万、PV四十万人! 意外な方面から、クリスマスプレゼントが来た作者です。
という訳で、ちょっと気合い入れて作った、クリスマス増刊号だよ!!
こいしに連れられるまま、参真はフラフラと地底を歩いていた。
小さな彼女に引っ張られる姿は、妹にダダをこねられている兄のようであり、引っ込み思案の弟を、強引にリードする姉のようでもあった。
「落ち着いて見る地底はどう? さっぶー」
一瞬だけ手を離して、くるりと一回りする少女。
先ほどの声も大きく、地底では珍しい人間が紛れていて、かつ目立つ行動をとっているのだが、二人は全く気付かれていなかった。
「こういう街並み……いや、ここの雰囲気って言った方がいいのかな? とにかく、嫌じゃないよ」
それもそのはず、古明地こいしは誰からの意識に入ることなく行動することができる。だから、仮に視界に入ってもそれを認識することは出来ないし、こうして会話をしていても、誰も反応を示さなかった。
「そっか~こういう建物は見ても大丈夫なの?」
青年が気づかれていないのは、彼女の能力……『無意識を操る程度の能力』の範囲内に、彼も収まっているからだった。
「んー……こういう建築物は、向こうじゃもう時代遅れだからね……あっちの世界の建物だったら、ちょっと嫌だったかもしれない」
「それってどんな感じ?」
参真のいた世界のことが気になるのか、うす緑髪の少女は無邪気に、参真の瞳を覗き込む。
「確か……回収した昔の絵の中に、マンションが映り込んでるのがあったかな? ビルの絵は書いた覚えがないけど、うろ覚えでいいなら描くよ? こいしお姉ちゃん」
さらりと、こいしを姉と呼ぶようになっている参真。ちゃんと言わないと、まるっきり無視されてしまうので、始めはしぶしぶだったが、今はもう違和感がない。こちらに来てから、適応力が上がってきているようだ。
「ホント!? デキる弟を持って、私幸せ!」
辺りに笑顔を振りまいて、フフンと鼻歌交じりに歩いていく。
つい、参真も顔を綻ばせながら、彼女の鼻歌に続いて歌いだす。
目的もないまま、無意識に身を委ねたまま、
誰にも気づかれることなく、のんびりと。
「あ! さっぶー、あれ食べよ!!」
そうして歩いていると、少女が出店へと飛びついた。宝石のようなリンゴ飴が並べられていて、それ目がけて駆けていく。しゃべりながら歩いてきたから、確かに口が淋しくなってきた所だが、一つ大きな障害がある。
「ちょ!? 僕たち見えてないよ!?」
能力で姿を隠している以上、誰かと話したり、取引したりは出来ない。まさかかっさらうつもりではなかろうか? だとしたら、たとえ勝ち目がなかったとしても、姉の非行を全力で止めるしかない。
「大丈夫大丈夫! 料金を持って……ちょん、ちょんと」
青年の心配をよそに、屋台のおっちゃん(頭に角があるから鬼だろう)をお金でつつく。すると、おっちゃんは気がつき、慣れた手つきで飴を差し出した。
「また幽霊かい? オイラの店を贔屓にしてくれてありがとよ~あれ? 二つ分? もう一個欲しいのか?」
「げぇっ!?」
どこかで聞いた声だなと思い、よくよく顔を見てみると、参真を追い落とした鬼の一人ではないか。
つい後ずさりしながら、その顔をもう一度、まじまじと観察する。
「この店は私のお気に入りなんだよ~ちゃんと私の反応見てくれるし、この人、鬼なのにすごく気がきくんだよ……ってどうしたのさっぶー」
「ト、トラウマが……この人ともう一人の鬼に追っかけられたんだよ……」
まさか、こんなところで再会するとは思ってもみなかった。こいしと一緒にいるおかげで、相手に気づかれることはないが……
「ありゃりゃ、ドンマイさっぶー! はい飴!」
「う、うん……ありがとお姉ちゃん」
差し出された紅い飴を握り、いそいそとその場から遠ざかる彼。殺されかけた相手と一緒に居れるほど、参真の神経は鈍くはなっていない。
「よしよし、お姉ちゃんの胸で泣いてもいいんだよ? それとも、ぺったんこな胸じゃやだ?」
「その体型で胸だけ大きくても、違和感あると思うけどね……」
幼児体型を見つめながら、しみじみとつぶやく参真。絵を描いているだけに、バランスの大切さを良く知っての発言だったが、こいしは拗ねたように頬を膨らませる。
「あ! ひっどーい! レディにそういうこと言っちゃだめだよ?」
「自分から言って来たんでしょうが……なんだかんだで、さとりさ……さとり姉さんと似てるなぁ……」
「……えへへ♪」
「褒めてない!! 褒めてないよ!?」
いつの間にか会話のペースを掴まれている。こういうところも、さとりとこいしはそっくりだ。なんだかんだで、いい姉妹だと思う。
「あ、そう言えばさっぶー! さっぶーもお兄さんたちがいたんだよね? どんな人だったの!?」
自身の兄弟について聞かれ――話してもいいか、迷う。
「ん? どしたの?」
「あ~……ちょっと嫌な話になるけど、いい?」
「え? ……何かあったの?」
そっと、先ほどとは口調少しだけ変えて、参真に問う。それを「話してもいい」と受け取った参真は……『もう一つの幻想入りした理由』を話すことにした。
「五年前にね……一番上の兄さんが――自殺しちゃった」
「!?」
発せられた単語の意味を理解し、息をのむこいし。
青年はさらに続ける。
「本当はね……僕が自殺するつもりだったんだ。でも、よくわかんないけど真也兄さんが部屋に入ってきて……僕の絵を見て……真也兄さんは狂ってたけど、何故かあの時は兄さんの言ってることが理解出来たんだよね……そうして話してたら――最後に兄さんが、こう言ったんだ。
『お前は憾んでいることを表現できる、私にはその権利すら与えられていない……いや、お前にとっては、それすら材料でしかないんのか。まぁ、視点が近くなっているようだし、この時だけはお前の兄でいれそうだな。
では参真、最初で最後の、兄の助言をしてやろう。世界がお前を拒むなら、世界がお前を殺そうとするのなら――そんな世界、捨ててしまえ』って」
こいしは何も言わない、何も言えない。彼の紡ぐ兄の記憶を、ただ静かに聞いていた。
「そんなこと……って僕は言い返したんだけどね……結局言いくるめられて、ネットで調べてたら、山にある放置された小屋を見つけて、そこに住むことにしたんだ……その翌日に……家のマンションの上から、飛び降りて死んじゃった」
「それで人は……死ねるんだ?」
「ん……そうだね……直接死体を見たから……間違いないよ」
自分で言って……その時の記憶がフラッシュバックする。
……ただ、今でもぼんやりとしか思い出せない。太陽を見た時のように、瞳に焼き付いているのに……黒く塗りつぶされていて……なのに、当時味わった喪失感だけは蘇って――
「さっぶー! しっかり!! もう無理しなくていいよ!!」
「あ……」
いつの間にか深く追憶してしまっていたらしい。彼女を心配させてしまったようだ。
「ご、ごめん。お姉ちゃん」
「ううん。私こそごめんね……顔色、良くないよ? 今日はもう帰ろう?」
そっと手を引いて、疲れきった様子の参真を家に返そうとする。けれども、ぐったりとしている彼は、自分でバランスをとることも辛そうだった。
「……しょうがないなぁ」
よいしょ、と小さな身体を上手く動かし、自身よりはるかに大きい弟を背負う。
「こい……し…」
久々の呼び捨て。けれども、消え入りそうなその声は、何かを伝えようと、必死に絞り出されたもの。今度は無視せずに、小さく「なぁに?」とだけ、姉は答えた。
「兄弟は……姉妹は……大事にしないとだめだよ……亡くしたあとに気がついても……遅いんだからね……」
「……うん」
そっと、彼の手を握る。それで安心したのか、そのまま参真はうな垂れて眠ってしまった。
「おやすみ……それと……ありがと」
彼の心が読めなくなってしまったのが、ほんの少しだけ、惜しい。
きっと綺麗な色をしていたんだろうな……と思ったからなのか、こいしの唇は、彼に聞こえないように、小さく独り言をこぼしていた。
普段より多めに投稿、さらに三日と、ここ最近では早め更新! これが……クリスマスの力……!!
と、冗談はさておき、今回は非常に重要な回。参真のもう一つのトラウマと、彼が幻想郷に来るまでの最後の空白、「なぜ自殺せず小屋暮らしを選んだのか」が明かされるお話。本人が思っている以上に深い傷になってたせいで、そのあとダウンしてしまいました。