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二話 夜雀との遭遇

今回でやっと、主人公の名前が出ます。

 その日の夜、人里から少し離れた雑木林では……


「~~♪~♪♪~~~♪~」


 ひどく美しく、それでいて妖しく――まるで人を惑わすような――そんな歌声が、辺りに響いていた。

 夜は妖怪が活発に動き、人里の人間はうかつに外に出ないようにと言い聞かされ、ましてや歌声や気配を感じたら、すぐに逃げるようにするのが基本中の基本だ。そうでもしないと、よほどの実力者でもない限り命がいくつあっても足りない。

 だが、今宵は……歌声の主へと向かっていく人影があった。

 宵闇の中心にいる歌姫は、誰かが近づいてくる気配を察知し、内心ほくそ笑む。最近有名になってしまったせいか、全然人間が引っ掛からなくなってしまっていた。それだけに、久々の獲物を逃したくはない。


「――……」


 無事に自分の元へ、その男はやってきてくれていた。なかなかに若く、程よく肉のついた身体つきの持ち主である。彼女……「ミスティア・ローレライ」は、罠にかかった獲物をそう値踏みした。しかし、彼に襲いかかる前に、彼女にはやっておかなければならないことがある。


「♪~♪~~~♪~♪~~」


 それは、自分の歌を綺麗に終わらせておくことだ。人を襲うために歌っているとはいえ、途中で歌うことを中断して、襲いかかるということをしたくはない。自分でも少しおかしなことのようにも思えたが、彼女は自分の歌に自身を持っていた。それゆえの行動である。

 月明かりの下ミスティアは歌い、青年はその光景を眺める。やがて彼女が歌い終わると、控え目に拍手が聞こえてきた。


「……すごくいい声だね。あ、ごめん、つい誘われてきちゃって……迷惑だったかな?」


 落ち着いた声色だが、彼の頬は少しばかり赤い。高揚しているようだが、ミスティアに気を使っているのか、それを隠しているようだ。


「ううん。全然」


 彼女にとっては、歌で自分の元に迷いこませるのが目的なのだから迷惑なはずがない。

 彼は言葉を続ける。


「そっか……あの、よければアンコールしてもいいかな? 聞こえ始めたのが途中からだったからさ。ちゃんと始めから最後まで聞きたいんだ」

「あなた、ずいぶん物好きね~私みたいな妖怪の歌を聞きに来るなんて」


 表情を隠して、ちょっといじわるなことを言ってみる。本当はとても気分がいいが、そこで素直になれないのは妖怪の性だろう。

 ところが、彼の反応は少々意外なものだった。顎に手を添えて、考え込むような動作と共に、


「妖怪? 君は何を……? あ、ほんとだ、人間じゃない。あの天狗の子が言ってた『危ない』って、こういうことだったのか」


 などと口にする。


「気がついてなかったの?」


 彼女は静かに身構える。もしここで彼が逃げ出そうものなら全力で追わなければならない。


「うん。全くもって。まだ元の世界の感覚が抜けないなぁ……そんな警戒しないでよ。逃げたりしないからさ」

「それはなんで?」

「だって、君は妖怪なんだよね? それなら、ただの人間の僕が逃げれる訳がないよ。歌もきけなくなるし……あ、ついでに君の絵も描いていいかな?」

「別にいいけど……自分の言ってることわかってるの? 私の歌を聴いて、絵を描いたそのあとは、私に食べられてしまうのよ。死ぬのが怖くないの?」


 言っていることはわからなくもない。確かに普通の人間と妖怪となら、妖怪が勝つのが当たり前のことである。だからといって、自分が生きることを諦められるかとは別の話だ。彼が怯えて、逃げて、それをミスティアが追いかけ、彼を食べる。そういう展開になるだろうと思っていただけに、青年の言葉は信じがたいものだった。

 けれども彼は――


「恐いというより、ちょっと残念かな。もう絵を描けなくなってしまうからね。でも……死ぬ前に綺麗な歌を聴いて、その歌手の絵を描いた後食べられて死ぬ――うん。悪くない。あの時自殺していたかもしれないことを考えれば――ずいぶんマシな最後だよ」


 何か満たされているような……悲壮感など全く感じさせない声色で、その顔に微笑さえ浮かべて答えた。


(この人間……ちょっとすごいかも)


 素直に、ミスティアはそう思った。以前異変の際に戦った巫女や、白黒魔法使いもすごいと思っていたが、彼のそれは別の強さのように感じられる。少しばかり、食べてしまうのがもったいないような気もしたが、それよりも先に……


「わかったわ。ちゃんと聴いててね」


 まずは、歌を歌おう。彼のことはそれからだ――

 微かに湧いた気持ちを胸にしまい込み、近くの切り株へと降り立つ。今宵の、彼女だけのオンステージ。


「少し待って……よし、こっちも描く準備ができたよ」


 青年も手荷物のなかから、ミスティアを描きとるための道具と取り出して構える。あまり見慣れない道具だが、正直そんなことはどうでも良い。


「じゃあ、いくね――」


 すう、と息を吸い込む。緊張が、身体を包んでいく。

 誘い込むためだけの歌に、こうも身体は固くならない。

 友達に頼まれて歌う時も、ここまで緊張しない。

 彼の決意が、覚悟がそうさせるのか――こんな体験が、初めての彼女にはわからない。

 けれども……それでいいと

 たった一人の人間のために、全力で歌っていいと――


「♪~~♪~♪~~」


 けれども――


「~♪~~♪♪~♪」


 緊張で長く感じられる時間は――


「~~~♪~~♪~~~♪♪♪」


 気がつけばあっという間に過ぎ――


「♪~♪♪~~♪♪♪~~――……」


 最後の旋律が、終わっていた。


「……うん。やっぱりいいね。なんだかさっき聴いたよりも、ずっと良く聞こえたよ」


 普段歌うよりも圧倒的な疲労感と、それに比例した満足感が彼女を満たしていた。余韻を切らさないように、唯一の客が称賛を贈る。


「ありがとう。そっちは描けたの?」

「えっと……ごめん。ちょっと君の姿がうまく描けなくて、背景で逃げた。自画像でいいから、人の形をしたものを練習しておけばよかったかなぁ……」

「ふーん。どれどれ?」


 苦い顔をする青年に、ミスティアが近寄り絵を覗き込む。そして……


「――――――」


 彼女は、絶句した。

 そこに描かれているモノは、黒と白の世界。色彩を欠いた世界であった。墨で書かれたにしてはスマートな線だったが……重要なのはそこではない。

 月がそっとこの場を照らし、

 木の葉の帳が舞い踊り、

 その中心にいるミスティアは、妖しくも美しい――

 風の音色が、虫の吐息が、彼女の歌声が、絵を通して感じられる―― 息をすることを忘れ、思わず彼の絵を見入ってしまった。上手く描けてない。という意図の発言を彼はしていたが、どうしてこの絵に文句をつけることができるのかがわからない。


「はい、これあげる。最後の作品だから、大事にしてね」


 ぼんやりと眺めていると、青年はそっと絵を差し出してきた。だが、ミスティアにとっては、そのことは蚊帳の外である。これほどの才能のある人間が――妖怪ですら一瞬目を奪われるような絵をかける人間が、あっさりと死ぬのはちょっともったいない。


「? どうしたの? 大丈夫?」

「あ、その……あなたを食べるの、やめてあげてもいいよ。条件つきだけど」


 思わず口走ったが、肝心の条件は決めてない。食べてしまうのもどうかと思ったが、ただで帰してしまうのもいやだったのだ。


「それはどんな条件なの?」

「え、えぇと……!! 明日ね、私の友達と遊ぶ約束をしているのだけど、その時に友達の絵を描いてくれたら、あなたを食べないでいてあげる。ついでに、ほかの妖怪に食べられないように今日はあなたを守ってあげるわ。どう?」


 とっさに思いつきで、彼女は条件を提示する。


「え……そんなのでいいの? いや、僕としてはそれでありがたいことなんだけど」

「いいのいいの!!」


 半ば勢いで決まってしまった。青年は拍子抜けしたようすでこちらを見つめている。もっと難しいことを要求されると思っていたらしい。

 一段落したところで……ミスティアはあることに気がついた。


「ねぇ、あなた名前は? 私はミスティア・ローレライ。 みすちーでいいよ」


 それは、お互い自己紹介をしていなかったことである。最も、これは仕方ないことではあった。つい先ほどまで、喰うか喰われるかの関係だったのだから。


「あ、ごめん。すっかり忘れてた……僕は『西本(にしもと) (さぶ)(まさ)』 絵を描くことが好きで仕方のない人間だよ。よろしく」


 青年も名乗り、二人は握手をした。

 こうして――ミスティアと参真は出会い、奇妙な一夜を過ごしたのであった。


はいどうも! おつかれさまでした! 

この小説の方針ですが、前半は幻想郷住民の視点が主になります。

主人公の視点は、彼の情報がある程度でそろってからになります。

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