四十六・五話 残されたモノたち
少しだけ時間をさかのぼります。
「な、なんで……どうしてこんなことをするの!?」
青年のそばにいた妖怪が、虚空に向かって叫んだ。まぁ、目の前で堂々とスキマを使ったのだ。気づかれても同然か……ぬぅ、と空間を裂いて、八雲紫は現界する。
「あら、わかりましたの?」
「っつ!」
背後から驚かすように出現し、同時にオッドアイの少女が竦む。
しかし、向けられた視線に恐怖の色はなく、むしろ――鋭かった。
「……ふざけないでよ! ご主人さまをどこにやったの!?」
「地底ですわ♪」
激昂し、叫ぶ姿は、紫の知っている彼女ではない。やれやれと首を振りながら、あっさりと紫は答えた。
「地底……!?」
「そう、地底。この前の異変もあって、貴方もどういう場所かは知っているでしょう?」
彼女に言っていいかと、ほんの数秒迷ったが、場所が場所だけに問題ないと判断した。仮に地底へと突入したとしても、彼女の実力では、地下の鬼どもに勝てはしないだろう。
「なんでそんなところにご主人さまを!? どうせなら私も一緒に……!!」
「それでは意味がないのよ」
「どうしてよ!?」
……どうやら彼は、一緒に連れている人物にもボロを出していなかったようだ。この幻想郷で一番近くにいた相手にも、本音は語っていないらしい。
「ふふふ……人間という生き物はね、追い込まれた時こそ、その本性を見せるものなのよ。妖怪だらけの地底で、単独行動している人間がいたらまず間違いなく、何らかのトラブルには巻き込まれるでしょうね」
彼が「幻想郷に危害を加えようとする人間」だとしたら、自分の力を勘違いした大馬鹿者か、綿密に計画を練った実力者のどちらかだ。
前者なら鬼に倒されて終わりだし、後者なら本気を出して鬼たちを撃退するだろう。そして、騒ぎが大きくなってきたら、『地底の主』が黙っているはずもない。あとは彼女に心を読ませて、彼の計画をオープンにしてしまえばいい。
「そんな! そんなことしたらご主人様が……!!」
顔色を彼女の片目と同じ色――顔を青くしながら小傘が叫ぶも――紫は至って冷静なままだ。彼女は心を許したかもしれないが、紫としては敵の可能性もある。
「あら……この幻想郷では、人が妖怪に襲われて死ぬなんて当たり前ですわ」
紫がスキマ送りを実行できたのは、幻想郷という環境のおかげでもある。仮に彼が、偶然迷い込んだ人間だとしても、その人間が死ぬことは珍しいことではない。
故に……その言葉が小傘にとって、どれだけ残酷かも推し量らずに、続ける。
「そもそも、貴方も人間に捨てられた身……彼に執着する必要なんてないわ。代わりの人間なんて、いくらでもいる――」
びゅん! と、言葉を遮るように弾幕が発射され、紫の頬に一筋の傷を作った。
「返して……! 私のご主人さまを返して!!」
顔を真っ赤にして――もう片方の目と同じぐらい顔を赤くして――彼女は叫ぶ。
真正面で小傘を見ていたのに、その動作は全く判らなかった。だが、もう油断はしない。
「唐傘妖怪風情が……私に勝てると思っているの?」
妖力を高め、スキマを周辺に展開する。紫としては、小傘に手加減をする義理はない。余計な時間を裂きたくない紫は、一気に弾幕を放った……
参真がさらわれた直後です。
主にゆかりんの思惑を語るところですな。厄介事だけれど、サトリの能力があれば一発で解決できますからね。
本編にもあるように、サトリと接触する前に死ぬようなことがあっても、紫としては「ご愁傷さま」ぐらいにしか思ってません。それで悩みの種がなくなるなら良いものといったところですかね……おお、こわいこわい。