三十二話 治療と対価
「「……も、元に戻ったー!!」」
永遠亭到着から30分後、参真と小傘は、無事に元の身体に戻ることができていた。
諏訪子様の言うとおり、永琳はカカッと治療薬を作り上げた。症状や経緯を聞かれたのが10分ほどで、わずか20分で薬の調合が終了。そして、薬を飲んでみたら意識が遠くなり……気がつくと、元の身体に戻っていた。
「本当に助かりました……お代はいいんですか?」
「いらないわ。こんな面白い症例に出会えたもの。……それに、この薬をベースに新しい薬を作れるしね」
何故か、お付きのウサミミブレザー少女……ウドンゲと呼ばれていた少女に熱い視線を送る永琳。……どことなく、神奈子と同じ空気を感じたのは気のせいだろうか?
「ま、また私が被検体ですか!?」
「当たり前じゃない! 出来るのを楽しみにしていなさい?」
だいたいあっていたようだ。完全に永琳はいじる側で、ウドンゲがいじられる側(参真)らしい。似た境遇を味わったことのある参真としては、彼女に同情を禁じ得なかった。
「こ、こんなところに居ていられません!! 私はここから出ていきますよ!!」
言うや否や、高速で永遠亭を飛び出していく彼女。なぜか、参真は懐かしい感じがした。
(どこかで聞いたことあるセリフだなぁ……なんだっけ?)
ぼんやりとした記憶の中に、ウドンゲのようなセリフ回しをしていたキャラクターが居た気がする。しかし、まともな生活をしていたのは五年も前の話だ。はっきりと思い出せないということは、大したことではないのだろう。
「逃がさないわ……てゐ!!」
「了解ウサ!! 」
永琳が叫ぶと、天井裏から別のウサミミ少女が姿を見せたと思うと、あっという間に見えなくなった。きっとウドンゲを追跡しに行ったのだろう。参真個人としては、なんとかウドンゲに逃げきってもらいたい所であるが……
「ご、ご主人さまぁ……この人恐いよぅ……」
「永琳先生は恐いんだ……」
囁くような声で呟いた小傘は、そっと裾をつかみ、参真の後ろで怯えている。元の身体に戻っていて良かった。でないと、『大の男が少女の後ろに隠れて怯える』などという、なよっちい男丸出しの図面が出来上がっていただろうから。
「フフフ……帰ってきた時が楽しみだわぁ……そうそう、参真さん。お代のかわりと言ってはなんだけど、ちょっと姫様のお相手をしてもらってもいい?」
嗜虐的な笑みを浮かべる永琳は、その表情のまま参真に言う。……断れるわけもない。ここで下手な返答をしたら、ウドンゲ並みにひどい目に遭わされるかもしれないし、何よりタダで治療してもらったのだ。せめて何か、お礼の一つぐらいはしないと、参真の気も済まなかった。
「はい、いいですよ……って姫様!? 一体どこの国のお姫さまですか?」
「月から来た御方よ……現世では『かぐや姫』として伝わっていたはず」
「なんですって!? それは本当ですか!!??」
思いがけない人物の名に、参真は興奮を隠せない。確か『竹取物語』で出てきた人物で、都の貴族が、寄ってたかって求婚するほどの美人だったはずだ。
「あら? 知っているの? 随分な喜び様じゃない……あなたも求婚してみる?」
「そういうつもりではないのですが……ぜひ彼女の絵を描いてみたい……!! きっと素晴らしい方なのでしょう!?」
期待が膨らみっぱなしの参真に、永琳は少しばかり距離をとったあと、ばつが悪そうに答える。
「え、えぇと……過度な期待はしない方がいいと思うわ……」
「ご謙遜を! あの『かぐや姫』ですよ!? きっといい絵が描けるに決まってます!!部屋はどこです!? 今すぐにでも描き始めたい!!」
空想の中の人物を……しかも、絶世の美女の姿を描き写せるのだ。興奮しないほうがおかしい。すっかりヒートアップした思考のまま、怒涛の勢いで永琳に問い詰めた。
「そこの廊下の突き当たりよ……ってちょっと待って、いつの間に姫様の絵を描くことになってるの!? 私は遊び相手を……」
「絵師冥利に尽きるというもの……まさか、かぐや姫を描ける日が来るとは……!!」
彼女が指さした先に、参真は真っ先に駆けていく……二人の従者はその場に取り残され、呆然としていることしか出来なかった。
「な、なんなのあの人……」
「ご主人さまは絵のことになると、歯止めがきかないみたい……普段はやさしくて、話をよく聞いてくれるいい人なんだけどねー 私もご主人さまの所にいかなきゃ!!」
いそいそと小傘もその場を後にし、青年の背中を追いかける。……姫様の実態を見たら、あの二人はどう思うだろう? 姫様としては面白いことかもしれないが、何かトラブルが起こりそうな気がしなくもない。
(余計なこと……言っちゃったかしら……?)
このまま二人を帰しても良かったかもしれないが、今さら言ってもどうにもならない。上手く姫様と二人が仲良くしてくれることを祈りつつ、月の賢者はウドンゲ用の薬を調合し始めた……
次回はてるよがでるよ
……ゴメン。言ってみたかったんだ……
参真クンは、良い被写体や気に入った光景を見つけると暴走します。(第五話参照)周りが見えなくなり、熱中してしまうってやつです。そして、絵が描けるまで治りません。良いんだか悪いんだか……