チューリップ
一日でも早く見つけていたら。
見つける事ができていたら。
ワスレナグサを受け取った男性と声が重なる。
一日でも早くにこいつを見つける事ができていたら。
こいつは苦しみなんて知らずに幸福に生きていたのだろうか。
こいつの代わりを俺が務めていたらどれほど。
どれほど、
ああ。
けれどきっと。
そんな事をしたらこいつは烈火の如く怒り狂うのだろう。
春の花を閉じ込めたこの村にはいつもの光景が広がっていた。
ふよりふよりと、真っ青な空に綿雲、そよりそよりと、くすぐったい春風、ほわりほわりと注ぐやさしい日光、とぅくとぅくと、春の花が戯れる、穏やかで心地よい春の園。
「いやあ。えへへ。えへ。えへ。見知らぬ兄ちゃんから祝いの花なんて。なあ。えへへへへへ。いやあ。でも。えへ。有難くちょうだいしようかなあ。えへへへへへ」
「ばあさん。酔っぱらってるのか?」
「そうだなあ。おれ、酔っぱらってんのかなあ。幸福に酔いしれてんのかもなあ。えへへへへ。まさか老いらくの恋が成就するなんて思いもしなかったなあ。えへ。えへへへへ。おれから求婚したんだよ。短いこれからの老い先を一緒に過ごしてくれたらおれはこれほどの幸福はないので、もしおれと同じ気持ちだったらおれの手を取ってくださいって。えへ。えへへへへ。なあ。びっくりだよなあ。まさかおれの手を取ってくれるなんて思いもしなかったよ。おれも相棒も九十九歳なんだ。なあ。びっくりだろ。身体も頭も働く速さは亀よりものろいっつうのに。できない事も増えて人に頼る事も増えて。なあ。ちょっくら庭を散歩して、あとは家の中でぼんやりテレビ見て、えっこらしょいってめしの用意して、こわごわと風呂に入って、寝て。おれも相棒もやれる事なんて限られてるっつうのに。なあ。耳も遠くて、半分ぐらいは聞こえてねえっつうのに。おれ。幸せで幸せで。こんな見知らぬ兄ちゃんにも祝いの花を贈ってもらえるなんて。しかも、赤のチューリップ。おれの好きな花だあ。おれの節目節目の門出の花だあ。いやあ。おれこんなに幸せで。っは!? まさかおれ。死んだのかい?」
「死んでない。死んでない。つうかもう。うぷ。はらいっぱい。言葉もその顔も惚気たっぷりではらいっぱい。もう全身はちきれそう。春の花を受け取ったんだから、早く愛しの相棒のところに帰りな」
「そうだなあ。えへへ。いやあ。本当にありがとうなあ。兄ちゃん。うんと。ちょいと待っていろ」
「ああ」
「んん。確か。ああ。あった。ほれ。黒糖の飴。半分は残ってた。お返しだあ。兄ちゃんの相棒と食え」
「………俺。相棒が居るように見えたか?」
「うん。うんと大切な相棒が居るように見えた」
「………ああ。うん。うん。俺もばあさんに負けないくらいの老いらくの恋だったけど。うん。成就したんだよ」
「そうかあ。そうかあ。おたがい。ハッピーだな」
「………うん」
「なんだあ? 兄ちゃん。泣いてんのかあ?」
「ばあさんが泣いてるからだ。つられ泣きだ」
「えへへへへへ。おう。泣け泣け。おれにつられて、いっぱい泣いちまえ」
虎は赤色のチューリップを受け取った一人の高齢の女性を見送った。
高齢の女性の姿が消えても何も居なくならず、十五個の黒飴が虎の手元に残っていた。
「一個はじゃんけんだ。譲ったりしねえ………なあ。溶けちまう前に早く、」
(2026.4.7)




