令和の番長、東京へ殴り込み!
「舐めんじゃねえええええっ!」
出羽の山中に、雄叫びが轟いた。
黒い巨影が宙を舞う。
どすん、と大地が揺れ、森の木々をざわめかす。
熊だ。
青年の一本背負いを喰らい、完全にノックアウト。
「金時、お前なあ~……」
猟友会の男は、白目を剥いている熊に油断なく銃を構えながら、深いため息を漏らした。
「まずは逃げろよ。
……何のために俺がいるんだ」
地面にはまだ、さっきの衝撃で舞った土埃が残っている。
「ガン飛ばされたんっス」
坂田金時、二十歳。
山で育ち、力だけはどうにもならないくらい強くなった男だった。
この令和の時代に、高校では番長を務めていた。
気づけば、金時に惚れ込んだ男たちが集まり、本人の知らないところで『出羽連合』と呼ばれるようになっていた。
そのせいで就職口はなくなり、今は山菜採りで日銭を得ている。
「なあ、前々から言っているが、猟友会に入らないか?
資格取れば、お前なら即戦力だ」
「……嬉しいっス」
一拍の間。
「でも、俺……。夏になったら、東京に行くっス!」
「は?」
山が一瞬、止まった気がした。
「東京で、ビックに!」
猟友会の男は、とりあえず気絶した熊に発砲した。
山に銃声が響き渡る。
「ビックねぇ……。」
白煙の向こうで、金時は少し考えてから言った。
「夢、見つけたんっス!」
山に、しばらく風だけが通った。
猟友会の男は、銃を下ろさないまま、その顔を見ていた。
(……こいつは、もう止まらねえな)
夢を追うのは、若者の特権だ。
猟友会の男は、金時の笑顔に、自分の若い頃を重ねて、苦笑した。
******
「すげぇぜ! ここが花の大東京!」
池袋駅。
人、人、人。
流れるようにぶつかる肩。
止まらない足音。
その呼吸が分からず、金時はなかなか進めない。
山では、木と岩だけで場所が分かった。
だがここでは、その勘すら役に立たない。
無駄に多い案内看板が、かえって金時を惑わせる。
「まだまだあああああっ!」
しかし、金時は諦めない。
池袋駅の構内で雄叫びを轟いた。
人々が一瞬だけ振り返るが、すぐに流れに戻っていく。
そして、ついに辿り着いた目的地には、巨大な看板があった。
「来たぜ……。ビックなカメラ」
数時間後。
金時は最新の一眼レフカメラを抱えていた。
説明は半分も理解できなかったが、『一番強そうなやつ』を選んだ。
「こいつで、夢を掴むぜ!」
二年間、山菜採りで貯めた金は、すべてそこに消えた。
******
「右!」
「左!」
「真ん中!」
日本最大の同人誌イベント。
暑さに負けず、熱気にも負けず、金時はカメラを構えて叫ぶ。
カラフルな衣装のお姉さんがポーズを取る。
「よっしゃあああああっ!」
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。
金時の指が、十六連射を放つ。
お姉さんは、ほんの少しだけ顔を引きつらせた。
「ありがとうございました!」
「はーい、こちらこそ~」
金時は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「なんか、すごい人だったね」
「うん、初めて見る顔だよね」
「たぶん、有名になるよ。あのカメコ」
お姉さんは友だちと笑いながら去っていく。
それを見送り、金時は撮ったばかりの写真を早速確認する。
「……き、効くぜ。
熊なんかより、よっぽど強え……。」
アニメの世界から飛び出してきた2.5次元。
上から、下から。
右から、左から。
ギリギリで守られている絶対領域。
金時は思わず鼻の下を伸ばす。
それは、高校時代の子分たちが見たら目を疑う、だらしない笑みだった。
「……やべぇな、コミケ!」
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。
「俺の戦場は、ここだったんだ!」
金時はそう言いながら、もう次の戦いに向かっていた。




