十四話 捨てられたモノ 拾うモノ
今回は全力で遊んでみました。
あれから、一週間が過ぎた。
しばらく休んだあと、聖たちの協力や再現を繰り返したものの、以前起こった現象の正体は謎のままだ。けれども、全くの無駄足だったかというと、そうでもない。
「ヒャア!! 人間ダアアァァアアアァアァァァアァアアァアァ!?」
勢いよく飛び出してきた妖怪を、彼は圧縮霊弾を撃ち込んで撃退する。こんなことは、あの力を使う前までは考えられなかったことだ。
どうやら自分は、地面に霊力を送ることで、周りにある霊力を集め、一時的に使えるようになるらしい。当然、周辺の環境に依存するスキルだが……条件さえそろえば、星と同等の出力を得ることも可能だという。
「ふう……だいぶ安定してきたかな……」
作務衣を纏った外来人 西本 参真は、弱い妖怪ならあっさりと撃退できるほどの霊力を使役できるようになっていた。先ほど放った圧縮霊弾も訓練の一環で、今彼は命蓮寺から少し離れた場所をうろついていた。妖怪退治の依頼がないかとも思ったが、命蓮寺の――正確には聖の方針で、いよいよどうしても、というもの以外の依頼はないらしい。そして、そこまで追い込まれるような妖怪を参真がどうこう出来るはずもなく……ようやく出た案が、「適当にフラついて、襲ってきた妖怪をひたすら撃退する」という、まるでRPGゲームのようなものだった。
「効率悪いかとも思ったけど……案外悪くないね、これ」
霊力的には格下とはいえ、やっていることは実戦だ。殴られれば痛いし、負ければ喰われる。より効率よく、より安定して相手を倒す方法を学ぶにはちょうど良い。これで飛べれば文句なしだったのだが……参真にはそれができない。
なぜならば、彼の霊力自体はほとんど増えていない。借りものの霊力も、地面に触れていなければ供給されないため、空を飛んだ瞬間、一気に霊力が枯渇してしまう。そのため、てくてく森を歩きながら、エンカウントした妖怪を叩き潰す、という作業を続けることしかできなかった。
「さて、そろそろ戻ろうかな……? うわ……」
彼が命蓮寺の方へ歩こうとした時、ポツリと肩に水滴が落ちた。気になって上を見上げると、大きな雨雲が空を覆い隠してしまっていて、今にも降ってきそうな気がする。とりあえずは、近くの大樹の下に身を寄せ、雨宿りすることにした。
直後、地面を穿つ水流の音が、周辺を包み込む。みるみる視界は悪くなり、森林は一層深みを増した。
(まいったな……傘なんて持ってないし……)
これではしばらく帰れそうにない。どうしたものかと思い悩んでいると……
ガタン
ちょうど参真の隣、木の陰の死角になっていた場所から物音が聞こえた。
「……? なんでこんなとこに?」
自分の願いが、天にでも通じたのだろうか? 音源に近づくと、唐傘がひとつ転がっていた。……よく見ると所どころ穴が空いてたり、試しに開いてみると骨が一部折れていたりとひどい有様だが――
「まぁいいや。ないよりいいし……それに傘ないと不便だし、あとで修理して使おうかな」
とりあえずオンボロ傘を拾い上げ、命蓮寺まで差していくことにしよう。持ち運ぶにはやや大きい気もしたが、古びた感じが気に入った。ついでに直して私物にしてしまおうと決めた彼は、唐突な雨にもめげず、上機嫌で帰って行った。
***
時は、雨が降り出す少し前に遡る。
「悪い人間は~いね~か~?」
そう呟きながら森を徘徊するのは、赤と青のオッドアイの少女。愉快な忘れ傘こと「多々良 小傘」。日々人間を驚かそうとしているのだが、ここ最近は上手くいった試しがない。そもそも妖怪がでる森の中では、人間との遭遇率も悪く――彼女は少々、相手に飢えていた。そんな時。
「ヒャア!! 人間ダアアァァアアアァアァァァアァアアァアァ!?」
どこかしらで悲鳴が上がり、ズドン!! と衝撃がこちらにも伝わってきた。霊力持ちの人間らしい。とりあえずは、気づかれないようにそっと近づいてみることにした。
さほど探すこともなく、妖怪を撃退した人物が姿を現す。青い作務衣の青年で、かなりおっとりした感じがした。幸い、気がつかれていないらしい。このままこっそり……とも思ったが、今までだと途中で気がつかれてしまい、驚かすことができていなかった。何か変化をつけよう。妙案がないかその場で思案すると――
ぽつり
木の葉の揺れる音を聞き、雨の襲来を告げる。すばやく察知した青年は、いそいそと近くにいた大きな木に寄っていった。それを見ている内に……小傘は閃いた!
(ふふふ……私が傘に化ける→彼が見つける→ボロボロから投げ捨てる→もう一回戻ってくる→不思議に思う→でも捨てる→うらめしや~→彼が驚く→計・画・通・り!!)
元々打ち捨てられた傘である彼女は、いつでもその姿に戻ることができる。ただ、捨てられた時の状態なものだから、かなりみすぼらしい状態になってしまう。本当はあまり他人に見せたくないものだが、それで驚かせることができるならまぁいいか。と思った彼女は、早速変化し、ボロボロのからかさへと変身した。彼の近くに着地するよう大きく跳ね、派手に音を立てる。地面にぶつかる時ちょっと痛かったが、小傘は我慢した。
「……? なんでこんなとこに?」
作戦成功!! あとは彼が、「ケッ、使えねぇ……」とでも言ってくれれば、全身全霊の「うらめしや~」ができる。だが……ここで予想外の出来事が起こってしまった。
「まぁいいや。ないよりいいし……それに傘ないと不便だし、あとで修理して使おうかな」
ヒョイと持ち上げ、そのまま自分を差して歩いていく。これには、小傘も動揺せざるを得ない。
(ふ、普通こんな状態の傘を差さないよ!? でも捨てられるよりは全然いいんだけど……うう、まずいなぁ……ちょっと驚かしずらいよ……)
自分を使ってくれた相手を、驚かすというのは気が引ける。でもきっと、玄関あたりで今度こそ捨てられるだろう。そのタイミングで仕掛けよう! と、気持ちを切り替え、虎視眈眈とチャンスを窺うことにした。
しばらく彼に差されていると、この前異変で騒ぎになった寺にたどり着いた。どうやらここで寝泊まりしているらしい。玄関先には、奇妙な羽をもった少女がいて、彼を出迎えに来ていた様子だ。
「参真!! 良かった……急に雨が降ってきたから心配したんだよ!? その傘は?」
「落ちてたから拾いました。ちょっとひどい状態なので、裁縫道具貸してもらえます?」
「直すの? 新しいの買った方がいいんじゃ……」
「お金もってないです……それにMOTTAINAI!! ちゃんと直せば使えますよ」
……またしても、小傘は機会を逃してしまった。誰にも気がつかれないのはいいことだが、いつのまにかおかしな方向に話が進んでしまっているような気がする。このままいても大丈夫だろうか……と不安になってきた。
そんな彼女の心情など気にもせず、男は部屋に小傘を連れ込み、借りた裁縫道具を構えた。
「よいしょ……っと……からかさは直したことないけど……この目で見分けながらやれば何とかなるよね」
(え、ええええええええ!? 大丈夫!? 大丈夫だよね!? 変な改造とかされたりしないよね!?)
彼が善意で動いていることは間違いなさそうだが、いきなり不安な発言が飛び出した。見た目以上に傘は複雑な構造をしている。素人が到底直せるものではないのだが……
「ええと? とりあえず古布で補強してっと……骨も、余ってた木材でなんとかなりそう。まさか、壊れた家の機材が役に立つなんてね……いやはや、何がどう役立つか分かったものじゃない――」
独りごとを呟きながらも、その手はなめらかに針を操り、折れた骨を器用に入れ替えていく。作業効率はあまりよろしくないが……特にミスをすることはない。
「ふぁ……やっぱり慣れないことはするもんじゃないね……ま、ここまでやったら最後までやり遂げようか!」
あくびをしながらも、作業を続ける青年。その真摯な眼差しに……なんだか小傘は申し訳なくなる。驚かすつもりでこの姿に化けたのに、その相手に大事にされ、直されているのだから。
(変わった人……でも……悪い気分じゃないかな……)
一度捨てられ、化け傘となった身ゆえ、道具として大切に扱われるのがずいぶんと久々なことだ。少なくても、最後に使われたのがいつだったかを、思い出せないぐらいの年月は過ぎている。久々の人の人情に、彼女はその身を預ける。疲れているのか、彼は所どころコックリと首が動いていて、そのたびにハッとしている。
(も、もう寝た方がいいんじゃ……)
かくいう自分も、彼にいじられてからずっと起きてるものだから、そこそこに眠い。ましてや彼は人間である。大丈夫だろうかと心配していたら――コクンと、首をうつむけたまま、動かなくなってしまった。
けれども、それと同時に――小傘の修理が終わっていた。最後の最後まで、彼はやり遂げてくれたのだ……
(……)
言葉も出ない。一生人の姿真似をしながら、人を驚かし続けることになるだろうと。自分の余生はそういうものだろうと思っていた。けれども彼は、もう一度本来の役目をこなせるようにしてくれた――付喪神として、これほど嬉しいことはない。
(って感激してる場合じゃない! この人が風邪引いちゃう!!)
恩人の手からするりと抜けだし、自分の姿を人型に変える。奥にあったフスマの中から、布団を一つとりだして、彼を寝かせた。
(あ……私も眠い……)
もう一つ布団があったかどうか、良く思い出せない。もう意識が擦り切れ、今にも眠ってしまいそうだ。手ごろな所に寝床は――目の前にあった。
(いいや……この人と一緒に寝ちゃえ……起きる前に化ければいいや)
寝ぼけてもお気楽思考全開で、彼女は青年の隣へと潜り込む。
(あったか……それになんか心地いい……)
そして小傘は、そっと彼を抱きしめて――彼女の意識は、そこで途切れた。
突然、「かわいい小傘ちゃんを書きたい」という謎電波を受信。衝動の赴くままに書いたらこうなった……この先の展開考えてないや……しかも本筋もちょっと修正しないと……ま、まぁ、若さゆえの過ちということでww