三話 外来人との朝
ミスティアの食事タイムはいりまーす
追記……ちょっと気に入らないところがあったので修正しました
「ん……ふあ~っ」
日が昇り始めて間もないころ、林の中で夜雀は目を覚ました。
あのあと二人は、別々の木に寄りかかって眠った。ミスティアも全力で歌った後だったし、参真も絵を描いた後なのと慣れない土地に来ているせいのか、疲れがどっと出ていたようで、特に何も話すこともなくあっさりと決まった気がする。
「あれ? 参真は?」
ところが、昨日彼が眠っていた場所には参真の姿はない。……やっぱり怖くなって逃げてしまったのだろうか? 思わずため息が一つ零れてしまう。よく考えればこうなることは予測できたのかもしれないが……
ミスティアがげんなりとうなだれた所に、不意にいい匂いが漂ってきた。ちょうどミスティアが昨日歌った切り株のあたりである。ゆっくりとそちらに視線を向けると……
「あ、おはようミスティア。もう少し蒸らしたら出来上がるから待っててね」
奇妙な道具をいくつも取り出して、何かをしている参真を見つけた。
「おはよう参真。何をしているの?」
「朝ごはん作ってる所だよ。飯ごうと缶詰ってこっちの世界にはないの?」
「初めて見たわ。こっちの世界って……あなたもしかして外来人!?」
「……言ってなかったっけ?」
あまりにも意外な事実に呆然としてしまう。纏っている雰囲気や、落ち着いている感じとこちらでも違和感のない服装のせいで、今の今まで気がつかなかった。昨日の夜彼が使っていた道具も、よくよく考えれば見慣れないものも多かった気がする。
「聞いてないわよ……スキマ送りにされたの?」
「スキマ?」
「こっちには、『境界を操る程度の能力』をもっている妖怪がいるの。で、その妖怪が気まぐれに幻想郷と現世の境界を操って、むこうの世界の人間が迷い込むことがけっこうあるの。その妖怪が人をこちらにさらう時に使うのがスキマと呼ばれる空間なのだけど……こっちに来る前に、金髪の胡散臭い女性に遭ったり、目玉だらけの空間を通ったりしなかった?」
彼は少し考える素振りのあと、首を振ってこう言った。
「両方とも初めて知ったよ。僕は、いつものように山歩きをしながら絵を描こうとしていて、いいポイントがないかと探していたら急に霧が出てきたんだ。それで、とりあえず霧を突っ切ってみたら、普段と違う場所に出てて……あの時は夢中で絵を描き始めたのだけれども、たぶんもうその時にはこっちに来ていたんだろうね。ほとんど場所を動いていなかったけど、鴉天狗の娘に話しかけられたし、間違いないと思う」
「え……?」
状況を整理しようと彼に質問したが、ミスティアはますます訳が分からなくなってしまった。てっきりスキマ妖怪のしわざでこちらに来たと思っていたのだが……色々とこの青年は、他の外来人とは違うらしい。
「ん、そろそろいいかなっと」
彼女がぼんやりしている間に、参真は慣れた手つきで鉄の塊を手に取って、くるりとひっくり返していた。ゆっくりと蓋を開けると、炊けたご飯がたっぷりと湯気を漂わせる。ひょいと一粒、参真が米粒をつまみしばし目を閉じて噛み締めて……
「良かった。これならミスティアにも出せる」
控え目な発言とは裏腹に、中に詰められた白米は瑞々しく輝いており、蒸気に含まれた仄かな甘い香りが、少女の鼻腔をくすぐる。思わず唾を飲み込むミスティアを前に、青年は近くに置いてあった、平べったい円柱状のモノからテキパキと中身を取り出していた。
「はい、ミスティア」
そっと彼女に、ご飯を乗っけた皿と、割り箸を差し出していた。よく見るとその皿も紙で出来ており、こちらの世界のものではない。ハッと我に返り、「ありがとう」と言ってそれを受け取った。皿の上には先ほどの白米と……これは何かの肉だろうか? 正体不明の何かが乗っけられていた。
「……これ鶏肉じゃないよね?」
恐る恐る、彼に尋ねる。共食いはごめんだ。
「あはは、大丈夫だよ。鯨肉だから。むこうの世界でもレアものだからよく味わってね」
「げいにく?」
「クジラを知らない……? 海で最大の大きさを持つ生き物なのに?」
「あ~幻想郷には海がないのよ」
言いながら、ミスティアは納得した。海の生き物なら見馴れなくて当然である。
「……本当に向こうの常識が通用しないね。こればっかりは、慣れるしかないか……」
「そうね、ちょっとづつ慣れていけばいいんじゃない? そんなことよりはやく食べましょ!」
彼を慰めつつ、ミスティアはせがむ。鶏肉系統でないのなら共食いではないし、何より滅多に食べれないものが目の前にあるのだ。早く食べてみたい。
「そうだね、じゃあ……」
「「いただきます!」」
木漏れ日の中、二人は朝食を取り始めた。もちろん、ミスティアが最初に口にするのは「げいにく」だ。タレにつけこまれたそれは肉厚で、見た目だけでも十分な歯ごたえが期待できそうだ。ひょいと一口塊を放り込むと、やや濃いめのタレが口に絡みつく。肉は固いものかと思いきや、存外に柔らかく、脂身の旨みをそのままに口の中で蕩けていく。そのまま鯨肉をがっつき、二つ、三つと頬張った。ついつい四つ目に箸を伸ばそうとして……やめた。タレの味が思ったより濃く、ちょっと白米で舌休めをすることにした。見馴れない道具で炊かれているのは少々不安だが、見た目は大丈夫そうである。
そっと口に運ぶと、さっぱりとした甘みがタレの味を一掃した。食感もふっくらとしており、派手さはないが……旨い。携帯用にもかかわらず、芯も残さずに焦げもないのは参真の腕前だろう。今度は、鯨肉をご飯の上に乗せ、一緒に口に入れてみることにした。やや濃いめのタレは、白米が上手く中和しておりほどよい辛さになっている。その中に先ほどの鯨肉の旨みが合わさり――
(お、おいしい!!)
声には出さず……というより、頬張っているせいで声には出せなかったが、ミスティアは感激していた。箸は進み、あっさりと白米と鯨肉を平らげてしまう。
「ふい~ごちそうさま~」
「早いね!? そんなにお腹すいてた?」
参真の方は、まだ半分ほど残っている。どうやら、美味しすぎてかなり早いペースで食べていたようだ。
「ううん。おいしかったからつい……でも、もう食べられないのよね」
ちらり、と参真に流し眼をする。妖怪だけあって、この手の誘惑はお手の物。あっさりと彼は……いや、彼の手元にあった鯨肉&ご飯は陥落した。
「しょうがないなぁ……残りはあげるよ」
「ありがと♪」
ひょいと、彼の手元から皿をとり、再びがっつき始めるミスティア。「すごい食欲……」と参真が呆然としていたが、そんなことは気にも留めない。今ここにしかない食べ物に全力を注いでいた。
やがて、ミスティアが食べ終わり、それを見計らって参真が手を合わせる。同じようにミスティアも手を合わせて、
「「ごちそうさまー!」」
今の食事への感謝。そして、食事の終りの言葉を、二人は言った。
そのあと参真が後片付けをし、しばしの食休みのあと――
出かける準備を終えた二人は、切り株の上に立っていた。ちなみに、参真も着替えたらしいが、見た目は全く同じ。青い色の作務衣である。
「じゃあ、みんなの所に行くね。手をしっかり握って!」
「え? それはいいけど……っておおおおおぉぉぉぉ!?!?」
ミスティアが空へと飛んでいく。つかまっていた参真は、予想外の出来事に混乱しているようだ。
「暴れないでね? 落ちたら痛いよ?」
「痛いですむのかなぁ? 空飛べるなんて聞いてないよ!?」
「こっちでは常識だから、慣れてね☆」
「……ハイ、ワカリマシタ……」
もう彼は、向こうの世界での非常識を受け入れたらしい。適応が早くていいことだと思いつつ、彼女たちは目的の場所、霧の湖へと向かっていった。
食事表現に力を入れてみました。
反省は……しているようなしていないようなだけど後悔はしていない