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実験場

令和の番長、東京へ殴り込み!

掲載日:2026/07/04




「舐めんじゃねえええええっ!」



 出羽の山中に、雄叫びが轟いた。


 黒い巨影が宙を舞う。

 どすん、と大地が揺れ、森の木々をざわめかす。


 熊だ。

 青年の一本背負いを喰らい、完全にノックアウト。



「金時、お前なあ~……」



 猟友会の男は、白目を剥いている熊に油断なく銃を構えながら、深いため息を漏らした。



「まずは逃げろよ。

 ……何のために俺がいるんだ」



 地面にはまだ、さっきの衝撃で舞った土埃が残っている。



「ガン飛ばされたんっス」



 坂田金時、二十歳。

 山で育ち、力だけはどうにもならないくらい強くなった男だった。


 この令和の時代に、高校では番長を務めていた。

 気づけば、金時に惚れ込んだ男たちが集まり、本人の知らないところで『出羽連合』と呼ばれるようになっていた。


 そのせいで就職口はなくなり、今は山菜採りで日銭を得ている。



「なあ、前々から言っているが、猟友会に入らないか?

 資格取れば、お前なら即戦力だ」

「……嬉しいっス」



 一拍の間。



「でも、俺……。夏になったら、東京に行くっス!」

「は?」



 山が一瞬、止まった気がした。



「東京で、ビックに!」



 猟友会の男は、とりあえず気絶した熊に発砲した。

 山に銃声が響き渡る。



「ビックねぇ……。」



 白煙の向こうで、金時は少し考えてから言った。



「夢、見つけたんっス!」



 山に、しばらく風だけが通った。

 猟友会の男は、銃を下ろさないまま、その顔を見ていた。



(……こいつは、もう止まらねえな)



 夢を追うのは、若者の特権だ。

 猟友会の男は、金時の笑顔に、自分の若い頃を重ねて、苦笑した。




 ******




「すげぇぜ! ここが花の大東京!」



 池袋駅。


 人、人、人。

 流れるようにぶつかる肩。

 止まらない足音。


 その呼吸が分からず、金時はなかなか進めない。


 山では、木と岩だけで場所が分かった。

 だがここでは、その勘すら役に立たない。


 無駄に多い案内看板が、かえって金時を惑わせる。



「まだまだあああああっ!」



 しかし、金時は諦めない。


 池袋駅の構内で雄叫びを轟いた。

 人々が一瞬だけ振り返るが、すぐに流れに戻っていく。


 そして、ついに辿り着いた目的地には、巨大な看板があった。



「来たぜ……。ビックなカメラ」



 数時間後。


 金時は最新の一眼レフカメラを抱えていた。

 説明は半分も理解できなかったが、『一番強そうなやつ』を選んだ。



「こいつで、夢を掴むぜ!」



 二年間、山菜採りで貯めた金は、すべてそこに消えた。




 ******




「右!」


「左!」


「真ん中!」



 日本最大の同人誌イベント。


 暑さに負けず、熱気にも負けず、金時はカメラを構えて叫ぶ。

 カラフルな衣装のお姉さんがポーズを取る。



「よっしゃあああああっ!」



 パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。


 金時の指が、十六連射を放つ。

 お姉さんは、ほんの少しだけ顔を引きつらせた。



「ありがとうございました!」

「はーい、こちらこそ~」



 金時は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。



「なんか、すごい人だったね」

「うん、初めて見る顔だよね」

「たぶん、有名になるよ。あのカメコ」



 お姉さんは友だちと笑いながら去っていく。

 それを見送り、金時は撮ったばかりの写真を早速確認する。



「……き、効くぜ。

 熊なんかより、よっぽど強え……。」



 アニメの世界から飛び出してきた2.5次元。


 上から、下から。

 右から、左から。


 ギリギリで守られている絶対領域。


 金時は思わず鼻の下を伸ばす。

 それは、高校時代の子分たちが見たら目を疑う、だらしない笑みだった。



「……やべぇな、コミケ!」



 パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。



「俺の戦場は、ここだったんだ!」



 金時はそう言いながら、もう次の戦いに向かっていた。




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