第十七話 邂逅
「んーと、あ、あったあった」
腰に下げた小物入れを漁っていたラノが取り出したのは、遠距離観察鏡だった。
「これだけ見晴らしがいいと、何か面白いものが見えるかも」
そう言って目に当てて観察を始める。
10階、という高さは遠くに聳え立つ建物に比べると高いとは言えない。
それでも、比較的近くにあるものが自分たちのいる建物より低いため、割と遠くまで一望することが出来た。
「おお! こうして見ると、植物の力って本当に凄いね。全てを元の姿に戻そうとしてるっていうのかな? 何て言うんだろう。グレイヴィアンによってボロボロに傷付いた星を、治そうとしてるみたい」
面白いことを言うな、と思った。
だとしたら、打ち捨てられ、朽ちて倒れるものを待っているような建物たちと共存しているのも、植物たちがそれらを治そうとしているからなのかもしれない。
「どうだ? 何か見つかったか?」
「……うーん」
遠距離観察鏡に目を当てたまま、右から左へと顔を向けていく。
「これと言って特に…………あ」
と言って止まった。
そのまま硬直したように、ずっと同じ所を見続けている。
「どうした? 何かあったのか?」
問いかけても、返答はない。そのまま待つこと数十秒。
やっと、ぽつりとした答えが返った。
「………………グレイヴィアンがいる」
「……へぇ」
「珍しくも何ともないね」
ナハトが自分も思っていたことを突っ込んだが、ラノは意に介する様子もなく見ているものを伝えてくる。
「2体いる」
「うん」
「屋上で、肩組んでる」
「……うん…………うん?」
屋上で、肩組んでる? なんだそれ、と思ったのはナハトも同様らしく、眉間に皺を寄せて顰めっ面をしていた。
遠距離観察鏡から目を離し、こちらを振り向いたラノは瞳に恒星の輝きをきらきらと反射させながら、満面の笑みで言った。
「行ってみよう!」
辿り着いたその建物は、5階建てだった。
1階部分は完全に植物の住処になっており、元は長椅子だったと思われるものは、中身が朽ちた後も植物に覆い尽くされたことで長椅子の形を保っていた。
1階には、他に部屋が1つ。
錆び付いた細長い台や、一体いつからあるのか分からない、得体のしれない液体が収められた入れ物があった。
若干の薄気味悪さを覚えながら階段を上って行き、先ほどの半分の労力で屋上に続く扉の前に到達する。
「じゃあ開けるね」
ラノが突起を回して、扉を開けた。
ラノにナハト、そして最後に自分が、屋上の扉を潜る。
足を外に踏み出すと、風がぶわりと全身を吹き抜けた。
その強風に背後でバタンと扉が閉まる音を聞きながら、しばし目を閉じて、風が凪ぐのを待つ。
人を押しのけるように吹いていた風が徐々に柔らかくなり、植物の香りをとじこめた薫風として髪の先を揺らすころ、ようやく目を開ける。
沈みゆく恒星の、あまりにも美しい赫に照らされて凝然と佇む建物群。
文明と自然が交じり合った、世界の滅びと再生を象徴するような景色。
時折風が緑の香りをまとって吹き抜けていく音以外、何も聞こえない。
そんな最果ての楽園のような場所に、そのグレイヴィアンたちはいた。
これも植物に取り込まれていたが、何か大きな容器のようなものに背を預けるようにして、座っている。
そして向かって左側のグレイヴィアンが、右側のグレイヴィアンの肩に腕を回していた。
屋根も何もない屋上で長年風雨に晒され続けてきたせいか、衣服はほとんど身に纏っていない状態だった。
誰も、口を開かない。
ラノが暫く固まっていたのも、今なら分かる。
マクロプロスの調査団が発見してきたグレイヴィアンの骨は、ほとんどが地面に埋まっているものだった。
居住地区では家族を守ろうとしてそのまま絶命したというグレイヴィアンも稀に発見されはするが、大半のものはその発見状況からして、戦闘中に息絶えたというものだった。
だから、こんな早々に廃都市になった場所の屋上で肩を組んでいることの意味が、さっぱり分からない。
「市民だったのかな?」
「いや違うね。履いてるもんが戦闘員だよ」
ナハトが指し示したように、片方のグレイヴィアンが履いているものは風化に耐え、ほんの僅かではあるが当時の面影を残していた。
それは時折発掘される、とある地域の戦闘員が身に付けていたものと酷似している。
「ん。何か首に懸けてるよ」
楕円形の小さなそれを取り外して矯めつ眇めつしていたが、どこかを押したのか唐突にパカリと開く。
中で、よく似た2体のグレイヴィアンがこちらに笑みを向けていた。
それは、一瞬を永遠に切り取る彼らの技術。
「家族かな?」
「だろうね」
ナハトが当然だと言わんばかりに答える。
「じゃあこの2体がこの2人ってこと?」
と手の中のグレイヴィアンと目の前の2体を交互に見やる。
「でも同じ状況なら靴も一緒に残ってるはずだよね?」
手の中の2人は同じ衣服を身に纏っていたが、現在、腕を回している方のグレイヴィアンは、靴すらも残っていない。
完全に骨だけになっていた。
「家族、じゃない、のかな」
言葉を区切りながら、悩ましげにラノが述べる。
「ってことは一戦闘員と一市民だったってことか?」
「うーん。市民と戦闘員が死ぬときにこんなに仲良くする?」
確かに、攻撃する側とされる側、普通に考えれば相手を憎みこそすれ、肩を組むなどという親密さにはならないだろう。
だけど――。
「仲間だった、とか」
グレイヴでの戦闘は、共通の地域に住む者たちが団結して一つの組織を作り、他の組織と戦っていくらしい。
だから、戦闘員として戦地に赴き、仲間と最後を共にした、という可能性があるのではないか、と述べてみたが、反応はあまり芳しいものではなかった。
「は? 仲間? だったらこの戦闘員は他のみんなが戦ってるのに2人で戦地を抜け出した腑抜けってことになるけど?」
「分かんないだろ! 上の立場のやつが最後くらいは自由に過ごさせてやりたいって、部下を戦地から解放したってこともある!」
「ハッ! 無いね。相手のことを尊重しないグレイヴィアンがそんなことするはずない」
「~~っ! でも――!」
「まぁまぁ、そんなヒートアップしないで」
ラノの仲裁が入り、お互い口を噤む。
だけど、もやもやとした気持ちは無くならない。
仲間だったかもしれないだろ、と心の内で不貞腐れた声を吐き出した。




