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百話 血と言葉で、語る意思

 つ、ついに本編百話キター!

 ラストまでこの調子で行きたいですね!!

 その血は、まだ二十代とは思えぬほどの深みを有していた。

 精神に刻まれた複数の傷跡は、血液に渋みと、強い苦みを持ってレミリアの舌を潤す。


(最近は咲夜と、外から供給してきた人間の血ぐらいしか吸ってなかったけど、これは――)


 ……咲夜が純粋な忠誠心から来るすっきりとした喉ごしなのに対し、参真の血液は苦悩から来るコクのある味わいであった。

 精神は熟成されきっていないのにもかかわらず、既に発酵が十分に済んだワインのような味がする。あるいは――これ以上精神が熟成してしまうと、腐ってしまいそうな――そんな危うさを、レミリアは感じ取った。

 彼の血から読みとれたのは、強い後悔。

 危うい位置にいた自分を支えた兄が――翌日に自殺する悲劇。

兄弟を失うことへの危惧、彼は今のスカーレット姉妹の状況を、自分の状況に重ねて見ているのだ。

 自身と同じ、あるいは似た出来事を起こさせたくない。後悔させたくない――その念が強く込められていた。


「これが、お前の意思か」


 いつもより長めに吸血していたらしく、手を離すと参真が少しふらついた。それでも膝はつかず、衣服を軽く血でぬらしながら立っている。


「わかって、もらえましたか?」

「ええ、十分に……咲夜、参真の手当てをしてやって。少し自室で休むわ」

「かしこまりました」


 指示をすると、メイドは包帯を手品のように取り出し、彼の首に巻き始める。

 それを尻目に、レミリアはその場を去った。

 扉を閉めて自室に閉じこもり、ほつりと一つ呟く。


「……参真、私はあなたの兄ほど――いいお姉さんじゃないわ。……そもそも、姉と呼ばれる資格がないのよ」


 罪悪感が身体を蝕む。

 フランに愛情がない訳ではない。実際、彼の兄が自殺する場面が、フランだと思うとぞっとした。だけど、自分如きがフランに手を差し伸べていいのか、それを躊躇してしまう。

 なぜなら――フランドール・スカーレットは『本来生まれてくるはずがなかった』のだから。



                      ***



「ご主人さま……また無茶したでしょ!?」

「いえ、妹様に遭うのに比べたら、幾分かマシだと思いますわ。それに、命に別状はありませんし、お嬢様の性格を考えれば、これはずいぶんと、あなたたちには良い結果かと」


 紅魔館の一室へ咲夜に肩を貸してもらいながら戻り、そんな二人を出迎えたのは、ご機嫌斜めの小傘であった。

 無理もない。呼びだしを喰らってからずいぶんと時間が経っているし、おまけに包帯が巻かれているとなれば心配もする。


「ちょっと貧血気味だけど大丈夫。咲夜さん、ありがとうございました」

「ここまでするのもお嬢様の命でしょうから」


 参真の礼にそっけなく応じるメイド。もう少し愛想よくしてくれると助かるのだが、彼女はこれが素なのだからしょうがない。「では」と小さくその場に言葉を残して、彼女は消えてしまった。


「それで。どうだったの?」

「返事は保留。結果はまだ出てないけど。多分もうひと押しいると思う」

「……また無茶するの?」

「今度は大丈夫なはず……たぶん」


主の自信なさげな発言に、小傘は肩を落とす。


「本当にもう……心配ばっかりかけて……」

「ごめん。でもこれは譲れないことだから」

「わかってる……わかってるけど……私は何時だって心配してるんだからね……」


 きゅ、と裾を握られ、参真は固まる。

 しばしの間、二人はそうして黙ったままだ。

 どことなく冷たい風が流れ、二人の身体の体温を奪っていく。

 やがて、沈黙に耐えきれなくなった小傘が、ある疑問を口にした。


「ねぇご主人さま、どうしてあのお姉さんの吸血鬼は、妹さんの運命を変えてあげないのかな? その力があれば、簡単に解決できるんじゃ……」

「……変えないんじゃない。『変えられない』んだよ」

「どういうこと?」

「レミリアさんの能力は一人につき一回きり、妖怪では珍しい五歳差、彼女が能力に目覚めたタイミング……この三つが揃えば、結論は一つだよ」


 参真がレミリアにした質問。あれはどちらかと言うと、この疑問を確信に変えるためのものであった。

 既に魔女のお墨付きもあり、フランの狂気の形については、質問の前に大体のことが出そろっており、別に問いかけなどしなくてもよかった。

 だから――どちらかと言うと、レミリアのことを知るための問いをしたのである。

 

「多分レミリアさんは……『フランドール・スカーレットが生まれてくる運命』を能力でたぐり寄せたんだと思う。だから、フランちゃんの運命は変えられなかった。既に一度、操ってしまったから」

「……それって自分勝手じゃない。自分の都合で、妹を作り出すなんて」

「どうかな? レミリアさんの家庭事情を僕は知らないけど……四、五歳ぐらいの子が『妹が欲しい』という願いを持つのは、割と一般的な感覚だと思うよ。レミリアさんの場合たまたま、能力が使えるようになるタイミングと被ってしまっただけなんだ」

「それじゃあ、妹さんがあんな能力を持ってるのは――」

「多分ただの偶然。きっと色々難しいこと考えて、レミリアさんは自分のせいだと思っているみたいだけどね……」


 参真の予測だと、『自分のせいで、あんな妹を生み出してしまった』とか、『自分のせいで妹があんな運命を背負った』などと思いこんでいるのだと考えている。参真に言わせてもらえば、そんなことは大して重要じゃない。


「今日の夜も、レミリアさんと話をつけてくる。……ここが山場だ」

「本当に気をつけてね……」


 もう一度部屋を出て、レミリア探す。

 館の時計塔付近でたたずんでいたレミリアを見つけ出したのは、ほどなくしてであった。



                     ***



「隣、いいですか」

「……ええ」


 月が半分かけた夜に、その人間と吸血鬼は屋根の上に腰かけた。

 お互いに空を見上げ、視線はあえて合わせない。


「参真……あの時私の言葉を止めたということは、知っているのね」

「はい。その上で――僕はあなたたちの関係を改善したいと思ってます」


 この人間は愚直に、けれども淀みなく答えた。


「これは私の罪。フランを生み出したのは私よ。あの子が苦しんだのも……全部……私は、フランに何もしてやれなかった。五百年近い年月があったのに、狂気の原因一つに辿りつけないような、情けない姉よ。姉らしいことなんて何一つしてあげれなかった……そんな私は、フランの姉を名乗る資格があると思う?」


 彼に尋ねると、ため息が一つ聞こえてきた。……レミリアとしては、いたって真剣に話しているつもりなのだが。


「そんなに難しく考えなくていいんですよ。フランちゃんがあの能力を持ってきて生まれたのは偶然です」


 そんな風に言われても、レミリアとしては確信が持てない。運命操作でフランを生み出したのは間違いないのだがら、フランの能力なども影響を受けているのではないかと勘ぐってしまう。

 戸惑うレミリアを尻目に、男は続けた。


「あと、兄弟や姉妹であることに資格なんて要りません。同じ血統に生まれたら、それはもう兄弟姉妹なんです。それに……フランちゃんが生まれた時を思い出して。きっとその時は、純粋にあなたは嬉しかったはずだ。望んだ妹が、生まれてきてくれて」

「ずいぶん昔のことを、思い出せと言うのね?」


 流石に、そこまで昔のことは吸血鬼と言えど記憶が曖昧だ。

 曖昧だが……かなり大騒ぎになったことは覚えている。こんな早さで生まれてくるなんてとか、生まれてきた後も、翼が異常だとかで……

 それでも――それでも確かに、妹ができて、「嬉しかった」ような気がする。


「……そうだった気がするわ。でも、今さら――」

「――諦めないで」

「え?」

「まだ手の届く位置にいるのだから、そんな風に諦めないで」


 視線を空から、彼へと移す。

 瞳に映ったのは、真摯に訴えかけてくる彼の視線。

 後悔も苦痛も、レミリアは一度血を通して体験している。だから――彼の言葉に、想いに嘘はない。


「お前は……それで何を望む?」

「貴方たち姉妹の平穏を。それで十分です」


 今回の件で、参真は何も得をするところがない。それどころか今までの行動を考えてもリスクしかないように思えた。

 だから、褒美を何か与えてもいい――暗にそう言ったのだが、彼はそれを断った。

 

「呆れた。無欲過ぎるわよあなた」

「いいえ。僕にとっては、お礼を貰っちゃいけないんです。そんなことのためにやるんじゃないんですから」

「……理由は知ってるから聞かないわ。わかった――私とフランを、お願いね」


 自然と、レミリアは頭を下げることができた。レミリア本人も信じられないぐらいに、綺麗に。

 参真は「顔、あげて下さい」とやさしく告げて、それに続ける。


「まずはフランちゃんを狂気の穴倉から連れ出す所からです。その為には、協力してもらわないといけないかもしれません」

「私にできることなら、なんでもしてやるわ。あんまりふざけたことだと怒るかもしれないけど……まぁ、お前に限ってそれはないか」

「ふざけたことって、例えば?」


 興味ありげに、青年か半分笑いながら聞いてきた。

 例を用意していなかったレミリアは、視線を月に戻して、ぼんやり答える。


「そうね……三回まわってワンと鳴けとかかしら?」

「……レミリアさんでも冗談言うんですね」

「う、うるさいわね……」


参真もつられて再び空を仰ぐ。先ほどと変わらない月が、自分たちを見下ろしていた。

半月は今の半端な関係の、フランとレミリアを映しているかのようだ。現状、満ち足りもおらず、けれども、参真のように欠けてしまってもいない。


(ここから月が満ちるのか、欠けるのか――それは私たち次第だわ)


 運命を操る能力は使えない。ならば、自分たちの手と意思で切り開くしかない――

 そっと月に手を伸ばす。触れたり壊すことはできないが、なんだか少しだけ、近くに置いておけるような、そんな気がした。


 ようやくさとりん姉妹の所で撒いた伏線の回収です。ふふふ……まさかこれが伏線だとは思うまい……

 公式や二次設定でいっつも疑問だったんですが、フランの運命を操作すれば、色々と問題解決するんじゃね? というのが自分の中にあり、それに対する一つの答えとして、自分なりに解釈したモノを投下してみました。うん。無理やり感が拭えないし、どう考えても自己満足です。本当にありがとうございました!


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