第五話 異星
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その美しさを堪能するように、ぐるりと惑星を一周してから昼の時間帯の地域を選んで機体を停めた。
はじめての、異星。
興奮するなと言う方が無理な話である。
ハッチを開けてひょいと飛び降りたラノが、ほぇー、と奇妙な声を上げた。
「すんごいカラフルじゃーん」
色の洪水だねっ、と言って物珍しそうにきょろきょろする。
普段はあまり表情の変化が見られないナハトも、初めて博物館に連れてこられた子どものように、目を煌めかせている。
それはもちろん、自分も同様だった。
5日間、黒と電子光の淡い光しか目にして来なかったため、恒星の光や普段目にする事のない様々な色彩が若干眩しすぎるくらいである。
だが、それを抜きにしても視界いっぱいに広がる鮮やかな色彩は、素直に美しいと思えた。
マクロプロスは、これよりも遥かに少ない色で成り立っている。
人々の髪は白、肌も薄く青みがかった白、瞳は空色。
例外はない。
地域差もない。
全員等しく同じ色彩である。
植物は基本的に白で稀に緑色のものが生える(木の実のみ赤と橙が生える種類がある)。
建物も衣服もだいたい白を基調としている。
そう、マクロプロスは基本的に白いのだ。
それについて単調だとか物寂しいとか思ったことはない。
それが、普通だから。
「いよっし、じゃあコロニー作ろっか」
ラノが隊長らしく指示を出した。
トランジエントコロニーは異星にいる間の居住空間となる小さな住居スペースである。
手のひらサイズに圧縮されたものの中に空気を入れて膨らませればすぐにできる。
中には寝床と机、明かりが完備されていて至極便利な代物だ。
黙々と空気入れでコロニーを膨らませ、楔で留める。
3人分、3つのコロニーが仲良く膨れ上がり、心地よく吹きつけた柔らかい風にパタパタと揺られた。
「て言うかさ」
唐突にナハトが顔を顰めて言った。
「この下にも埋まってるんじゃないの? グレイヴィアンの骨」
死骸の上で寝るとか嫌なんだけど、とぶつぶつ言う。
「えー、そんなこと言ってたらキリなくなーい?」
やれやれ、と眉を下げてラノが反論した。
「2泊3日じゃん。どこ行っても同じだと思うよ?」
それに、と言ってシシシと笑う。
「グレイヴィアンと添い寝とか貴重な体験じゃない?」
「ケッ、気色わる」
ナハトが吐き捨てて、残りの少ない荷物を飛行艇から引っ張り出すのに戻っていった。
それを見送りながら、「セスターも抵抗ある? グレイヴィアンとの添い寝」と、ラノがニヤついて聞いてきた。
「添い寝っていうのやめろよ、気持ち悪い」
まぁ、でも、と続ける。
「そこまで嫌悪感はないかな。ちょっと興味あるし」
「グレイヴィアンに?」
「ああ」
そう、興味があった。
グレイヴィアンが自滅したと発表されてから、マクロプロス人の彼らに対する評価は著しく下がった。
自らの同胞を攻撃し、滅亡に追い込むなど愚の骨頂、せっかく高度な技術を有していたのに、発展ではなく破滅に使用するなど言語道断、何がしたかったのかわからない愚かで野蛮な種族、等々。
以上のことから、今ではマクロプロス全体を通して、「グレイヴィアンは高度な知性を持った愚かな種族」という、一見矛盾しているような認識が浸透している。
確かに、バカだなーとは思った。
だが、単純にバカと口で言うのは、誰にだってできる。
なぜ、そうなってしまったのか、その理由が知りたかった。
お互いの何がそんなに嫌で、滅びるまで攻撃しあったのか。
マクロプロスでは今もその原因について調査と研究が続けられているが、何しろその解明の最重要とも言える文字が、ほぼ解読出来ていない。
グレイヴィアンも電子媒体(映像や音声など)の発明はしていたようだが、それらを稀に発見・発掘出来ても再生出来たものはなかった。
再生を可能にする媒体が何か分からなかったし、これだと思うものを見つけても修理の仕方が分からない。
グレイヴという謎に満ちた惑星を発見してから10年。
我々は、彼らについてほとんど知ることが出来ていない。
知っているのは、我々と非常に似通った姿をしていて、高度な知性を持っていて、そして、自滅した、ということ。
しかし、そんな暗闇を手探りで進んでいるような調査の中で、一筋の光のように道を示してくれているのが、彼らが残した文字だったのだ。
電子媒体に比べて残されている量が圧倒的に多く、主に紙(素材は様々だが非常に薄く、水に弱い。力を入れると破損させてしまうため扱いには気を付けなければならない)や石などに刻み込まれた状態で残されていた。
損傷が激しいものも多くあったが、保存状態が良ければこれ以上ないほどの記録と情報、そして彼らの文明によって培われた歴史と叡智を垣間見ることの出来る宝庫だった。
つまり、彼らについてほぼ全てと言っても良いほどの情報が記されている文字の解読が出来なければ、グレイヴィアンそのものについての研究はこの先もあまり進展しないと言っても良い。
残念ながらその解読の成果はあまり芳しくないようである。
だが、今自分は彼らが生きた同じ場所に立ち、同じ風景を見て、同じ空気を吸っているからこそ、感じることの出来るものがあるのではないか。
彼らの思想を、感情を、行動を。
何を思い、何を感じ、どのように生きようとしたのか。
研究員としてではなく、同じ宇宙に生きる一生命体として、知りたい。
彼らは、滅びたかったのだろうか。
本当は滅ぶつもりなんて、なかったんじゃないか。
そのような思考に沈んでいたとき、「ねぇ」という声に一瞬で現実に引き戻された。
ラノがその場でジャンプしたりうろうろと歩き回ったり、いかにも落ち着きがなさそうにしている。
「ちょっと周辺歩こうよ」
同意を求めながらも、今にも一人でどこかに走り出しそうな勢いである。
いや、さすがに今日は暗くなりそうだし、とかいう柔らかめの断り文句を考えながらふと見やると、大きな丸い目がジッとこちらを見つめていた。
その双眸を、相手の心を見透かすように徐々に細めながら、「2泊3日しかないし、時間の有効活用」と悪戯っ子のような笑みをニッと浮かべて、我らが隊長がのたまった。




