最終話 英雄
そこにあったのは、文字だった。
大切に保管されていたのだろう。
汚れや傷がほとんど見られない白い紙の上に、次のような文字が書かれていた。
この手紙を手にした貴方へ
「なんて書いてあるんだろうね、これ」
正面に掲げながら首を捻るラノのように、こちらも首を捻るしかない。
それは少々厚みがあって、光に透かすと中にも紙の束が収められていることが分かる。
「詳しい調査は持ち帰ってからにしよう」
と言ってそれは一度ナハトに預けられ、再び3人で箱の中を覗き見る。
そして同時に、息をのんだ。
箱の底。
まるで、見つけられるのを待っていたかのように。
グレイヴィアンたちが、微笑んでいた。
先ほどの2人のグレイヴィアンのように鮮明とは言えないが、中にいる50人ほどの人々が皆笑顔を浮かべているのだけは、はっきりと認識できた。
ぽかん、と驚きの表情を浮かべたまま、ラノが恐る恐るといった体でそれを手に取る。
ナハトも驚きに目を丸くしていて、きっと自分も、ラノと同じような表情をしているのだろう。
誰も口を開かず、石のように固まったまま、ラノの手の中にある笑顔を見つめ続ける。
恒星の放つ心地よい暖かさを含んだ風が、全身を撫でていった。
それに心を揺さぶられるかのように、涙が一粒、頬を流れ落ちた。
これは奇跡だ、と思う。
グレイヴィアンが、己の在り方を遥か彼方からやって来た異星人に示そうとしてくれた。
これだけで、全てを決め付けてはいけない、ということは分かっている。
だけど心の奥で、研究員でもなんでもない自分の、セスター―b―26の個人的感情としての、きっとそうだったのだという想いが、涙となって溢れ、零れ落ちる。
グレイヴィアンの誰もが傲慢で高慢で怠惰で下劣で、そしてどうしようもなく愚かな存在だったわけじゃない。
過ちが世界を覆い尽くしても、必死にそれに抗い、自分以外の誰かを守ろうとした人々がいた。
他者と共に生き、他者を想い、他者を守り、死してなお共に在ろうとした、彼らのように。
あなたは、英雄だ。
この箱の主である目の前のグレイヴィアンに、心の内で話しかける。
あなたが残してくれたもののおかげで、自分は信じることが出来る。
これからもずっと、見限らないでいられる。
ふと気付くと、ラノが穏やかな目でこちらを見ていた。
それで自分は涙を流していたのだと思い出し、気恥ずかしくなって腕で顔をごしごしと擦る。
「これ、このままにしようか」
大切なものみたいだからね、と柔らかな風のような声音で言って、地面に置いていた硝子の入れ物と自分が持っていた花を貼り付けた紙、ナハトに渡していた紙の束、そしてこちらに笑いかけるグレイヴィアンたちを箱の中に戻す。
それらを丁寧に元あった場所、向かって左側のグレイヴィアンの腕の下に収めた。
同じように、右のグレイヴィアンに首の飾りを掛け戻す。
「調査するときは、僕たちがここに来ればいいもんね」
「まぁね。グレイヴィアンは想像以上に面白い存在だって分かったし。これからも付き合ってあげてもいいかもね」
と、ナハトが捻くれたコメントをする。
それが何だか少し嬉しくて、口元から笑みが零れる。
2人に、君は? と問われるような視線を向けられて、胸を張る。
くっ、と顔を上げ、大きく息を吸い込む。
「あぁ。俺も、何度でもここに来る。グレイヴィアンを、彼らを、この星に生きた人たちを、もっと知りたいから」
万感の思いを込めてそう述べると、かけがえのない仲間たちから、柔らかな微笑と屈託のない笑みが返った。
【了】
ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
これにて一人の男の旅と、彼に出会った異星人たちの物語は終わりとなります。
この物語に、何か少しでも皆様の心の中に残るものがありましたら、作者としてこれほどの喜びはございません。
差し支えなければ、ぜひご感想、評価等をいただけますと幸いです。
最後になりましたが改めて、この作品をお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。




