第十六話 平等
そこには、体中に黒い斑模様と長い尾を持つ猛獣。
その鋭い牙が身体を貫く寸前、腕に填めた天体調査員援護装置から展開した防御壁を間に割り込ませ、今なお渾身の力で追撃を防ぎ続けているナハトの姿があった。
まずい、と思った次の瞬間、ラノが物凄い速さで横を駆け抜けていった。
疾駆しながらAIADの対外生命体電磁砲を起動。
〈ELR起動。前方からの退避を要請。ELR起動。前方からの退避を要請。充填完了。発射します。3、2、……〉
「ナハト!」
その一声で防御壁が閉じられた瞬間、ナハトの横に並び立ったラノのAIADから、一帯を白く染め上げるほどの強烈な閃光が放たれた。
目が潰れそうなほどの圧倒的な明るさの光に似付かわしくない、控えめな電子音が響く。
5秒も無かっただろうか、徐々に光が弱まり、完全にもとの静寂が周囲に戻ったとき、目と鼻の先にいたあの猛獣は、跡形もなく消え去っていた。
ナハトとラノの、荒い息遣いだけが辺りに満ちる。
暫くして、ラノが我に返ったかのように己のAIADを見やった。
「これ、初めて使ったけど凄い威力だね」
「防御壁もね。あの狂ったように尖ってる牙を通さないのって割と有能。今後も有効活用だな」
最近開発され、普段から支給されてはいるが体温や心拍、周辺の気温・湿度・気圧、そして睡眠の質などの計測を自動で行ってくれることから、特にグレイヴというマクロプスによく似た環境の惑星調査ではあっても無くてもいいものなのではないか、という認識をしていた。
もちろん事前に使い方のレクチャーは受けていたが、自分たちがそのような大層な機能を使う状況に陥るなんて、はっきり言って考えていなかった。
なので、多分使うことはないと思っていた最新鋭の宇宙科学技術を自らの手で発動させ、多分見ることはないと思っていた威力を目の当たりにして些か興奮した様子の勇者2人の横で、未だに尻もちをついているのが恥ずかしくなり、慌てて立ち上がる。
「あ、セスター大丈夫だった?」
思い出したかのように問われた。
「……おう。ちょっと擦ったくらいだ。ありがとな、助かった」
身を挺して助けてくれたナハトに礼を述べると、「別に」と大したことをしていないかのような口調で言われた。
「あれは不可避でしょ。仕方がない」
「いやー、ナハトかっこよかったねぇ。瞬時に仲間を突き飛ばして自分が盾になるって。めちゃくちゃヒーローっぽかったよ」
褒められるのに慣れていないのか、ふん、と言ってそっぽを向いた。
「ラノもかっこよかったぜ。俺全然動けなかったのに真っ先にELR起動してナハト助けただろ。っていうか二人の連携プレーが凄かった」
一番ダサかったのは俺だな、と自虐的に笑えば、「後ろから急に来るのって反応するの厳しいよ。っていうか良いチームって感じじゃない? お互いのピンチを助け合う!」
そう言って胸の前で拳を握りしめるラノとは対照的に、「結局君だけが負傷しているのも中々に面白いね」と相変わらず余計な一言を某隊員1名が述べた。
それに空笑いを返してから「そろそろここから離れた方が良くないか?」と提案する。
「あのヤバい毛むくじゃらが戻ってくるかもしれないだろ」
「確かにそうだね。じゃあみんなトリアングルム形態になって移動しようか。それで各自正面に防御壁を張ろう」
ラノを先頭に右端に自分、左端にナハトが付く。
その状態で防御壁を展開すると、ちょうど自分たちを守るような円形の障壁が出来る。
そのまま周囲を警戒しつつ進んで行くと、目の前に建物が現れた。
ざっと数えると10階ほどの高さのようだ。
もはや遺跡と化している石造りのもので、小さな罅が無数に入っており、大きな亀裂も所々に散見された。
「ちょうどいいや。避難がてらここの屋上から街を見渡してみようよ」
「え、これのか⁉」
地上の蔓草や周りの樹々が絡みついていることによって何とか支えられているようにも見える建物に、どやどやと急激に3人も踏み込んだら危険極まりないことくらい誰でも分かる。
「また凶暴な生き物が現れたらELR使えばいいもんね」
いや、そんなことしたら建物も無事じゃないだろ。
俺たちも毛むくじゃらと道連れだぞ。
と言う間もなく、ラノは暗い洞穴のような入り口の奥へと進んで行ってしまった。
何故かナハトは何の苦言も呈することなく、そのままラノに続いて行ってしまう。
好奇心に駆られたラノは止められない、と諦めたのだろうか。
2人が行ってしまったのなら、自分も行くしかない。
はぁ、と一つ溜息を吐いて、なるべく建物を振動させないようにゆっくりと追いかけて行った。
見掛けによらずしっかりした造りのようで、床や階段を踏みしめる度にぐらついたり欠けたり落ちたり、ということはなかった。
それでも唐突に崩れるかもしれない、という恐怖はなくならないため、一段一段神経を張り詰めさせて上っていった。
そのせいか、普段の倍ほどの体力を使ったような気がする。
何とか最上階に到達し、ぜいぜいと荒い息を整えてから屋上に続く扉の前に立った。
ぴくりともしない。
あれ、生態読み取り式か? と思ったが、どこにもそんな装置らしきものはない。
そもそも2人はどこに行ったんだ、と途方に暮れていると、扉を隔てた向こう側から「あ、セスターその出っ張ってるやつ握って、回しながら押すんだよ!」と声がした。
この突起か、と理解して言われた通りにすると、拍子抜けするほどあっさりと開いた。
2人は屋上中央の端にいた。あと2・3歩踏み出せば落ちる、という場所に立っていて、街全体を見渡している。
自分も、ラノの横に並んで街を見渡す。
世界が、輝いていた。
西に沈みゆく恒星が、この星の生きとし生けるもの、長い長い時に亘って反目し合いながら共に在ることを許された、造られたもの、そして遥か遠くからやって来た、この星の血脈を持たない者たちを、分け隔てなく赫灼と照らし出している。
今この瞬間、この世界に存在する全てのものを光り輝く橙に染め上げるさまは、恐ろしく己の心を打った。
それは、何千何億という太古の昔からこの世界を見守り続けている星々にとって、この世のものは遍く等しいのだと。
そこに存在する限り、全てのものは己の光を分け与えるのに相応しい存在なのだと。
そう、言われている気がした。




