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楽園  作者: 雨宮寿霖
とある星
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第一話 闇


 

 コックピット全体に「ポン」という小気味良い電子音が響き渡った。




 

 視界の隅から隅まで広がるホロウィンドウ。


 そこに表示された青いブリップが、点滅していた。






 その青い点に向かって、自身の機体を示す赤いブリップが引き寄せられるように少しずつ少しずつ近づいている。






 目的地まで、あとわずか。





 


 そう認識すると共に、疲労と安堵がごちゃまぜになった息を大きく吐いて、セスター―b―26は操縦席にもたれかかった。




 そのまま首の重みに従うように横を向き、窓の外を見やる。








 コックピットにはキャノピのほか左右にも小さいながら窓がついているが、故郷の星、マクロプロスを飛び立ってから約5日間、まったく同じものしか映していない。






 闇。闇。闇。





 どこまでも果てしなく続く漆黒の闇である。



 





 出発した当初は、何かの衛星や近場の惑星などの近くを飛ぶこともあるだろうし、見たこともない世界に興奮して眠れないだろう、と考えていた。





確かに眠れなかった。







 だがそれは未知の世界に興奮する遠足前の子どものような生やさしいものなどではなく、闇という未知の世界に四方八方を支配される恐怖からくるものだった。








 もともとコックピット内の明かりは、ホロウィンドウと各種操縦桿を縁取る目印の淡い光しかない。

 



 それでも燃料を削減するため、睡眠時には補助灯以外は全て落とすようにしている。


 だが、補助灯の光なんて今まさに自身の周囲に広がる圧倒的質量の宇宙の闇と比べたら、まさにあってないようなものである。







 初日の就寝時、今にも消えそうな小さな光を見て孤独感や寂寥感(せきりょうかん)(あお)られるくらいなら無くても良い、と補助灯を消した、その瞬間。








一瞬で、自分を見失った。


物理的にも精神的にも。








 あるはずのキャノピや両小窓が消え、コントロールパネルやディスプレイ、操縦桿各種、そして眠るために倒した操縦席が、消えた。





 上下左右という概念が無く、重力さえも存在しないかのような漆黒の世界。





 そこに唐突に放り出され、自分の身体の輪郭と闇の境目が一体化し、自己の存在が失われていく感覚。








 声無き悲鳴をあげて3秒と持たずに点け直したのだが、それ以来死んだあとはこういう世界に行くのだろうかという思考が頭の片隅に居座り続けている。










「……思ってたのと違いすぎるだろ」


 小さな密室の中でぼそりと呟いた声は思っていたよりも大きく響いて、消えた。




 この機体の搭乗者は自分一人であるため、何か反応が返ってくるということはない。








 このように、「帰りたい」「なんでこんな目に」「ヒマ」「しんどい」「ダッッッル」「何もしてないけど疲れたー」等々、割と怨嗟(えんさ)の比率が多めの独り言を呟きながら闇を眺める日々がかれこれ5日、続いている。





                   *






 マクロプロス立研究所の対外銀河系調査科|(対銀科)に所属したのは数年前、規定の学業を全て修めてすぐのことだった。




 新入りの頃は先輩が調査先である様々な惑星や衛星、星雲から持ち帰った物質を細かく調べて報告書に纏め上げるのが主な業務で、もちろんそれはそれでやりがいがあった。






 自分も皆もまだ知らぬ、果てしなく広がる宇宙が持つ神秘の解明に加われている、という自負。


 そして何よりも、最新の調査の一端を担うことで、宇宙に関する新旧の知識を常に吸収することが出来たからだ。









 その中でも宇宙船に乗って実際に他の星に実地調査に行くことは、所属の若手所員や対銀科志望の学生、最近では多くの子どもにとって憧れの的である。






 数年の間、帰還した先輩たちがデスクに腰掛けながら、あっちの惑星はどんなでこっちの衛星はどうだったとか、あの美しい星雲をみんなにも見せたいよ、などと飲み物の入ったコップ片手に得意気に語るのを一番と言って良いほど近くで聞いていれば無理もない。






 お土産話を語る彼らは(たまに自慢話の比率が高くなり鬱陶(うっとう)しくもなったが)、皆死地を乗り越えた偉大な冒険家のように眩しくて、かっこよく見えたのは事実である。






 実際に自分は子どもの頃、対銀科に所属していた叔父が語る、まるで物語のような、少年の冒険心をくすぐる活動内容を聞いて同じ道に進みたいと心に決めた。





 いつか自分も、という目標を持って必死に勉強し、目を回すような倍率の試験を突破して対銀科への所属が決まったのだ。








 だから、対外調査の任務が下ったときは歓喜と逸気のあまり身体が(うず)いて仕方がなかった。








 早く、宇宙に行きたい。



 早く、叔父や先輩たちが言っていたあの心躍るような光景を、自分の目で見てみたい、と。









 こうして少年時代から抱えていた宇宙への好奇心と憧れ、そして解明が進んでいるとは言えまだまだ多くの危険を伴う星外調査活動に自らの身を投じたのだ。





 確かな成果と共に再びこの星の大地を踏むかつての叔父と先輩たちへの羨望(せんぼう)を引っ提げ、今度は自分が後輩に憧れを持たれる存在になろうという、意気揚々とした決意と共に。








 しかし。








 当初の威勢は何処へやら。





 もう調査とかどうでもいいわ、という絶望的な思考に心を支配されている今、全てを放り出して一刻も早く帰りたかった。





 先輩に軽蔑の目を向けられるのは少々耐え難いが、死の世界さながらの環境に長時間身を(さら)して精神的におかしくなる方がよっぽど悪い。






 後輩からの羨望云々(うんぬん)というのは割と初期の段階に捨てた。








 これから先は研究所で雑務を(さば)く業務だけでいいから明るい色をとにかく網膜に焼き付けたいし、この何もできない棺桶のような場所から脱出して全身で光を浴びたかった。











 機内での娯楽は主に食事である。



 種類はかなり豊富で、パック詰めにされた前菜・主菜・副菜や新鮮な果物を含むデザート、飲料水などが合計で30種類ほど積み込まれている。






 今回は何にしようかと後方の小型コンテナの中を物色し、操縦席のサイドポケットに収納された小型のテーブルを引っ張り出して、その上に並べた献立を眺めるのが唯一の至福の時と言っても過言ではない。






 動漫画アニコミックや小説は勿論(もちろん)のこと、対銀科から支給された調査用のデバイス以外の電子機器の持ち込みも緊急時の行動の妨げになるため、コックピット内に持ち込み禁止である。






 あとは血流が滞らないように操縦席の背もたれを(たた)み、スペースを確保しながら行う軽い運動も娯楽に入れようと思えば入れられるだろうか。









 今回が自分にとって初めての星外調査であるとはいえ、事前講習も十分に受けていたのだ。




 そこで講師が過去に先輩たちが行った星外調査時の飛行映像を示しながら、「宇宙は何よりも孤独との戦いである」、と言うのを鼻で笑い飛ばした自分を殴りたかった。







 甘かったのである。







 テキストに(かじ)り付いて勉強しただけで世の中を知ったつもりになっていた、ただの青二才だった。






 本当に、「つもり」だったのである。






 知っているつもりだった。

 宇宙は暗いと言うことを。







 子どもの頃に読んだ物語の世界みたいに、(きら)めく星々や色とりどりの惑星、そして視界いっぱいに広がる銀河の中を縫うようにして進むような、美しく幻想的な世界では無いと言うことを。








 そして初めて、理解した。


 自分と漆黒の闇とを隔てるのは、いっそ薄いとも言える機体の外壁のみであると言うことを。







 何か一つでも過ちを犯したら、一つでも不具合が生じたら、それは驚くほどの速さで“死”に結びつく。





 外に広がる“闇”という名の“死”に、一瞬で飲み込まれるのだ。








 頭で分かっていることと、実際に理解しているということは天と地ほども違うというのをまざまざと思い知らされた。








 無論知識はどんな時でも必要だが、一度はその身を以て経験しなければ物事の本質には辿り着けないのかもしれない。





                  *






 そんなふうにして半ば哲学的な思考に陥りながら己の小ささに意気消沈していると、ふいに「ポーンポーン」という間延びした電子音が鼓膜を振動させた。



 そういえば、もう一つ娯楽と呼べるのかわからないが、気晴らしはある。



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