四十六話 沈む意識と――
今回はちょっと長いよー!!
身体が、意識が、沈んでいく。
鼓動だけが静かに響き、彼の目に映るのは暗い世界。
万事休すとはこのことか、全身に力が入らず、意識もはっきりしない。
(残念……だなぁ……)
生命の危機に瀕しながら、青年には死への恐怖はあまりなかった。なぜなら自分は――それよりも、もっと恐ろしいものを知っている。あくまで参真にとっての恐怖ではあるが……「アレ」は死ぬことよりも、数段恐ろしいモノだった。
だからこそ、その恐怖から逃れるために、彼は「世界」を捨てた。余人の目に晒されず、自分自身の絵を表現できる場所へと行くために。
そうして暮らしているうちに、彼は幻想郷に辿り着いた。久しぶりの他人との接触だったが……しかし、相手は人間ではなかった。
けれども……そのことに対して恐怖は感じなかった。むしろ――青年の心に湧いたのは安堵と興奮であった。
未知のモノを描けるという歓喜、相手が人間でないという安心感。自由気ままに絵を描けて、それを誰も咎めない世界。彼は、この世界で間違いなく「幸せ」だった――
せっかくの幸運が、このような形で終わってしまうのが、惜しい。
ただそれだけ。彼が思うのはたったのそれだけであった。
(せめて力が使えれば、ここから出ようとも思うけど……)
彼の力の性質上、竹林での戦いで多少の疲労はあるものの、まだ霊力は残っていたが……肝心の呼びかける自然がいないのでは話にならない。力を使えないまま水面に出ても、待ち構えている鬼たちに捕まるだけだろう。生きたまま食われたりするぐらいなら、溺死の方がまだマシだ。
(……)
本当に、それでいいのだろうか。
心音が、淡々と訴えてくる。
まだ、死ぬのには早いのではないだろうか。何か打つ手はあるのではないか?
しかし、冷静に考えている余裕はない。ほとんどやけくそで、参真は自然と交信するために霊力を放つ。
持てる限りの全力で放たれたそれは、水中全体に響き渡っていく。
もっと「外」に向けて交信するつもりだった参真は、思わぬ事態に困惑したが……予想より近い場所から「返信」が来た。
それは、水そのもの、この川からの返信。
ああ、そうかと、参真は納得した。
この川は、用水路としての川だと、人工的に整備された川だと、参真は思っていた。
それは事実だと、川は答える。けれども、そうではないのだと――
いくら整備されようと、どれだけ外から手を加えられても……川の源流は、「自然」そのものであると――
今までとは違う質の力が、参真の中へと流れ込む。
浮力が高まり、あっという間に水中から水上へ。
――不思議だった。目の前には、先ほどまでの鬼がいるのに、全く焦りを感じない。肺に空気をたっぷりと吸い込み、大きく深呼吸をする余裕まであった。
力を得たのもあるが、それだけではない。一度死にかけたからか――妙に視界が冴えていた。
「……!? …? ……!!」
「…!! ……!! …………!!!!」
その代償なのかはわからないが、鬼たちの言葉が聞き取れない。聞こえはするし、知っている言語であったはずなのだが――意味がわからなかった。
「……? ……!! !? ……!!」
自身も言葉を発するが、鬼たちと同じような感じになってしまう。これは一体――
「……!!」
思案する間もなく、鬼たちが襲いかかってくる。
だが――全く焦りを感じない。そして、そんな自分に対して、戸惑いすら感じられない。これではまるで、亡霊にでもなったかのようだ――
鬼の剛腕が、参真を捉えようと迫りくるが、参真は目を逸らさない。澄んだ視界は、鬼たちの力の流れを認識させ――受け流すことを用意にさせた。
体制を崩した相手に、流れるように弾幕を撃ち込む。水気を纏った弾幕は、鬼たちの身体に打撃を与えた。
「!?……!!!!!」
激昂した鬼が、弾幕を放つも――参真には当たらない。
「川」と同調しているからか、自身の能力が強化されているらしい。『自然か不自然か』だけではなく、相手の『流れ』まで認識できるようになっていた。故に――弾幕の軌道が、その流れがハッキリと理解できた。
弾幕を放ったとは別の鬼が、もう一度殴りかがるも――今の参真には、力の流れさえ読めた。
「……纏『水の羽衣』」
唇が勝手に動き、スペルカードが発動した。
途端、水の薄い膜が全身を覆い、身体を保護していくが……このスペルカードは自身も全く知らないし、作った覚えもないスペルものである。
けれども間違いなく、これは自分の声だった。
「……」
それに対する動揺もなく、ただ淡々と鬼を見据える。
「!?!? ……!!!」
スペルカード宣言を見たからだろうか? 鬼は一層激しい弾幕による攻撃を加えてくるも――参真は弾幕を避けない。なぜなら――このスペルカードは、弾幕を避けては効果を発揮しないからだ。
着弾と同時に水の膜が弾け、飛沫が弾幕となって飛んでいく。
「!!!!!」
「!?……!?!?」
何の予備動作もなく放たれた反撃に、流石の鬼たちも回避出来ず吹き飛ばされる。
トン、と水面を蹴り、参真は追撃。平然と接近してきた彼に、鬼たちは弾幕を放つも――“再生していた水の膜“に阻まれた。
「「!?」」
追撃の弾幕と、撃ち返しの弾幕に同時に襲われ、たまらず鬼たちは吹き飛ばされ――
「うおおおおわああああぁぁぁ!!」
「きゅ、急につよくなったああぁぁぁぁ!?」
悲鳴と共に、二人の鬼は倒れ――同時に、感覚が元へ戻る。
「はぁ……はぁ……なん…だった…んだ…ろう……今……の」
何が起こっていたのかは、自分自身にもわからない。
それを思考する余裕も、青年には残されてはいなかった。
「……あ……」
チャポン、と。両足が水面に飲み込まれる。とっくの昔に身体は限界だったらしく、にもかかわらず派手に動いたせいで、感覚がほとんどなかった。
くらり、ぐらりと視界が揺らぎ、それを最後に、彼の意識は途切れた。
主人公覚醒回。やっぱりピンチからの逆転は、主人公のみに与えられた特権ですよね!!
スペル解説
纏「水の羽衣」
薄い水の膜を、防壁として張るスペルカード。
攻撃を受けると膜が弾け、自動的に打ち返し弾を発射する。
スペルカード発動中は、少し間を空けるとバリアが復活するといういやらしさ。
ただ、種さえ分かれば簡単で、攻撃しなければ打ち返し弾が発生しないので、回避に専念するだけでグッと楽になる。
鬼の人たちとは相性悪そう。勝負事してるのに、一旦引いて相手の時間切れ待つとかしてたら「姑息」と考えそうですし……