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黎明




 平和の神が戦争の神に恋をした。

 戦争の神にも拘らず、戦争をひどく憎み、戦争のせいで失われる命を悲しむ戦争の神のために、平和の神は平和の神である己を殺した。

 平和の神である己を殺せば、戦争の神が平和の神に代わるのではないかと考えたからだ。

 けれど、神は死なない。

 死なないと知ってもなお、平和の神は平和の神である己を殺し続けた。

 平和の神が平和の神である己を殺し続けるたびに、世界は平和を少しずつ少しずつ失っていった。

 世界の各地で戦争が勃発した。

 戦争の神は失望した。

 平和の神の手を取ってしまった己にひどく失望した。

 視界に入っていない振りをすればよかった。

 嫌悪を憎悪を抱いている振りをすればよかった。


 そうすれば、


 そうすれば平和の神がここまで苦しむ事はなかった。

 そうすれば世界の各地でこれほど大規模な戦争が勃発する事はなかった。

 戦争の神は安らぎを得たかった己にひどく失望した。

 戦争の神から平和の神に代わって、平和の神と共に、平和な世界で生きて行けるのではないかと、生きて行きたいと願った己にひどく失望した。


 調和。


 平和があれば、戦争もある。

 戦争もあれば、平和もある。

 どちらかを失ってはだめなのだ。

 それこそが、世界の理。

 クソクラエ。

 平和の神は世界に唾を吐き捨てた。

 世界の理なんか知らない。

 あんたが、戦争の神が苦しまない世界でなければならない。

 手を離すな。

 俺はあんたを諦めない。

 あんたの心の底からの笑顔を諦めない。

 あんたはあんたの願う世界で俺と生きるんだ。

 あんたが俺の手を取ったなんて信じられないって疑い続ける俺の手を握って、俺に言い続けてくれ。

 私が君の手を掴んだ事は夢ではない、願望ではない、現実だって言い続けてくれ。

 諦めない。

 諦めない。

 諦めない。

 例えば、死神が来たって、諦めない。

 俺は何度だって世界を壊し続けてやる。


 ならば。

 戦争の神は言った。

 ならば、暫くの間、眠りに就きます。

 君が世界を壊さない時間を作ります。

 永遠には無理です。

 目覚めの時は来る。

 戦争がまた勃発する。

 私は苦しみに苛まれ、自傷を繰り返す。

 君は苦しみに苛まれ、自殺を繰り返す。

 私が目覚めても目覚めなくても、苦しみしかない。

 今のままでは。


 私も、

 私も諦めませんよ。

 君が私の手を離したとしても。

 私がまた掴みます。


 君が君自身を殺す以外の道を一緒に見つけましょう。

 私が私自身を傷つける以外の道を一緒に見つけましょう。

 諦めません。

 私は、私も君も、決して諦めない。


 ええ。


 ええ、私たちはなんて、自分勝手な神なのでしょう。

 世界のために存在すべき神がかような自欲に走るなど。

 数多の命を慈しみ愛しむべき神が、たったひとつの命だけを慈しみ愛しむなど。

 神失格。

 諦める事が正解。

 君の手を離す事が正解。

 戦争の神を受け入れる事が正解。いえ、受け入れずに、苦しみ続ける事が正解。

 今の道こそ、正解。

 苦悶こそ、神たる証。

 命の先導者。

 苦悶あってこその破壊。

 破壊あってこその生変。

 生変あってこその世界。




 ああ。

 まったく。

 クソクラエ。











「悪い。黎明れいめい。俺。死ななかった。死ねなかった。死神に、フラれちまった。死神に追い縋れなかった。殺してくれって。俺が死んだら、黎明が平和の神になれたかもしれねえのに。俺は、」

「………虎」

「ん」

「戦争の神である私は花を枯らす事しかできない。君はこの村に迷い込んだ生物に贈る時しか花に触れられなくなってしまった。花を見られなくなってしまった。香りを感じられなくなってしまった。味わえなくなってしまった。聞けなくなくなってしまった。何よりも花を慈しみ、愛しんでいた君から花を奪ってしまった。私が平和の神たる君から名前を奪ってしまったから、君は中途半端に花を失ってしまった。それでも私は、君の手を離さなかった。君から死神を遠ざけてしまった。君と共に笑って生きる世界を手放せなかった」

「俺も、手放せねえよ。手放せなかった」

「虎」

「………」

「とら」

「………」

「愛しい君。見えるかい?」

「………ああ。ああ見えるよ」




 春の花を閉じ込めたこの村にはいつもの光景が広がっていた。

 ふよりふよりと、真っ青な空に綿雲、そよりそよりと、くすぐったい春風、ほわりほわりと注ぐやさしい日光、とぅくとぅくと、春の花が戯れる、穏やかで心地よい春の園。




 ただの願望。

 それとも。

 それとも、




















「っち。くそにげえ。くそあめえ」


 タンポポの花と共に十五個の黒糖の飴を呑み込んだ人狼は天空を見上げてのち、生物が人狼である己以外ことごとく消滅してしまった世界で、身体を丸めては目を瞑り、眠りに就いた。

 起きたら何をしようか。

 そう、初めて思いながら。

 三十秒間の、初めての休息に身をゆだねるのであった。











(2026.4.9)




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