百八話 少女と悪夢
ちょっと短いかな? ひと段落してですね。
「兄さん! 兄さん!!」
雨の降る中傘もささずに、彼は下に落ちた人物の所へ向かっていく。
「ぐ……これ…すら……ぱいす……」
意識はなんとかあるものの既に瀕死だ。言葉は途切れ途切れで、素人目で見ても助かりそうにはない。
「待ってて兄さん! 今救急車呼ぶから!!」
それでも彼は諦めず、助けを求める。
そこ時――彼の兄は裾をつかんだ。
「私は……お……ら怨………した。何かを吹き…む前に、こうす……きだったのだ」
「兄さん……何を言って」
「今……生きて……ことが、奇……った…だ。私……呪わ………在。世界に…てはならな…者」
「……兄さん? 諦めないでよ! 僕に生きろといったくせに! なんで……なんで自分から飛び降りるなんて……!」
彼は泣いた。自分を救ってくれた兄が、こうして今にも死にそうになって。
だが、出血は止まりそうにない。無力感だけが、彼を包む。
「何を………わ……ない……な私は。これで……良か………だ」
「良かった……? ふざけないでよ! 兄さんが死んでいい訳ないじゃないか!」
掠れた声を辛うじて聞きとり、彼は兄を怒鳴りつけた。気力で助かるケースがあると、医者であるもう一人の兄が言っていたことがあったからだ。だが……実際この状態は、その医者の兄が見ても絶望的であった。
「昨…言…たこ……覚……る…?」
どんどん声が掠れていく、今にも途絶えそうな意識の中で、兄は何かを彼に伝えようとしていた。
「覚えてるよ兄さん……世間から離れて、山奥で暮らす話だよね」
「それ……行し……後追い……考……な。…の見て……世………べれば……のは幾…か良い世………だから」
「……わかった。わかったからもう喋らないで兄さん」
最後に苦しそうに、兄が咳き込む。それ以降、彼の指示通り兄は何も語らなかった。
結局のところ――兄は助かることはなく、虚しさだけが彼の胸中には残ることになる。
***
「兄さん!」
隣で眠っている妹の悲鳴で、レミリアは目を覚ました。
あの戦闘のあとすっかり朝になってしまい、割とすぐにフランは眠りたいと言ってきた。
だが、今までとは大きな変化がある。今回に関しては、「一緒に寝たい」と、フランがレミリアに告げたのだ。
断る理由などなく、一つのベットで姉妹は眠りについたのだが……
「フラン!? 大丈夫!?」
すっかり血の気が引いてしまっている妹を、肩に手を置いて話しかける。呼吸が荒く、冷や汗もかいている。よほど恐ろしい夢を見たのだろう。
「あの声……参真の声だった……お兄さんが……自分から……?」
「!? 参真の夢を……?」
「たぶんね」
吸血した時に、参真の情報が入ったのかもしれない。それが夢という形で現れたのだろう。結果、フランは悪夢を見てしまうことになった訳だが……
「起きた時も『兄さん』って言ってたものね。私たちに兄はいないし、フランなら『お兄様』と呼ぶでしょうし……ほぼ決まりね」
「うん……」
話には聞いていたが、相当精神に堪える出来事だったようだ。今のフランの様子を見れば、それがよくわかる。
「……そのつらい経験を、私たちに味わなせないために協力してくれたのよ」
「そっか……優しいんだね参真は」
「お人よしなのは認めるわ」
「そうだね……あ、起こしちゃってごめんなさいお姉さま」
「いいのよフラン。さ、もう一度寝ましょう。まだ日も高いわ」
「うん……おやすみなさい……」
もう一度、姉妹は布団に潜る。
眠る直前、フランが熱っぽく「参真……」と呟いたような気がしたが、気のせいだろう。そういうことに、しておいた。
さて、無事フランも狂気から解放されたあとのお話。
姉妹でキャッキャウフフ書いたつもり。こんなんじゃ糖分足りないですよね。