第十三話 罪・罰・未来
「ですから、本来は僕が償っていかなければならない過失を、なぜ貴方が負う必要があるのですか!!」
ほぼ叫んでいたが、これにも副所長は怪訝そうな表情を浮かべただけだった。
「君は私の話を聞いていたのかね? 最初に述べたろう、今回の件において君が為すべきことは“反省”のみだと」
「でも――!」
「先刻から思っていたが君は“でも”が多いな」
ちくりと毒づいてから、「私の話をよく思い出しながら考えてみなさい」と言う。
「君はもう、罪の意識を持っている。自身の過ちを認め、心からそれを悔いている。つまり、過ちを犯した者が取るのに相応しい姿勢を、君はもう取っている。
そしてこの先の未来で、君はどうするべきだったかな?」
「……反省して、二度と同じ過ちを繰り返さないように、行動でみんなに示していく……」
「そうだ! 分かっているではないか!」
大げさに褒め上げてから、「理解したかね?」と真顔で問われた。
「はい?」
「どうした」
「……。すみません。よく、分かりません」
若干の申し訳なさを混ぜつつもほぼ棒読みで返せば、逞しい肩と眉をあからさまに下げてかぶりを振った。
「何が分からないのかよく分からないのだが。まぁ良い。端的に述べれば、君はもう今回の件の罰は受けている。よって、これ以上の責めは必要ない。私はそう判断した」
以上だ、と本当に端的に述べるのを聞きながら、「罰を受けているとはどういうことですか」、と疑問に思ったことを率直に述べた。
「君は自分がやってしまったことを大いに悔いている。そして自分を責めているだろう。
それが、罰だよ。自分の趣味やら家族との時間やら何でもよい。自分自身のために何の気負いもなく使われるべき君自身の本来の時間を、君は自分を責めることに費やすだろう。おそらく、長い年月に亘って。
未来に向けるべき意識を過去の失態に向け、自分を責め苛む。それは、想像よりも遥かに辛く苦しいことだ」
何も身体的苦痛を与えることだけが罰ではないのだよ、と静かな声が室内に響く。
「身体の外に受けた傷は時間が経てば痛みが消える。無論、例外もあるがな。
ただ、心に負った傷は見た目には分からないが、その分身体の内に大きな爪痕を残していく。どんな傷に何の薬が効くかは分からない。
自分で、多くの場合は周りの協力も受けながら、治していく」
明確な治療方法がない、見えない傷。
人生において、それは身体の外側に受ける傷よりも遥かに多いのかもしれない。
「また、私は君に、この事件が今後の君の人生にどのような影響を及ぼすか、と問うたな。君は罪の意識を持ち、今後の姿勢にも理解を示し、罰を受けている。
この上さらにどんな責めを負うつもりだった」
どんな。
今までに想像していたのは、事件が公表されて、研究所を追われて、やりたいことが出来なくなって……。
そういったことを述べると、「残酷だな」と言って憐れむような顔をされた。
「事件が公表されれば、君はこの先どこに行っても何をしても今回の事件と結び付けられる。君の人生はまだ始まったばかりだ。例えるならば宇宙船に乗ってこの星を出たばかりなのだよ。
これから未知の世界への大いなる旅路が始まると言うのに、たった一つ、健全な好奇心によってもたらされた失敗で、一人の青年の輝かしい未来が潰える。
これほど残酷なことはあるかね?」
「……でも、あなたの言う僕の未来を守ろうとすれば、あなたの未来が潰える」
言ってから、また“でも”を使ってしまったと密かに反省した。
「私の未来だと?」
上体をのけ反らせて驚く素振りを見せる。
「心配してくれるのはありがたいが、比較するものではない。はっきり言って君たち研究員は社会において無力だ。
特に社会に出たばかりの者は赤ん坊よりも無力かもしれんぞ。赤ん坊は何もしなくとも愛されるが君たちはそうではないからな。
故に過ちを犯せば為す術なく容易に表舞台から追い出される」
しかし私は違う、と語るその声音には、様々な思惑が渦巻く社会を生き抜いてきたことによって培われた、確かな矜持が含まれていた。
「軽く聞こえるかもしれんが、ある程度社会で生き抜くと話せばなんとかなることもある」
話せばなんとかなる? それが通じるなら自警隊はいらない、という諸研究員たちの思いを表情から読み取ったのか、薄く苦笑するように口角を上げた。
「地位や権力で悪事をもみ消せると、そう言っているわけではない。
そう言う輩もいるが、あれらは何のために己に立場と力が与えられたのか、その本質を理解していない。所詮上に立つべき力量でなかった、それだけのことだ。
しかし幸いにも私は人と情報を束ね、組織を共通の目標へと向かわせる運営を行う一員になることが出来ている」
それが重要なのだよ、とのたまう横顔に、迷いは一切感じられなかった。
「人が高みに上ったときに得られるものとして、多くの場合地位や権力、或いは名声といった自己の欲求を満たす正の概念が想像されるだろう。しかしそれらを得た対価として、もう一つ得られるものがある。
それは、己の過ちを己で払拭出来る機会だよ」
小さな失敗程度なら新参者でも己で尻拭い出来るが、大きな失敗となるともうどうにもならない。
上の者が処理をし、下の者は人知れず追いやられるだけだ。
「謝罪と挽回の機会、と言うと負の概念とも捉えられるが、決して悪いものではない。
己で人を動かし、組織を動かし、二度と同じ過ちは起こさないと社会に対して誓い、行動で示していく。
それが上手くいけば、逆境を跳ね返した者として再び名声を上げることが出来るかもしれんな」
だから、私の未来のことを心配する前に君自身の心配をしろ、と。
長い長い訓示の末に、そのように言われても。
心を掻き毟るような焦燥感と、己が己を責め苛む、締め付けられるような苦しみからはどうしても逃れられなかった。
「……でも…………でも!!」
僕のせいで、あなたの名前に傷が付く。
僕のせいで、あなたの努力が台無しになる。
僕のせいで、あなたは人々から後ろ指を指される。
僕のせいで、あなたは後世の人々から誤った評価を下される。
僕のせいで、僕のせいで、僕のせいで……………………!!
胸の内を引き裂きながら吹き荒ぶ自責と悔恨の念で、血を吐きそうだった。
自分が、この時どんな顔をしていたのかは分からないが、こちらをじっと見つめていた峻厳な顔つきが、始めてふっと緩んだ。
「まぁ散々御託を並べてきたが、もちろん異論もあるだろう。
つまり、……そうだな。正直に言えば年老いた老獪の勝手な正義感によるものだ。若者の未来が潰えるのを見ていられなかった、それだけなのだよ。
それで君が申し訳なさなり何なりを感じて自己卑下をしてしまっては、意味がない」
噛んで含めるように、凪いだ湖面のような優しさで、語りかけられる。
穏やかに、諭すように。
悪戯をした孫を優しく諫める、祖父のように。
「だから、今は前を向いて生きなさい。君の好奇心が、いつか我々を新しい世界に連れて行ってくれることを、心から楽しみにしている」
それで、限界が来た。
漏れ出る声と共に、一粒の雫が頬を伝い落ちる。
あとからあとから、堪えていた激情が雫となって零れ落ちるのを、どうしても止めることが出来なかった。




