Episode2
翌日、またおかしな事態に陥っている。
「心配しました。あんな重たいものが落ちてくるなんて。ルシアナ嬢のご無事な姿を見るまで、気が気ではありませんでした」
瞳に涙を浮かべ、心配そうにルシアナを見つめるのは、エリィ·キャロライン。この物語の主人公で、恐らく私がいじめていた令嬢で、おそらく私の敵である。
しかしエリィの瞳には心配の色しか見えない。
(どうなってるの)
混乱するルシアナをよそに、エリィの瞳は揺れている。ルシアナは慌てて弁明した。
「私は大丈夫です。擦り傷くらいしかありません!ご心配おかけしましたね」
手をぶんぶん振って健康であることを示すと、エリィはホッと息を吐いた。
(ど、どうしてエリィがこんなに私の心配をしてるのよ)
状況が分からない。シャンデリアが落ちてから、前世の記憶と混じったからか今までの学園生活の記憶が曖昧だ。
「あの、エリィ嬢?今まで私、貴方にひどかったですよね?」
「え?」
「え?」
混乱して、ものすごくストレートに聞いてしまった。
エリィは困惑しながらも笑顔で言った。
「今まで、ルシアナ嬢には良くしていただいた記憶しかありません」
(何ですって?)
ルシアナは更に混乱した。
(新手の嫌味?いえ、正ヒロインのエリィが嫌味なんて言わないわ)
しかも顔をすこし赤らめながら。
(照れているの?可愛いすぎる)
エリィの照れに心臓を貫かれ、ルシアナは藁にもすがる思いで聞いた。
「で、でも、私のこと嫌いでしょう?」
エリィの大きな目が一瞬見開かれ、きょとんとした後、花が咲いたような笑顔でエリィは答えた。
「大好きですが?」
その後、エリィはルシアナのどこが好きか、学園でルシアナと2人で過ごした楽しい思い出をつらつらと話してくれ、日が暮れる頃に帰って行った。
一応、病み上がりと言うことでエリィと寝室で別れの挨拶を済まし、そのままベッドに仰向けに倒れた。
「どうなっているの···」
悪役であり、恋敵であるはずのルシアナとエリィが、まるで大親友のようではないか。
とはいえ、終始にこにこと自分に好意を向けてくれるエリィを見るとまんざらではない。いやむしろとても嬉しい。
(いや、そうじゃなくて)
「お父様、お父様に会いに行かないと」
フラフラとベッドを抜け出し、父の執務室へ向かった。
❉❉❉❉❉
「ルシアナ?もう大丈夫なのか?」
父はたくさんの書類に囲まれ、書類の山と書類の山からルシアナを見つめた。
「はい。ご心配おかけしました。·····お父様、お忙しそうですね」
「ああ、この時期はどうしてもな。決裁するものが山程ある」
やつれた様子で言う父に、ルシアナはこれまた実直に聞いた。
「か、傾いているのですか?我が家の事業は」
「なに?」
父である侯爵は、眼鏡を指であげながらルシアナを見上げた。
「どうした?だれがそんな事を。我が家が傾いているかだと?」
ルシアナの喉がごくりと鳴る。
(ど、どうなの?)
「ははは。そんな訳がない。今や皇都の家門でうちの事業が1番波に乗っている」
侯爵は軽快に笑った。
「――と、数年前は危なかったがな。今では笑い話だ。しかし、かと言ってここで胡座をかいてはいけない。常に備えて置くことが大事だからな」
「そ、そうなのですね。安心しました」
ルシアナの震える声を聞き、侯爵は立ち上がった。ルシアナの前まで来ると、頭にぽんと手を置いてくれた。
「忙し過ぎてお前の見舞いが疎かになってしまったな。すまない。怖い想いをしただろう」
ルシアナは目頭が熱くなるのを感じながら、心の中では焦りを感じでいた。
(これはもう、私の読んで知っている侯爵とは別人だわ。娘に、ルシアナにこんなに愛を顕にするなんて)
【エリィの真実】でのオルテガ侯爵は、娘を家門の道具としか見ておらず、政略結婚を強いた。優しく接していた描写などなく、撫でるなんて以ての外だ。
「明日、カイゼル卿が見舞いに来ると連絡があったぞ」
(来るとは言っていたけれど、明日なんて····ん?)
「卿?」
「変か?娘の婚約者とはいえ、騎士の称号を持っているからな」
―騎士?もはやこの世界は本当に【エリィの真実】の世界なのか?登場人物の名前しか一致してない。この時点ではカイゼルはアカデミーの生徒でしかなかったはずだが。
「私は明日留守にしているから、彼にはよく礼を言っておいてくれ。我が家の名誉と、娘の命まで救われるとは。数年前に我が家の事業が難を逃れたのも、彼が居てこそだからな」
「どういう····」
「前にも話しただろう?彼の助言がなければ我が家は没落していたかもしれないほど、財政難だった。彼がお前の婚約者で、本当に頼もしい限りだ」
開いた口がふさがらないルシアナを見て、侯爵は心配そうに言う。
「ルシアナ?今日はやはり元気がないな?もう寝なさい。部屋まで送らせよう」
執務室の前に居た騎士と共に自室に戻り、ルシアナは机の引き出しからノートをひっぱり出した。
書き連ねた項目に、次々とバツをする。
(記憶が戻るのが、もう少し早ければ)
これから自分が何をすれば物語が正常に戻るのか。
「うぅ」
小さく呻き、ルシアナはベッドに入った。
(私とカイゼル、エリィはどうなってしまうの)




