第二話 メンバー
インカムをオンにしながら機体の左側面上部にあるスイッチを入れると、しつこく催促してきた無感動な音と入れ替わりに、陰気な独房内の空気を一新するような明るい声が響いた。
「ラノ―a―25よりセスター―b―26。こんにちは、セスター。調子はどうかな?」
「こちらセスター―b―26。俺は宇宙を理解した」
弾むような問いかけに半ば投げやりに応じると、ふはっ、と吹き出すように笑われる。
「良かったじゃん!」
何かを勘違いしたままの頭でっかちにならなくて、とさらりと毒づかれた。
まぁな、と軽く受け流しながら気になっていたことを問うてみる。
「お前ずっと元気だよな。黒しかなくてつまんないとか思わないのか?」
「別に?」
暗闇って落ち着かない? とラノ―a―25がのたまう。
今回の調査隊メンバーの一人、ラノ―a―25は人数が少ない研究所の同期で、持ち前の明るさと前向きな思考は自分の後ろ向きになりがちな思考に歯止めをかける良い存在でもある。
故意か無意識か、若干シビアなコメントを発することもあるが、自分とは異なる視点から、しかも現在の状況をうじうじせずにカラっと捉える存在と話していると、沈んでいた気分が浮上してくるのを実感する。
「落ち着くっつーか……。むしろ圧迫に近くないか?」
「そう? 暗いところって色々忘れられるから好きなんだよね。だからあまりなんとも思わなかったけど」
「……へぇ」
“暗い”のレベルではないと思うのだが根本的に感じ方が異なるらしく、わざわざ指摘するのは止めた。
「まぁもうちょいっぽいし、闇に包まれた貴重極まりない旅を楽しもー! って感じで」
安否確認は終了ね、と唐突に本来の目的に戻る。
調査隊は気晴らしと安否確認を兼ねて定期的に連絡を取り合う。
初日や2日目あたりは無駄話をしていたが、景色も変わらない中では話の種もすぐに尽きる。
3日目からは規定にある安否確認の時間に軽い雑談をするに留まっている。
「じゃあナハトに連絡よろしくー」
じゃあねー、と言って一方的に切れた。再びコックピット内が無に等しい静寂に支配される。
ラノはやるべきことに関しては非常に淡々としている。
明るさと、愛嬌と、要領の良さ。
そこら辺が評価されて今回の調査隊の隊長に任命されたのだろう。
子どもっぽいところはあるが。
はぁ、と嘆息して残りの一人、ナハトに渋々繋げる。
操作する手が隕石のように重い。
ザッ、と雑音がして繋がる気配がした。
「あー、セスター―b―26よりナハト―j―26。いつもの安否確認なんだけど」
何か変わりはあるか? と問うと、心底だるそうな声に遮られた。
「こちらナハト―j―26。変化なんてあるわけないことくらい分からないかな」
今にも舌打ちしそうな様子で、ため息混じりの答えが返る。
「あー、そうだよな」
「ちょっとは質問の内容考えて欲しいんだが」
「……あはは、悪い」
とか謝りながらも自分は規範に沿ってマニュアル通りの質問をしているだけなのに、なぜ怒られているのだろうか、と至極当然の疑問が頭に満ちた。
ナハト―j―26。
ラノと同じく仕事面においては非常に有能であり、同期の中でもその実力は抜きん出ていると思う。
だが残念なことに、明るさと愛嬌が可哀想なくらい欠けていた。
いつも何やら機嫌が悪そうだし、忙しいから話しかけるな、話しかけたらコロス、というオーラを身に纏っている。
加えて目の下にある常に消えないクマが、研究所勤務という職業と合わさってマッドサイエンティスト感をこの上もなく醸し出してしまっていた。
正直調査隊のメンバーに選ばれたときは天にも昇るほど嬉しかったが、ナハトと一緒だと知ってそのまま地に叩きつけられた気分だった。
今回の調査隊の構成員はラノとナハト、そして自分の男三人衆だが、ラノみたいに明るく、メンバーを纏められるやつがいなかったらこの調査隊は様々な意味で空中分解していたと思っている。
「操縦っつってもほとんど直線飛行のはずだが? なんでずっとコックピットにいなきゃいけないのか謎。無駄な体力消耗。オート操縦の意味を問う。これは帰還したらすぐに意見書を提出すべき案件。調査員の精神衛生における安全面を確保するために機体の改造を要求する。あと食料もなんで……」
普段怖いくらい人と喋らないため、いるのかいないのか分からない気体みたいなやつだが、やはり周りに人がいないという闇の孤独にやられたか。
ありえないくらい饒舌に喋る。
ボソボソと独り言のようだが。
「そもそも娯楽が無いのがあり得ないんだけど。この正面ホロウィンドウに暇潰しのゲームとか搭載可能だろ。それくらいパイロットの精神衛生を考えればわかるはず。あと……」
どうやら怒りと不満が溜まっているのはナハトも同様らしい。
延々と続く飛行の問題点を列挙した独り言のようなお小言を、あー、とか、そうだなー、とか適当に相槌を打って聞いていた。
「どうせ暗いならプラネタリウム機能とかあればより快適な、」
ぷつり、と苦言が止まった。
通信が切れたのかと思って接続状態のランプを見ると、まだ点灯している。
「ん? ナハト?」
「……」
「おい、大丈夫か?」
久々に喋りすぎてバテたのかな、とか思いつつラノと研究所本部に「ナハトが死にました。死因は急激な興奮による模様」と連絡するのを想像すると、少し笑えた。
「おいナハト? 聞こえてんなら返事してくれ」
しばらくして、ボソリと一言だけ返ってきた。
「……前」
「なに?」
「前見なよ」
不審に思いつつも大人しく前方を見やる。
そこには、小さな点があった。
闇に一ヵ所だけ針を刺したかのように、ぽつんと光っている。
一瞬ホロウィンドウの光か何かかと思ったが、明らかにそれよりも鮮やかで、瑞々しい光。
正面と左右のホロウィンドウの表示を消すと、漆黒の闇の中、進む機体と比例するように青、緑、白の美しい色彩がその存在を強く放つようになる。
まるで、深い深い落とし穴の中から見上げた、外の世界のようだった。
開いたままの口から、感嘆の声が漏れ落ちる。
何らかの媒体を通して何度か見たことはあった。
だが、佇まいや在り方、迸る鮮やかな光、刻々と変化する細かな自然現象など、直接相対相対することでしか感じられないその惑星の確かな脈動が、 何にも遮られることなく自身の眼を通り抜け、身体の隅々にまで刻まれていく。
その衝撃は感動という名を伴い、心を大きく揺り動かした。
ザッ、という雑音と共に「みんな、見えてる⁉︎」と、声だけでも興奮しているとわかるラノが加わる。
「見えてる」
「同じく」
同意するナハトの声も、心なしか少し弾んでいるようだった。
「だよねぇ! すんごい綺麗!!」
ラノもはしゃぐ子どものような調子で応じながら、うーん、と伸びをして「やっと、今回の目的地に到着だよ!」と告げる。
長旅ご苦労さん、と隊員を労わるように微笑む気配がした。




