第十五話 仲間
「時には運も絡むけど、結局は自分次第なんだろうね。そういう試練への立ち向かい方ってやつは。で、もう一度言うけど、これは簡単なことじゃない。物理的に何かを乗り越えるときは体力が必要。それは傍から見て分かりやすいから称賛もされやすい。
一方で試練って目に見えるもんじゃない。何かの組織が社会的にマズいことやらかしたときは、第三者から見ても試練だとは思うけどね。これは例外として、当事者一人一人の心の内なんて第三者に想像は出来ても、本当に理解することは出来ない。
つまり、試練を乗り越えるときは個々人の気力がものを言う」
で、体力と気力は密接してる、と腕を組んで街灯に寄りかかりながら、抑揚無く淡々と言葉が紡がれる。
「体力が少なければ気力も少ない。気力が少なければ体力も少ない。どっちか一方があればいいってもんじゃない。比重の違いだよ」
物理的な山を乗り越えるときには体力が、試練の山を乗り越えるときには気力が大幅に削られる。
「そう考えた場合、組織の試練はある程度人員の多さによって負担が軽減されるけど、個人の試練は個人1人が自分の全てを以てそれを受け止めないといけない。
しんどいだろうね。想像しかできないけど」
そこで言葉を切って、「だから、試練を乗り越えた人は凄いと思うね」と。
少々つっけんどんな言い方ではあるが、これがナハトなりのラノに対する賛辞なのだろう。
それに力を貰って、「つまり」とナハトの言を引き継ぐ。
「社会っていう共同体で生きる生き物である以上、どんなに嫌っても憎んでも、自分を助けるのもまた社会ってことだろ?
確かにラノは凄いよ。副所長に助けられたとはいえ、最終的に立ち上がったのはラノ自身の力だと思うから」
でもさ、これからはもっと、人を頼ってもいいと思う、と本当に言いたかったことを、出来る限り自分の思いが伝わるように、ゆっくりと述べる。
「ラノは、俺たち2人を信用して、話してくれた。こんな世界を揺るがすようなことって今まで誰にも言えなかっただろうし、きっと今まで一人で抱えてきたんだと思う。
だけどさ、俺はまだラノの信頼を完璧に得られてるとは思わないけど、でも、ラノが俺たちを信用に足るって思ってくれてるなら、これからは、俺たちも味方だぜ。
まだ難しいかもしれないけど、話せることはなんでも話してくれ」
なぁナハト、と問いかけると、「まぁね」と首肯が返る。
「オレたちにしかこの話してないのに、マクロプロスに戻ってから隊長がやったって噂が広まりでもしたら、オレたちが犯人だってすぐバレるよね。そんなアホなことはしないから安心してよ」
………………。
いや、なんでそんな保身に走ってることが丸わかりのコメントするんだよ! という怒りの叫びを、思いっきり歯を噛みしめることで「イぃぃイィい!」という奇声に置き換えた。
この男を強制送還したい、と切に願うのも、これで二度目だろうか。
「……ふふ」
そんな怒りの熱を帯びる心を、ふいに涼風のような声が撫でていく。
ふふふ、という柔らかな笑い声はすぐに、ははは、という闊達なものへと移り変わっていった。
ひとしきり笑い終わったあと、ラノが目尻に浮かんだ涙を拭いながら、はー、と一つ大きな溜息を吐いた。
「セスター分かりやす過ぎるってば。ずっと顔に出てるし、何なら声にも出てるよ。特にナハトに関して」
「え、なに」
と怪訝そうにするナハトに対して、「ううん、何でもない」と顔をほころばせながら、ふふふ、と再び肩を揺らす。
「僕だって人を見る目は多少あるつもりだよ。最初にも言ったけど、二人がそんな人じゃないって判断したから、ちょっと話してみようかなって思って。だから、始めっからそういう心配はしてないよ」
そう話す顔は、今までに見たことがないくらい穏やかなものだった。
ラノと言えば、あの明るい笑顔が真っ先に思い浮かぶが、初めてラノ―a―25という一個人の、本当の笑顔を見た気がした。
そのとき、
――ありがとう
という小さな囁きが、鼓膜を震わせた。
俯いたその横顔は、目元が微かに潤んでいて、隊員2名の想いが、1人で抱え続けてきた彼の心に届いたのだと安堵する。
辺りが静まり、涼やかな風が通りを吹き抜けていく。
髪がさわさわと揺れる心地よさを感じながら天を見上げると、通りの向こう、連なる建物の上に広がる空が、水に溶けるように薄っすらと橙に染まりつつあった。
「あ、長話しすぎたね」
同じように空を見上げたラノが、ぐっと伸びをして、「とりあえず恒星が沈む前に任務を終わらせよう」と言うのに同意する。
今度こそ墓星人と異星人の架空の繋がりから始まる長い長い談義に、幕が引かれる気配がした。
「じゃあ少し急ぎ足で行こっか」
そう言って歩き始める隊長を、ナハトと2人、並ぶようにして追いかけて行った。
辿り着いた都市は、ただひたすらに、美しかった。
この地は、“廃墟”とも言い表せる。
かつてこの地を支配した者たちが自らの文明を誇示し、社会と生活をより高みへと導くために造り上げた、天を衝くほどの威容を持つ数々の摩天楼。
しかし、その創造主が滅び去った今。
その外壁は崩れ去り、硝子が嵌められていた格子は、もはや巨体の自壊を早めるためだけに穿たれた黒々とした穴のようである。
ただ滅びを待つだけの、例えようもなく寂寞とした廃都市。
それでも、そこには自然があった。
それだけで、造られたその時より周囲に氾濫し、その内に渦巻いていた創り主たちの矜持・欲望・嫉妬・苦悩・嫌悪・瞋恚・空虚・絶望という暗く重たい感情の呪縛から逃れ。
人のものではない、ただその惑星の一部という存在になって沈み行く赫々とした炎に照らされる古の摩天楼たちの姿は、解放の喜びと高揚をその身で一身に表現しているかのように感じられた。
そしてかつては相容れないものとして反目し、決して交わることの無かった摩天楼たちを、自然が、大地が、この星が共に在る仲間であるかのように受け入れ、取り込みながら一体となって泰然とその地を見守っているようで。
宇宙のとある片隅に現われた、この世のものとも思えぬその情景は、作られたものしか知らない己の心を大きく揺さぶった。
そんな心の内を表すかのように頭上の木々がざわめき、翼を持った鮮やかな色彩の生き物たちが連なって天高く舞い上がっていく。
どこからか、この場所を住処にしているのだろう生き物たちの特徴的な鳴き声が響いてくる。
一つ一つがまるで唯一無二の楽器のような音色で響き合い、合わさりながら大自然の中に溶け込んでいった。
それは、まるでこの美しく荒廃した世界を象徴しているかのようで――。
「“楽園”……」
思わず、想いが零れる。
先ほど、この星の生き物の“生”を垣間見た広場のことをラノが楽園と称したが、ここは人が足を踏み入れることを躊躇わせるような荘厳さと、神秘さを併せ持っていた。
その雰囲気からか、あまり声を出してはいけない気がして、黙々と辺りを歩き回りながら分担して調査を開始した。
自分は頭上に大量に生っていた黄色い房状の植物を、そこら辺に落ちていた樹の枝を使って揺すり落としながら2・3個サンプル用に採取していた。
ラノはやはり生き物に興味を持ったようで、腕を器用に使って木から木へと移動する、少しだけ人に似ている面白い生き物を中心に記録として映像に残しながら、ナハトは目元に装着した自動生態分析端末で動植物の生態を分析したりしていた。
頭上と地面にばかり集中していたから、本当に、何も気付かなかった。
「セスター!!」
悲鳴のようなラノの叫びにはっと振り返った瞬間、身体がふわりと浮かび上がるほどの強い力で横に突き飛ばされ、そのまま右半身が強く地面に打ち付けられた。
「痛って……」
ジンジンと響く鈍い痛みに耐えながら、何とか体勢を整えて数秒前まで自分がいた場所に目を向ける。
「なっ……!」




