Episode3
ルシアナは夢を見た。
学園の廊下を1人で歩く、ふと振り返ると手を振るカイゼルがいた。そのまま2人で歩く。
図書館でエリィと隣に並んで座り、ノートを開いている。時折エリィがルシアナに小声で何かを言い、2人で笑い合っている。楽しそうだ。
カイゼルの隣で食事をしている。ルシアナの嫌いな茸を食べてくれている。それを見て微笑うエリィ。
カイゼルがもっと小さくなった。子供の頃だろう。自ら摘んだであろうたくさんの野花を抱え、満面の笑みでルシアナに差し出した。
街で、一輪の薔薇をカイゼルから受け取った。子供の頃のように満面の笑みではないが、熱の籠もった、心臓が煩くなるような瞳でルシアナを見つめている。
(ああ、私、カイゼルに疎まれても、嫌われてもいないのね····)
重い瞼を開けると、天井が移った。
(どれだけ寝てたのかしら)
身体が重い。間違いなく寝過ごしている。窓から夕日が差し込んでいた。
ふと横を見ると、目に涙を浮かべたカイゼルが座っていた。
「あら?これも夢?カイゼルは泣き虫ね」
そうだ。昔のカイゼルは泣き虫だった。まだ5歳、婚約したての頃だ。「ここは知らない世界だ」とか自分の家にいるのに「帰りたい」とか泣き出すことが多々あった。
カイゼルはグイッと腕で涙を拭い、食いしばりながら言った。
「君が3日間も眠り続けるからじゃないか···!」
「み···ゴホッゴホ」
喉がカラカラだ。3日間?
カイゼルはメイドが用意していた水をグイッと飲み、ルシアナに噛み付くように口付けた。
「んぅっ?」
あまりの事に、喉が潤ったにも関わらずまた咳込んでしまった。
「なっ、何を、何をするのです」
「うるさい」
八つ当たりのような口づけに、ルシアナは憤慨する。
(ひどい。セクハラなんてものじゃないわ)
「カ、カイゼル様は、カイゼル様は、私が好きなのですか?」
口籠りながらも、言い切った。回りくどく聞く余裕もなければスキルもない。
カイゼルは今まで涙目だったのが嘘のように、にやりと微笑った。
「今さらだな?」
熱の籠もった金色の瞳に、顔が赤くなるのを感じる。
カイゼルはルシアナの髪を掬いキスをした。
「これでも君に、想いが伝わっていないのなら、悪いのは私ではない。君が鈍すぎるんだ」
ポロリポロリと涙が溢れた。
(――でも、それではいけないわ)
「わ、私と婚約破棄はしませんか?」
カイゼルはピタリと固まり、目を見開いてルシアナを見た。
「ひどいことを言う。いくら私でも傷付くぞ」
「う、うぅ」
(だって····)
傷付けた側がボロボロ泣くものだから、カイゼルも怒るに怒れないだろう。申し訳なくなってきた。
「――ふぅ」
カイゼルのため息に、ビクリとし、ルシアナはカイゼルを見た。
(怒らせた?)
するとカイゼルは優しい瞳でルシアナを見ていた。
「怒ってないのですか?何故····」
「私の勘違いでなければ、ルシアナ。貴方はこの物語の結末を知っているのでは?」
「えっ」
「もしくは、最近思い出したのか?」
ルシアナは驚いた。
「カイゼル様、貴方も【エリィの真実】を知っているのですか」
カイゼルは頷いた。
「私は物心付いた頃から、前世の、【エリィの真実】の記憶があった」
ルシアナは分からない。
「えっ、では何故、何故私に好意を持っているのです?」
カイゼルは少し思案して、ゆっくり話してくれた。
「どの世界の悪役も、そうだったか分からないが、貴方は最初から悪ではなかった。貴方と初めて顔を合わせた時、貴方は優しい子供だった。最初は悪女のルシアナだと気づかないほど」
カイゼルは愛おしそうに口を開く。
「前世を思い出し、急に泣き喚く私を何度も宥めてくれ、私はすぐに貴方が好きになりました。【エリィの真実】を思い出してからは、貴方の家が傾かぬよう、不幸な生い立ちにならないよう見守っていたら、やはり貴方は優しいまま悪女にはならなかった」
(やっぱりオルテガ侯爵家が没落しなかったのは、カイゼルのおかげだったのね)
「でも、貴方はエリィと結ばれないと幸せに····」
「ルシアナ、必ずしも私がエリィと幸せにならなければならないか?」
「え···」
「私はエリィではなく、貴方を幸せにしたい。····貴方と幸せになりたいのだ」
気付けばカイゼルの大きな手に頬が包まれ、熱の籠もった瞳にひたすらに見つめられている。切実な想いが伝わってくるようで、ルシアナはカイゼルの手に頬を擦り寄せた。
「それが、叶うなら···」
「叶えてみせよう」
カイゼルは言うなり、顔を寄せて深くキスをした。
――長い。苦しくなって口を離したが、またすぐに引き寄せられた。カイゼルのぎらりと欲望を孕んだ金の眼にくらくらしながら、3度目のキスをした。
酸欠になりかけ、ようやくカイゼルはルシアナを解放した。
「病み上がりに本当にすまない」
見るからにしょんぼりとしたカイゼルに、ルシアナは微笑ってしまった。
❉❉❉❉❉
後日、カイゼルを改めて侯爵邸に呼び、2人でゆっくりお茶をした。
「あの、カイゼル。この間は本当にありがとう。シャンデリアの事も、知っていたから対処できたの?」
「うーん、シャンデリアがいつ落ちるかは分からなかったから、いつでも守れるようとにかく鍛えた。守れて本当に良かった」
(鍛えた?)
「そ、そうなの?そういえば騎士の仕事もしているのよね?」
「ああ。アカデミーを卒業したら皇室騎士団に所属される予定だ」
皇室騎士団といえば、帝国内でも一握りの騎士しか入団出来ないと言われている。実力第一主義で、団長はソードマスターなのだとか。
(あの距離を瞬時に移動して、助けに来れたはずだわ)
カイゼルは不意に微笑んだ。
「貴方が私を選んでくれて本当に良かった」
普段冷たい印象の男の微笑みは、とてつもない威力を発揮する。それが好いた男なら尚更だ。
真っ赤になったルシアナを、カイゼルは満足そうに見ている。
「さて、そろそろその可愛い顔を引き締めてくれないか。今日は他にも客を呼んでいる。相手が決まった男とは言え、自分以外の奴に君のその顔は見せたくないからな」
「え?」
何を言うのだ。ますます赤くなるので仕方なく下を向く。
「ルシアナ嬢」
満面の笑みで駆け寄ってくるエリィの横に、見慣れない令息が居た。
「ルシアナ嬢、またお倒れになるなんて!どれだけ心配したことか」
「エリィ嬢、そちらは?」
エリィは不思議そうに首を傾けた。
「あら?ルシアナ嬢。テーラー卿の事もうろ覚えですか?私の愛する恋人です」
「ええっ」
ルシアナは思わず立ち上がった。
カイゼルはルシアナの耳に近づき小声で言った。
「つまり、私とエリィでは幸せにならないと言うことだな。やはり私にはルシアナ、君でなければ」
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