第九話 真実
「話をまとめると、ナハトの意見は“グレイヴィアンはお互いのことを信じあってない蛮族”で、軽々しく交流しようとすれば、バカを見るのはこっちってことだよね?」
「そう」
「で、セスターは“お互いが協力し合ってた可能性もあって、彼らの性質を決めるのは文献調査の進展を待ってからでも遅くはない”」
「ああ」
「まぁ二人とも合ってるんじゃない?」
また、考えているのかいないのか分からないサラッとした返し。
そういう返答に動じなくなったナハトに「根拠は?」と問われ、「うーん」とまた考える仕草をする。
その目が。
徐々に薄く薄く細められていく。
先ほど一瞬だけナハトに向けた、何かを追い詰め、見透かすような冷たさを帯びる、極限まで細められた双眸。
纏う空気と顔つきが、冷徹さを帯びる。
それは、無害そうないつもの微笑みを湛えたラノではなく。
「さっきも言ったけど、グレイヴィアンが滅んでるんだから実際にどうなるかなんて確かめようがない。
そうなったら彼らのあとにこの世界に残されたとも言える僕たちは、同じく残された情報を頼りに推測していくしかない。
っていう観点から言うと、今までに見つかってる様々な資料からグレイヴィアンは危険だって説を立てるナハトに同意できるし、残された遺物を新しい視点から見たり、未だ調査段階にある資料に期待するセスターの説にも同意できるよ」
「でもやつらは自滅した。言い換えれば自滅するだけの種族だったってことでは?」
「それは自分でも言ってたでしょ。資料の解読で新しいことが分かるのも理解できるって。どうする? そこに“この惑星は侵略されている。みな洗脳された。仲間同士での殺し合いを強制されている”とか書かれてたら」
僕たちの定説が簡単にひっくり返るね、と愉快そうに笑みを深める。
「所詮僕たちは目の前にある情報でしか物事を判断できない。情報として残されなかったことは、存在しなかったことと同じだよ。
だからここでどれだけ僕たちが議論を交わそうと、所詮はただの推測。マクロプロスに定着しつつある説だってそう。
目の前にある情報から“大体こうだろう”とされたある種の事実は、外側を包んでいる“推測”という名のベールを指している、とも言えるんじゃない?」
「え、じゃあラノは、この世の中にある事実は推測の延長線の上に成り立ってるって思ってるのか?」
それには苦笑して「全部が全部そうだとは思ってないよ」と返す。
「今回の件は、今生きてる人が誰も直接目にしてないから、こういうことが言えるってこと。そういう場合は事実と推測の境目が曖昧になる。
同じ資料を目にしても人によって解釈が違う場合ってあるでしょ? ナハトとセスターの説の違いもこれに当てはまる。
同じものを正面から見るか、側面から見るか、背面から見るかの違いって言った方が分かりやすいかもね」
でも逆に大勢の人がある事件を目撃したとする、と普段とは明らかに異なる、一種の近付き難い冷淡な雰囲気を纏ったラノが淡々と述べ続ける。
「例えば、マクロプロスの人々が偶然グレイヴィアンの滅亡の過程を観察していたってことにしようか。
あ、何で助けなかったんだとかそういう突っ込みはなしね。例えばだから。
で、その過程で第三の惑星による侵略とか洗脳とかが無くて、単純にグレイヴィアン同士がお互いを憎み合って殺し合い、滅亡しましたってことが分かった。
そうなったら、これはもう推測じゃなくて一つの事実だよね」
その事象が起こったことそれ自体に対して、推測が入り込む余地はなくなる。
「ただ、困ったことにここでも意見は割れる。
あくまでも例だけど、グレイヴィアンがあの黒い凶器で殺し合ってる映像をデータとして入手できたとするよ。そしたら、ある人はこう思うかもしれない。
“同族を殺すためにこんな残酷な物体を発明するなんて、なんて野蛮なんだ”って。でも、別の人はこう考えるかもしれない。
“なるほど、これで出来る限り効率よく敵を排除するためにこのようなものを発明したのか、賢いな”。
またまた違う人はこう考えるかもね。“敵を出来るだけ苦しみなく死なせるのか。慈悲深いな”とかね」
今のはあくまで僕の推測だよ、だから合ってる合ってないは別として、と言い置いてから、ふと目を伏せて笑みを消した。
「この世界にはね、唯一絶対の真実なんて存在しないんだよ」
その代わりに、人の数だけ事実がある、と。
「今言った例を参考にすると、同じデータで3通りの解釈が出来た。
みんな同じものを見てるのにだよ? しかもこれは今僕が考えたものだから、より多くの人が本当に映像を見たとすると、もっと解釈の幅は広がる」
つ、と上げた顔は未だに表情が無く、無感動に自らが率いる隊員2名を見据える。
「でもね、それらの解釈に合ってる間違ってる、って言う評価は下せないんだ。
いや、全部合ってる、とも言えるのかな。みんな同じ思考をしてるわけじゃない。同じ性格ってわけでもない。だから同じものを見て違うことを感じるっていうのは、まぁ当たり前か。
そして彼らがそれぞれに感じた異なる解釈が、それぞれ一つの事実を形成していく。その事実が、個人個人にとっての真実になる。
だから、万人にとって普遍の真実なんて、存在しないよ」
真理はあるけどね、と口元に笑みを浮かべる。
だが、この世の全てを見透かすような冷たさを湛えた目が、こちらを捉えて離さない。
「で、君たちの意見に戻るけど、今はまだ事実認識の相違って言うよりも、事実に至る前の推測って段階でしかないよね。その上で二人とも資料とか遺物を無視した暴論を唱えてるわけじゃない。って考えたら、」
まぁ二人とも合ってるんじゃない? ってこと、と言って流れるように続いていた声が途切れた。
沈黙が落ちる。
天より降り注ぐ光の暖かさとは対照的な、冷えた空気がこの3人の異星人の周囲にだけ固まっている気がした。
「根拠の説明になったかな?」
しばし隊員2人の顔を眺めたのち、ナハトに問う。
「まぁね。普段何も考えてなさそうな隊長が割と物を考えてるってのは理解した」
「えー、ひどいー」
その一言で、一気に空気が弛緩する。
凝るように周囲を取り巻いていた空気が吹き飛び、緊張の糸が切れる。
自分でも気付かないうちに筋肉に力が入り、息を張り詰めていたらしい。
浅くなっていた呼吸を整えるように深呼吸し、息を吐く。
そっと目を向けると、ナハトにじゃれついているところだった。
頬を膨らませてむくれたような仕草をするラノは、いつものラノ。
だが。
つい先ほどまで見たことのない、知らないラノがいた。
今までラノが隊長をやっているのは、明るさと愛嬌があり、その前向きな思考でメンバーを任務の遂行まで要領よく導いていくことが出来るだろう、と判断されてのことかと思っていた。
もちろん、それもあるのだろう。
しかし、先ほどの人を射竦めるような目と、自らの言の下に配下を従わせ、抵抗を許さない威圧感。
決して大きいとは言えない身体のどこからあのような威厳が滲み出てくるのかさっぱり分からなかったが、なぜラノが隊長を任されているのかは理解した。
明るさ。愛嬌。要領の良さ。そして、冷徹さ。
平時は隊員を鼓舞し、隊の調和を図りながら任務を遂行させていく。
しかし緊急時は常に冷静に多角的な視点で状況を判断し、時には冷徹な判断を下す。
その際、混乱に陥ったり隊の和を乱すような行動を取ったりする者も従わせ、最善の選択をし続けなければならない。
正直に言って、何でラノが隊長なんだろう、と思ったことはあった。
今回のメンバー構成では明るいやつがいて助かった、とは思ったが、明るい奴なんて他にも対銀科内にはいるし、ラノは少々子どもっぽいから大丈夫か? と不安になることもあった。
だが、確信する。
隊長は、ラノしかいない。
多分、このメンバー構成でなくても、より大規模な調査隊になっても、上層部は出来得る限りラノを隊長にするだろう。
無論、明るさや愛嬌など持ち合わせずに常に的確な判断でもって隊を導き、信頼と尊敬を集めているリーダーも多くいる。
というよりも、大多数がそうだと言えた。
それでも、人と人との他愛のない会話に始まる交流は、目に見えない力で人と人を結び付ける。
それは集団という枠組みの中において良い効果をもたらすことは往々にしてあれど、悪い作用を引き起こすことはほぼない。
仮にそのような場合が存在したとしても、その限りなく低い確率を盲信して遥かに多くの利を捨てるような者は元から集団を率いる能力を持ち合わせていないと考えられる。
無くても良いが、あれば加点。
それに冷静かつ冷徹な思考が加われば、文句はない。
つまり。
ラノって、思ってたより頭いいんだなー、と思った。
このように一人で静かに感心していたところに、ぼそりと一言。
「だがオレの当初の質問にはお答え頂けてないが?」
うおぉぉい! 余計なことを!! せっかく重苦しい話が終わったってのにこのクラッシャーめ!! という叫びを腹に力を込めて無理やり抑え付けたら、喉が「キュッ」と変な音を立てた。




