第六話 初日
こうして長い旅路の代償で疲弊しきった、幽霊のような顔の男が二人、サンプルキープケースを肩から斜めに下げて歩くのは、なかなかに薄気味悪い光景なんじゃないかと思う。
いや、正確に言えば先頭を行くラノは怖いくらい通常運転だから、子どもに連れ回される可哀想な男二人、といった感じであろうか。
跳ねるような足取りでラノが先陣を切る。
実にのどかだった。
元はグレイヴィアンの居住地だったと推測される地区に、緑の植物が建物を覆い込み、飲み込むようにして多く繁茂している。
もはや野生に生えたものなのか、街路樹だったのかの区別もつかない樹が、青々とした葉を茂らせて列になるように通りの奥まで連なっている。
恒星の光が天然の照明のように葉の間をきらきらと照らし、頭上に生い茂る木々の狭間から、ほのかな光が幾筋も降り注いでいた。
「あ!」
先頭を行くラノが声を上げた。
「見て! かわいいー」
なんだ、と思って後ろから頭を覗かせたら、白い毛玉のように毛むくじゃらの小さな生き物がいた。
長い耳をピンと立てて、鼻をひくひくさせている。
え、かわいい?
あり得ないくらい毛が生えまくってて気持ち悪くないか? と個人的に思ったのだが、ラノは「データに残しとこー」、と上機嫌で記録レーダーを立ち上げている。
しかし記録を取るのを待たずに、その白い毛の塊はぴょんぴょんと跳ね去って行ってしまった。
「あ、ちょっと待ってよー」
そのまま追いかけようとしたのを後ろにいたナハトが襟首を掴んで引き留めた。
「罠かもしんないじゃん。突発的に行動しないでくれる?」
「あんなかわいい生き物が罠仕掛ける? ナハトじゃあるまいし」
追いかけようよー、と駄々をこねるのにピクリと蟀谷を動かし、盛大なため息を吐いてからぎろりと目を向ける。
「じゃあ正直に言うけどこちとら疲れてんの、暗闇の中に5日間ほぼ同じ体勢でいたから。君がはしゃぎまわってるエネルギーがどこから来てんのか知らないけどもうちょっと隊員の体調気遣ってくれる? 隊長どの」
あとあれはかわいくない、おぞましい、と付け加えた。
疲労からくるイライラなのか、早口でまくし立てる言い方は少しキツいとは思うが、その内容には概ね賛成である。
肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていて、こんなぼんやりと思考の停止した頭では、探索と言うよりただ単に歩き回っている、と言ったほうが正しい。
無駄に疲労が増すだけである。
さすがにラノも反省したんじゃないか、と思ったら、きょとんと首を傾げてこうのたまった。
「え、みんな疲れてんの?」
「「………………」」
頭上でピィーヒョロロロロ、と空飛ぶ生き物がもの悲しげに鳴いた。
*
「んもう疲れてんなら最初からそう言ってよねー。ぼくだって疲労困憊の隊員を無理やり引きずって行くほど鬼じゃないんだからさー」
コロニーに戻って、少し早い夕飯の支度をしている最中である。
自分を除く隊員2名が疲労でぐにゃぐにゃなのを知ったラノ隊長はコロニーへの帰還を決定し、初日は休息に当てようと決めたようだった。
ちなみに食事は飛行艇で食べていたのと同じパック詰めのもので、せっかくだからコロニーの中ではなく外の景色を眺めながら食べようと、今はラノが使い物にならない隊員2名に代わってテーブルやら椅子やらを準備してくれていた。
――やっぱり僕、ダメなのかな
「え?」
何か、ラノが言ったような気がして振り向いたのだが、「ん?」と首を傾げられた。
気のせいだったかと思い、「いや、何でもない」と適当に返した。
倒れた木にもたれかかり、ぼんやりと空を見上げる。
火のような色をしていた。
あるいは飛行艇の中で食べた果物のような、橙。
恒星が沈もうとしているのだ。
マクロプロスの恒星はベレヌスというが、グレイヴィアンたちがこの恒星をなんと呼んでいたかはわからない。
ただ、ベレヌスとよく似た、しかし何かが違うような、不思議な明るさだった。
沈みゆく光が、最後の力を振り絞って赫々(かくかく)と全てを燃え上がらせているようで、あれだけ色んな色彩に富んでいた地上が今や燃え盛る赤一色に染まっている。
グレイヴィアンたちは、どんな思いでこの沈みゆく恒星を見たのだろうか、とぼんやり考えた。
夕食を取ると、闇が辺りを支配する前にそれぞれ寝床に潜り、気絶するようにして1日目を終えた。
次の日、早朝に目が覚めた。
昨日はいつもならありえないくらい早い時間帯に眠りに着いたからだろうか。
立ち上がって大きく伸びをしてからスライダーを動かして扉を開け、外に出る。
ふわりと、新緑の薫りが胸を満たした。
それに交じって微かに香り立つ、果樹の爽やかな甘い香り。
周囲はまだ白々とした明るさで、登りきっていない光のせいか少し肌寒い。
だが、それも心地よいと感じられるほどの清々しい朝だった。
二、三度大きく深呼吸する。
息を大きく吸い込むたびに、寝起きでぼんやりした頭に酸素が行き届き、冴え渡っていく心地がする。
「お、セスター早いねぇ」
おはよー、とラノが軽い足取りで跳ねるようにコロニーから出てくる。
「おはよう。昨日は悪かったな」
あんまり探索できなくて、と謝れば、平気だよ、と飄々とした声が返った。
「今日があるし、なんならまた来ればいいもん」
「また来るって……5日もかけてか⁉︎」
「うん。僕暗闇好きだし、あんま疲れなかったから大丈夫だと思うけど」
そもそも研究員ってそういう仕事じゃない? と言うラノに対して、暗闇に怯えたから自分はこれから事務に従事することにした、とは言えなかった。
そんな会話を交わしていると、ジジジ、という音と共にナハトのコロニーの扉が開き、住人が中からのっそりと姿を現した。
「……うっス」
うわぁ。
朝に弱いのか何なのか知らないが(完全な偏見だが、ナハトは夜型に違いない)、早朝から負のオーラを纏っていて明らかに機嫌が悪そうだし、眉間に皺を寄せている形相は、あたかも視界に入る全ての物を睨みつけているようである。
まぁナハトの機嫌が良いときの方がレアだから今更何とも思わないが。
そんな隊員1名を何とも思わないのか、「よし。三人揃ったね!」と相変わらず上機嫌な隊長がパンッと手を合わせ、本日最初の指令を飛ばした。
「朝ごはん食べてさっそく探索に行こう!」




