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五十一話 彼が幻想になった理由Ⅲ

 投票タイム終了だよ~

 

 そして――

(どうして……どうしてこんなことに……)


 カーテンが締め切られ、明かりもつけていない部屋の中央で、青年は黙々と絵を描き続けていた。

 彼本人の表情も、描かれている絵も酷く暗い。心身ともに疲れきっているのが、はっきりと理解できた。


(……少々飛ばしすぎたようですね。巻き戻しましょう)


 今までがあまりにも平凡な日々――何の変化のない日々だったものだから、数年ほど飛ばして彼の過去を見たのである。その結果、過程がわからないまま、事態が進行してしまっていた。

 二か月ほど前まで遡り、その原因を突き止める。

 訳のわからない単語が多数出てきて、参真もあまり理解できていなかったので、さとりとしても、状況把握に手間取ったが……大雑把に言うと、向こうの世界のルールに反したのが引き金になっていたようだ。


 なんでも、向こうの世界では「肖像権」というものがあるらしい。極端な言い方をすると、「勝手に人や、人の持ち物を描いたり、写真に撮ったり、加工してはいけない」というルールだ。

 と言っても、本来はそんなに厳しいルールではなく、悪質な利用でなければ、基本的にには容認されていたらしい。ただ……それも決して完全なものにはなり得ない。いつの時代にも法を悪用し、詐欺を働く者がいるのだから。

 そして、参真はその犠牲になった。

 詐欺に遭ったのではない。が、内容はそれに酷似していた。


 ……参真は、絵を描く時に持ち主に特に許可は取っていなかったらしい。ほとんどの絵師は、元々許可など取っていないことが多いが……早い話が、「屁理屈」で追い落とされたようだ。

 本来なら簡単に振り払えるはずのそれは、彼の特性故、どうにもならなかった。

彼は――幼いころから、「絵を描くこと」のみに集中していた故に、社交性も、世渡りしていく器用さもない。ただの戯言で済むはずの狂言は、絵の世界からあっさりと彼を追い落とした。


 だけど、誰も表立って彼を支援するものもいなかった。

 なぜなら……彼を誰もが羨み、尊敬し――同時に妬んでいたからである。

 ……よく考えてみよう。参真は若干十二歳にて、絵の世界に君臨した。三年間脚光を浴び続け、彼は既に成功を手にした様なものだ。同年代からしてみれば、羨ましいことこの上ない。

 年上の絵師たちにとっても、参真は疎ましい存在だった。自分たちより若く、将来性があり、それでいて才能は自分たちより格上……嫉妬される材料は、十二分に揃っていた。


 ……最悪なのは、参真は外部からの悪意に対して――というより「外の世界」に対して興味をさほど持っていなかったことだ。彼は、「被写体となり得るモノ」にしか見ていなかったのである。予期せぬ角度からの攻撃は――彼に致命的な傷をつけることとなった。


 この出来事に対し、彼が抱いた感情は「なぜ?」だった。

 彼にしてみれば、ただ絵を描いていただけであり、批判される理由がわからない。教師の勧めでコンテストに出場し、注目を浴びても、「絵を職にできるならいいか」ぐらいの認識だった。

マスコミや、周りの人間の批判にさらされて、ここにきてようやく、彼は自分を褒めてくる人間の一部が「何故不自然に見えたのか」理由を知ることとなる。


 あれは――笑顔の裏で、彼を妬んでいた者達だったことを理解した。

 次に、心に湧きあがるのは、自らの行為を邪魔され、理不尽に絵の世界から追い出された怒りと……人間に対する強い不信と、恐怖だった。

 絵の事のみに集中していたために――彼自身はマイナスの感情を抱いたことがほとんどない。

そのまま十五歳までに成長してしまったがために、彼自身が負の感情を上手く理解し、処理することができなくなってしまい……次第に、自分がバラバラになっていくような感覚に襲われるようになった。


 自分の味方が、誰一人いなくなる様な感覚。他者に対する強烈な嫌悪感と、「理解し難いモノが、群れをなして自分の周りで生活している」という恐怖。まるで精神を鈍器で砕かれていくような……そんな日々。

 唯一、彼の精神を繋ぎ止めるのは、やはり「絵」しかなかった。生まれてからずっと、彼と共にいたソレを、手放すことなど出来なかった。

 しかし……いくら描いても、暗欝とした気持ちは晴れない。描いている最中だけは、精神を安定させることができるのだが、描き終わった後の感想は、「どうせ批判される」といった類の感情が渦巻き、描く度に心が荒れていった。

 頼りになるはずの兄弟は……長男は引き籠りがちで、次男は二年前に、海外へ勉強に出ていってしまっていた。


 負の螺旋は積み上がり、精神に毒が溜まりきる。

 そして彼は、自分を殺そうと――


(っつ!!)


 ……もう見ていられない。さとりは過去から目を逸らす。彼のことはもう、だいたい理解できたから……否、荒みきった彼の精神が、あまりにも痛ましすぎた。


(自殺、しようとしていたんですか……それで彼は、こちら側に――)


 直接彼の心を見てしまった彼女は、現実にいる参真からも視線を外す。

 予想以上に悲惨な過去に、迂闊に踏み込んだ自分を恥じながら……


 参真の過去は、彼が「絵を描くこと」に特化しすぎたために引き起こされたことです。もう少し周りの人間に気を使っていれば、回避できたかもですね……

 

 ちなみに、命蓮寺の気絶時(番外編)の伏線回収でもあります。

 あそこでは、「描いても批判される」と表現していますが、あれは疑心暗鬼を膨らませた彼の妄想で、実際は未発表の作品を指しています。


 それと、聡い人ならわかっていると思いますが……さとりが微妙に事態を誤認しています。五年間の山籠り生活も、トラウマになるようなことが無い+彼が自殺を思いついたのを見た+もう彼を見てられないで、完全にパス。


「理解できない群れが近くにいる恐怖」だと、妖怪もそうじゃね? となりそうですが、

 良くも悪くも自分に忠実なこちら側の住人の性格のおかげで大丈夫だった

 五年の歳月が僅かだが恐怖を和らげた

 妖怪は基本単独行動

 絵をほめる動作に不自然な個所が無かった

 なのでセーフでした。



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