四十話 もう一人の賢者
ちょっとわかりずらい回かもしれないですね。あとがきでの解説ありです。
今回は視点ががらりと変わります。
八雲紫。
幻想郷の管理者にして、齢千年を超える妖怪の賢者。
普段は胡散臭い笑みと、身振り羽振りで、他人を煙に巻き本心がつかめない彼女が……
「どうしたの? いつもの余裕はどうしたのかしら?」
これ以上ないくらいに真剣な表情だった。こんな彼女は見たことがない。
「今回はそんな時間がないの。この男に見覚えはないかしら? 守矢神社の神々に聞いたら、ここに向かったと聞いたのだけれど」
そうして差し出された『文々。新聞』には……今日、入れ替わりの治療に来た青年の顔がある。特に隠す必要もないので、永琳は素直に答えた。
「そうね、今日診療に来て、妖怪と精神が入れ替わっていたから治療したわ」
「ふぅん……彼、おかしな所はなかったかしら? 能力的、精神的、肉体的……なんでもいいわ」
まるで尋問のような問いかけだが、永琳には心当たりがない。彼の印象も好青年といったところで、紫が焦る様な要素などなさそうだが……
「特に異常はないわね。強いて言うなら……姫様と弾幕ゴッコをして、生きていることぐらいかしら?」
「そう……それはそれは……『異常』なことで」
「……訳がわからないわ。いい加減説明してくれる?」
こちらの返答とは正反対な結論に、じれったくなってくきた永琳は、単刀直入に聞いた。このまま話していても、埒があかない。紫は口元を扇子で隠して、囁く。
「気がついていないのね……いえ、私が三週間ほど気がつかなかったもの。貴方の立場からでは、無理もないわ。
あいつは幻想郷に対して、何らかの敵意があるかもしれないのよ。この新聞記事が、その可能性を示している。ちなみに私は、彼の幻想入りに関わっていないし、結界にも不備はなかったわよ」
あまりに突拍子もない発言に、永琳は紫の正気を疑いながらも、少し古くなった新聞記事を手に取った。読み進めるが……特に異常らしきものは見当たらない。
「……あなたは何を言っているの? 外来人など、最近ではさして珍しくも――」
待て。
『特に異常が見つからない』?
彼は、紫の干渉なしに、この世界に辿りついた。結界に不備はなく、紫自身のきまぐれで連れてこられたわけでもない。
ならば――異常が見つからないこと自体が、異常だ。
ここは幻想郷。忘れ去られたモノたちが、最後に辿りつく楽園。
そう、紫の干渉や、結界の不備もなくこの世界に入り込むということは――「彼」という人間が、外の世界で忘れ去られたか、誰かの意図によって、送り込まれたということだ。
「その様子だと、理解できたようね。これで話が進めやすくなるわ」
「待って……そんな……そんなことが……!!」
だが、一人の生きた人間が、『忘れ去られる』ということは、そう簡単にはあり得ない。故に幻想入りする人間は、自殺志願者や社会に不要とされた人間に限定される。
ならば――彼があんな風に笑ったり、他人と関係を持とうとするのはおかしい。もし普通に、幻想入りしてきた人間がいるならば――他人に不要とされ、こちら側に来たのなら――性格が曲がっていないはずがないのだ。
「……彼が幻想入りしてきたのは、誰かの意図ってことかしら? でもそれなら、あなたが気がつくはずよね?」
「一番の疑問はそこなのよ。彼は至って自然に、こちら側へと幻想入りしてきた。変な空間干渉や、あいつ自身の霊力が強ければ、私と藍が察知できるはず。
となると……本当に幻想入りしてきたことになるわ」
彼女の言いたいことは分かった。つまり「幻想郷に仇名す者」にしても、「普通に幻想入り」したにしろ、彼には不自然な点ができてしまう。
だから、彼を調べるために、紫はここまで出向いてきたのだろう。しかし……
「確かに彼は、他の外来人に比べて異常でしょう。けど、悪意があるかの確信は持てないわよ? 下手に処分すれば、『幻想卿は何もかもを受け入れる』というルールを、敷いたもの自ら破ってしまうことになる……どうするの?」
今幻想郷は、なんとか各勢力でバランスをとっている状態だ。
その状態で、『管理者自ら律を破った』となれば、一気に内部崩壊しかねない。それは、紫の望むところではないはずだが……彼女は薄く笑って、
「それに関しては、一つ妙案がありますの。私が知りたいのは……彼の行方よ」
ぱちり、と扇子を閉じる。永琳に話して気が落ち着いたのか、彼女は普段の胡散臭いスキマ妖怪へと戻っていた。
「彼なら庭先で、姫様と一緒にいるはずだわ。ただ、姫様が彼を気にいっている節があるから、さらう際は気をつけて。アフターケアをするのは私ですから」
「はいはい……それじゃ、私は行くわ。お身体に気をつけて」
「私が病気になる訳ないでしょう?」
紫は、彼女なりの冗談を交えつつ、異空間へと身体を沈めた。ようやく終わったと、ため息をつくと同時に、手術室からチウチウと、やかましいモルモットの鳴き声が聞こえ始める。
「あら、ウドンゲ……気分はどうかしら?」
「チュー! チュチュチュウウウゥゥゥゥウウゥウゥウ!!」
「何を言っているかわからないわ。とりあえず、飼育ケースに入れてあげるわね」
「チュー!!!!??!?!?!?」
誰がどーみても明らかな悲鳴を無視し、永琳はウドンゲネズミの首根っこを押さえ、強引に飼育ケースの中に放り込んだ。閉じ込められた彼女は、何度も何度もガラスケースを叩くが、割れるはずもない。
「フフフ……たっぷりと実験してア・ゲ・ル♡」
「チュウウウウ!!!!!」
顔色の悪いネズミの入ったケースを、そっと手術室から持ち出す。
……『ネズミの精神の入ったウドンゲ』を、放置していたことに、彼女は気がつかないままだった。
今回のお話。主人公の異常性を改めて浮き彫りにした回です。
『普通に幻想入り出来る人間』が、普通である補償はどこにもないのです。
むしろ逆で、何度も幻想入りしてくる人間を見ている紫からすれば、『異常のない人間が入ってくることが異常』と捉えてしまうわけですね。
特にトラブルも起こさないし、人の良い性格だったものだから波風も立たず、おかげでゆかりんが気がつくのに三週間近くかかってしまった。ということです。
彼が幻想入りしてきたヒントとしては、紫に連れてこられた描写が全くないことと、わかりづらいですが、彼の小屋が幻想入りしたのも伏線です。
仕組みとしては、以下の通り
小屋が幻想入りしてくる→小屋は忘れ去られている→そこに住んでいる人物も知られていない公算が強い
といったところです。確信を持てる伏線ではないですが、裏付けにはなりえます。なお、主人公が覚えているじゃないか! と思うかもしれませんが、向こう側にいる人物に忘れ去られるのが条件ですので、小屋が幻想入りする前に、幻想郷へ入っている参真君の記憶はノーカンになります。
そして、第二回質問or解答タイムスタート!!