第十二話 好奇心
若干睨みつけるような形になってしまったが、そんなことはもう構っていられない。
だが、絞り出すようにして問い詰めた声も、長年数多の難事を切り抜けてきた者にとっては痛くも痒くもないようだった。
「先ほど、君は“当然の報い”を受けるに値することを犯したと言ったね?」
「当たり前です! 僕の、僕の好奇心と不注意がこのような事件を引き起こしたのですから!」
「不注意は確かによろしくない。特にこうした最新鋭の設備やら最先端の研究やら命を危険に晒すような任務を遂行する研究所内においてはな」
「……っ」
唇を噛みしめる。
調査する物体は全て慎重に扱わなければならないことなど、子どもでもわかるはずなのに。
そんな簡単なことも出来ないなんて。
――研究員に向いていないんじゃないか。
じわり、と視界がぼやけた。
気付かれないように止めようと、慌てて唇を噛む力を強める。
「ただ、そんな不注意は二度とやらなければ良いだけの話だ。大きな失敗ほど記憶に刻み込まれる。同じ過ちを犯すのに歯止めをかける分好都合だ。若いうちに経験しておけ」
問題は次だ、とぴしりと伸びたブレの無い姿勢で淡々と続ける。
「今君は自分の好奇心までも否定した。好奇心、とは研究を行う上で、いや生きていく上で必要不可欠なものだ。一度失うと取り戻すまでに時間がかかる。
自分が面白いと思ったもの、興味を持ったものを絶対に否定するな」
それは君だけのものだ、と言う芯の通った声が、心地よい風のように心を通り抜けていく。
だけど。
でも。
「でも、僕の好奇心は他者の命を危険に晒した。そんな人に害を及ぼすような好奇心、僕はいらない」
「果たしてそう言えるのかね? 確かに好奇心によっては人に害を及ぼすようなものもあるだろう。例えば、どうすればより効率的に人を殺せるか、などが挙げられるだろうな。
しかし、これは人に害を及ぼすことを前提としたものだ。最早好奇心とは言えない。危険思想だ」
台の上に載せられたままの黒い凶器を見やる。
これは、どのような目的で作られたものなのだろうか。
「君は自分の好奇心を“人に害を及ぼす”と評したが、それが目的ではないはずだ。“害を及ぼしてしまった”だけだろう。危険思想と好奇心を履き違えてはいけない」
誰も、口を挟まなかった。
そこにいる研究員全員が真剣な面持ちで副所長の訓示に耳を傾けている。
「そもそも、好奇心というものは何事かを成し遂げる際の大きな原動力になる。そして大抵の場合、小さいものならばこの限りではないだろうが、より大きなもの、より大きな何かを成し遂げたいと願う場合に、己の力のみでは限界が来る。
必ず、他者の力が必要となるときが来るのだ。つまり、往々にして他者の犠牲を伴うようになる」
無論、私は他者の犠牲を当たり前に感じろと述べているわけではない、と断りが入った。
「他者の犠牲を恐れるあまりに何も出来なくなることを恐れたほうが良い。その過程で、常に他者に謝意と敬意の念を持ち続けなさい。何事かに関わる者たちの犠牲と、第三者による謝意と敬意。
文明というものは、そのような要素を多分に含んで成り立っていくものだ」
きっと、副所長は自分の好奇心で他者を傷付けたことを重く受け止めすぎるな、ということを伝えてくれているのだろう。
だが、心にもやもやとわだかまる黒い罪悪感は、そう簡単に納得してくれなかった。
「でも、でも僕が生じさせた犠牲は己の過失によるものです。そんな大層なものじゃない!」
膨れ上がる罪の意識を無理やりに抑え込んだかのような、じわじわと滲み出す血のように絞られた叫びが口を衝いて出たが、副所長はそれに対しても、「そうだな」と冷静に受け止めた。
「つまり今回の件において君が為すべきことは“反省”のみだ。一人で何かを成そうとした際、己の過失は己に還る。他者と何かを成そうとした際、己の過失は他者にも及ぶ。
己の言動を省み、何が至らなかったのか、何が及ばなかったのか、自己に問い、時には他者にも問いかけ、心身ともに成長してゆく。
それが、社会で生きる、ということなのではないかね?」
こちらに問いかけるような瞳は、歳を重ねて黒い髪が混じるようになった今も、若々しい少年のような光を湛えていた。
「……でも、僕を恨むはずです」
「先ほどの彼か? まぁ、彼でなくとも怪我を負ったり何かしらの不利益を被ったりした者は心中穏やかでない場合が多いだろうな。どのような不利益を負わせたかによって償いの方法というものも変化するが、唯一共通する姿勢がある」
なんだと思う? と問われる。
しばしの黙考ののち、「自己反省……ですか?」と答えると、「ふむ。当たらずと雖も遠からず、と言ったところだな」、と生真面目な顔で返された。
「答えは、心の痛みを持つ、ということだ。罪の意識を持つ、とも言える。当たり前に思うかもしれないが、案外これが出来ない者もいるのだよ。
己の過失を他者に擦り付ける、他者に過失の原因を求める。そのような輩もいる。
罪の意識を持てる者は己の過ちに気付ける者だ。そうした者が、むしろ社会に必要とされているのだと私は考える」
言い換えれば、過ちを自分のものにすることだ、と慧眼の士は述べた。
「罪の意識を持ちながら己を省み、二度と同じ過ちを繰り返さないと心に決めて行動で示す。そうすれば、その心持ちは必ず相手に伝わるものだ。委縮して生きる必要はない。必要なのは、向き合うことだ。
そしていつか、過去に犯した過ちを心の底から愚かしいと思うことが出来たとき、過ちは償うべきものではなく、己を花開かせる一つの種になる」
一度言葉を切り、全員を見渡してから、「そこでだ」と続けた。
「ラノくん。私がここに足を踏み入れたとき、君は酷く動揺していた。そして、今回の責任を負傷した者や周りの貴重な同僚に負わせ、罪から逃れようとすることもなく己の非を認めた。
己の過去に真摯に向き合いながら、いつか訪れる“未来”という名の“罪を贖うためだけの期間”に一人耐える姿は、痛ましいという他ない」
「だから、ご自身が僕の身代わりになろうと⁉」
「身代わり、とは聞こえが良くないな。攻撃の矛先を変えるだけだ」
「同じことでしょう!! あなたはそれが、ご自身にどのような影響を及ぼすかお分かりではないのですかっ!!」
もはや感謝の念というよりも怒りの感情が声に乗って迸る。
あなたは、これ以上僕が僕を許せなくなる原因を、増やすおつもりですか。
そんな自分の憤りに気付いているのか否か、何でもないことのように「はっ」と鼻で笑い飛ばされる。
「やっと話が戻って来たな。自分に対する影響だと? そこまで酷いものでもあるまい。先ほども述べたように別に人が死ぬわけでなし。
普段調査に参加しないにも関わらず、唐突に出向いた上に対象物の扱いに慎重さを欠き、負傷者を出した点に関して言えば不審極まりないだろうな。
可能性の観点から述べると、所長補佐という現在の役目を解かれることも考えられる。しかし過去に誤った指示を飛ばして調査途中の衛星を破壊させた所長もいた。
今回は人の命には関わるが、よほど大きな事件事故でない限りせいぜい減俸か謹慎か謝罪会見、或いはそれら全てだろう。
さもないとキリがないからな」
とくに抑揚もなく一息に話してから、「補足だが、別に今回負傷した彼を軽視しているわけではない。あくまでも私個人の処分に関する主観的な感想を述べたまで」、と付け加えた。




