タンポポ
欲張る行動を起こしてしまった。
ミヤコワスレを自ら選んで掴んだ一羽の雀と行動が重なる。
手を取ってもらえたという奇跡に浮かれて、奇跡に溺れて、奇跡に臆して。
世の理を変えたいと動いた。
こいつの性質を変えてしまいたいと動いた。
咎を受けて消滅しても構わないと。
こいつ以外なら何を犠牲にしても構わないと。
例えば、この世界にこいつだけが生き残るという結果になったとしても。
春の花を閉じ込めたこの村は今、水の中に閉じ込められていた。
肌がひりつき、眼が開けていられないほどに塩分濃度が高いが、身体が浮く事はなく。
数え切れないほどに発生する細かな渦に翻弄され続けていた。
「おい。てめえから花を受け取ったらここから出られるんじゃねえのかよ」
「いやあ。うぷ。そのはずなんだが。うぷぷ。あんたに渡す花を間違えたのかな?」
「さっさと寄こせ。さっさと俺をここから出せ。俺は俺を捨てた世界をぶち壊しに行くんだよっ!!」
「うぷ。ちょ。うぷ。待ってくれ。渦で目が回って。うぷぷ。気持ち悪い」
「うるせえっ!!! さっさとしろ。いや。てめえを殺せばこの世界は壊れるんじゃねえか。壊れてしまえば俺は元の世界に戻れるに違いねえ」
「いやいやいや。うぷ。それは止めた方がいい。あんたも一緒に消滅するだけだ」
「っは!! 試さねえと分からねえだろうがっ!!」
「それとも」
「離せっ!!!」
「それとも、消滅してしまいたいのか? その憎悪はどうやっても消せないから」
「っ!!!」
「人と狼の子。人狼。人々はあんたを異形の存在だと恐れた。あんたの両親は人々に殺された。あんたも殺された。だが。あんたは死ななかった。死ねなかった。刃でも銃弾でも火でも水でもコンクリートでも爆弾でも毒でも。何を以てしてもあんたは死ねなかった。両親を殺された憎悪、あんたを殺された憎悪だけであんたは動いていた。もう止めにしたいと思っても止められなかった。殺されるか。憎悪だけで動くか。あんたに休息は与えられなかった。たったの一秒すら」
「………っ!!!」
「あんたは死ねない。この村から出て、元の世界に戻っても、殺されるか、憎悪だけで動くか。その苦しみしか待っていない。苦しみしか待っていないと知っていて俺はあんたをこの村から出す。たった一種類の春の花を手渡して。悪逆非道にもほどがある。そうと知って、俺はこの村からあんたを出す。俺はもう、俺の使い道を決めているから。あんたに手を伸ばす事はしない。たったの一種類の春の花を手渡す事しかしない」
「………誰が………誰がてめえに助けを求めたっ!? 要らねえ。要らねえよっ!! さっさと花を寄こせっ!! てめえの望み通りさっさと出てってやるよっ!! ぜんぶぜんぶぜんぶぶっ壊してやるっ!!!」
「………これを」
「ああっ!?」
「黒糖の飴だ。食べてないから、美味いとは言えないが。美味いはずだ」
「………」
「この飴を食べて世界をぶち壊すなんて止めろと宥めたいわけじゃない。俺も。世界をぶち壊そうとしている。あんたと同類だ」
「………」
「憎くて憎くて憎くて。俺の大切な存在を苦しめるこの世界が憎くて仕方なかった。だから、世界をぶち壊した。ぶち壊せば、苦しめる世界はなくなる。そう思っていたが。いいや。なくならなかった。俺はあんたと一緒だ。死なない存在。春の花を閉じ込めたこの村で迷い込んだ生物に春の花を手渡す事が、俺に課せられた罰だ。罰を受けていながら、俺は世界をまたぶち壊そうとしている。俺も変わらない。変えられない。変えられるとしたら、死、だけだ。大切な存在でも俺は変えられない。どれだけ、」
「………もし、」
「ああ」
「もしも、俺が、元の世界に戻りたくないって、言ったら。この村に留まり続けたら。てめえはどうなるんだ?」
「死神」
「あ?」
「いや。お告げ。あんたはどうやら俺にとっての死神のようだ。俺を殺してくれる存在」
「………」
「俺を、殺してくれるか?」
「………」
ふよりふよりと、真っ青な空に綿雲、そよりそよりと、くすぐったい春風、ほわりほわりと注ぐやさしい日光、とぅくとぅくと、春の花が戯れる、穏やかで心地よい春の園。
虎はいつもの光景に戻った村に立って、タンポポを人狼に差し出した。
人狼は虎からタンポポを受け取ると、酷薄な笑みを浮かべたのであった。
(2026.4.9)




