二十九・五話 神々の憂い
データが消えたー!? 現在復旧作業中! 六割ほど修復しましたが、まだ回復しきってません。それでも、なんとか次話へとつなげることができました。更新遅れて申し訳ありません!
綺麗な満月が、宙にぽっかりと浮かんでいた。
守矢神社の縁側で、神奈子と諏訪子がそれを眺める。二人の手には杯があり、手持ちのツマミと月を肴にしながら、ちびちび飲んでいた。
「いや~今日は大変だったよ……終わってみれば早いもんだけどさ。ま、問題を余所に押し付けただけなんだけどね~」
「……面目ない。しかし諏訪子、お前は参真たちを見ても何も感じなかったのか? 私はもう、ツボに入ってしまったが……」
未だに神奈子は軍神に戻りきれていなかったが、それでも一番酷い状態から脱却していた。本気でおしおきしたかいが、あったというものである。
「別に何もなかったよ? だって中身が妖怪じゃない」
「……どうやら、この事では相容れないようだな」
「相容れなくて結構だよ……」
かなり疲れた様子で、諏訪子が応じる。今日だけでも色々あり過ぎた。
唐突な訪問、青年の訓練に、入れ替わり現象、神奈子と早苗の暴走……さすがの神も、一日にこれだけのことがあれば、ぐったりもする。
「そうか……残念だ。ところで、参真の力の正体は一体何だったんだ? 色々あって聞きそびれていた」
「ああ、そうだっけ? 気になってたんだ……んじゃ話すよ。隠すことでもないし」
ほろ酔いになりながら、スラスラと語る諏訪子。それを聞いている神奈子は……徐々に険しい顔つきへと変わっていった。
「……ってな訳で、彼は周辺の自然の力を使えるみたい。いや~若いのに大したもんだよ。あれならその内、仙人になれるかもしれないね。若い仙人って見たことないけど……」
「諏訪子、気が付いていないのか? その話が本当なら、参真は……」
彼は、五年間山籠りしていた。
外の世界の関わりを絶って。誰とも出会いもせずに、出会いを求めずに。
それは即ち……『今まで生きていた家族や友人、現代社会との関わりをすべて絶ち切ってきた』
その上、『元いた場所に帰りたいとも思わず、山の中で絵を描き続けることに満足していた』ということになる。新聞には、推定二十歳と書かれていたから、記事を信じるなら、彼が家を出たのは十五歳の時になる……決断するには、あまりにも早過ぎる歳だ。
「……いや、ちゃんと気づいているよ? 確かに彼は普通じゃない。でも、自然ってやつは、私たちみたいに意思の強い存在に比べて、悪意や敵意、欲望って奴に敏感だからね。少なくても、参真くんが悪い人間でないのは確かだよ」
神奈子の言いたいことを、半分ほどは理解してくれていたらしい。けれども……肝心の部分が欠けている。
「それがおかしいと言っているんだ……諏訪子、さっき仙人がどうこう言っていたが、どうして人間から仙人になった者が、軒並み老人なのかは知ってるか?」
「急に何を……それだけ修行しなきゃ、仙人になれないってことじゃないの? 参真くんは既に、かなり徳を積んだ人間じゃなきゃ出来ないことをやってるから、もう一押しじゃないかな? 適当に善行でも行えば……」
「違うんだ、諏訪子。どれだけ修行して、善行を行うかではないんだ」
ただただ渋い顔のまま……神奈子が淡々と事実を告げる。
「『仙人になろう』とすることは、『仙人になりたい』という欲求のもと行われる行為だ。だがそれ故に、修行しているだけでは仙人になれない。『仙人になりたい』という欲があるからな。煩悩を……欲を断ち切らねば、人間は仙人にはなり得ない。
そして若者というのは、往々にしてチャレンジ精神というのかな……何らかの強い欲を持っていて……いや、こう言うと悪く聞こえるな。若者ってやつは、野心を持ってこそ若者らしく思えないかい?」
軍神に問われ、諏訪子が考え込み……そして、ハッとする。ようやく神奈子が言いたいことが、彼女にも理解できたのだ。
「ちょっと待って神奈子! じゃあ若い仙人がいないのは……」
「そうだよ諏訪子。若者の仙人がいないのは、そいつらが欲にまみれてて当然だからなのさ。老人のように、自らの役目を終えたと悟り、煩悩が枯れ果てて……その上で俗世を離れていて、徳を積んでいてこそ仙人になれる。
若いうちに欲がないなんて生き方は……仙人の一歩手前まで来れるような生き方は、決していいことなんかじゃない。はっきり言って……参真はとんでもない異常者だよ」
「……っつ!?」
驚愕することしか、出来なかった。
あんなに人のいい青年が、
まるで欲のない、あの無邪気な青年が……異常者などと、信じられなかった。いや、信じたくなかった。
けれども、それを否定する要素は何もない。むしろ、参真を異常と捉えることのできる事柄の方が多いだろう。
「なんでそんな生き方を選んだんだろうね。参真は……」
ようやく諏訪子が捻り出せたのは、否定でも肯定でもなく、疑問。
どうして彼が、という疑問。
「わからないね。参真の親や兄弟は、もっとわからないだろうさ。きっと参真も、それを話してはくれないだろう。あの様子だと、自分自身がおかしいことに、気がついてなんかいないだろうし」
「……私たちでも、救えない?」
しばしの沈黙の後、苦々しく神奈子が頷く。
どうしようもないと。それが彼という存在なのだと。
「治す方法もないし、治していいものかもわからない。参真は、歪な生き方でもしなければ、生きていけなかったのかもしれない。誰も参真の異常性を理解できずに、こうなったのかもしれない。いずれにせよ、あたしらが下手に干渉できる事柄じゃないさ……だから、そんなに落ち込むんじゃないよ」
まるで子供をあやす様に、金色の髪を優しく撫でる。ここから先は彼が決めることなのだろうと、神奈子の目が言っていた。
「あーうー なんだかんだで、神奈子には敵わないや」
気がつけばすっかり元通りになった神奈子に、安心して身体を預ける。
心地よい夜風と、神奈子の温もりを感じながら――そっと諏訪子は目を閉じて、まどろみの中へと、意識を委ねた。
ようやく、この話へと持ってくることが出来た……
冷静になって過去の文章を見てみると、参真クンは普通の人間にしては所々おかしな言動や、昔の話があります。気になった方は読み直してみてくださいね。
あと、この話の直後に、ちょっとした更新を入れる予定ですが、注意書きのようなものです。でも後半の方は、今まで読んで下さった方にも見てもらいたい部分がありますので、一応目を通して頂ければ幸いであります。