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楽園  作者: 雨宮寿霖
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第三話 祖国

!今回もグロ描写多めです!

 同僚が落ち着いてから、辺りを歩き回ってみた。


 銃火器が火を噴く音は聞こえないから、もうこの破壊をもたらした者たちは近くにはいないのだろう。

 辺りを歩き回る、とは言っても広場の周辺を少しうろついただけだった。



 まだ自国の民の生存者がいるかもしれない、という思いはあった。


 だが、地獄よりも地獄のような惨状にはさすがに慣れることは出来ないし、空気を吸い込むたびに鼻腔(びくう)を通る生臭さと鉄臭さに肺が悲鳴を上げて胸やけを起こしており、ここから一刻も早くここを立ち去りたいという生理的欲求の方が圧倒的に勝った。

 


 ぐるりと首だけで周囲を見回してみる。

 そうすると、元の形のまま残っているのは広場の噴水だけだということに気づいた。

 


 空を区切るかのように張り巡らされていた電線は所々で断ち切られ、至る所で青白い火花をバチバチと散らせていた。


 建物は燃えている物も何軒かあったが、ほとんどは潰れてしまって原型を留めていなかった。

 

 その上に折れた木やらどこからか飛んできた瓦礫(がれき)やらが積み重なって、もとは人の住居だったと言われるよりも、廃材置き場だったと説明される方が納得できる気がした。

 

 広場から延びるメインストリ―トにも逃げる最中だったと思われる人々が、折り重なるようにして(たお)れていた。

 彼らも、広場で(たお)れていた人々と同じような状態だった。

 


 このままこのメインストリ―トを、半日前までそれぞれの人生をそれぞれの形で懸命に生きていた同胞たちの(むくろ)の中を、歩いていく勇気など持ち合わせていなかった。

 よってメインストリ―トの先にある国の正門ではなく、その丁度反対にある第二門を目指すことにした。




 第二門付近は田畑が広がっており、人家もまばらなため電柱や電線が少ないため、遠くに霞むようにして(そび)える雄大な山々が視界いっぱいに広がるさまを堪能できる、ちょっとした名所になっていた。

 

 あんな凄惨な光景を目にしたのだから、自然を見て少しでも心を落ち着かせて心の均衡を保とうという彼らの切羽詰まったささやかな願いは、これ以上ないほど最悪な形で裏切られることになった。

 



 軍本部の裏に回ってすぐ、数十メ―トルも行かないうちに、木の後ろか両脚が出ているのが見えた。もしかして休んでいる生存者がいたのか、と少しの期待をもって木に駆け寄り、裏を覗いた。

 


 脚だけだった。

 


 上半身はどこにいったのかわからない。だが、そんなことよりも、この両脚が履いているものの方が問題だな、と少しずつ思考を停止しつつある頭でぼんやりと思う。


 この両脚は、今自分が履いているものと同じ国軍の第二制服を(まと)っており、式典などで着用する第一制服とは違って日常的に身に着けているものである。


 そして軍靴はこの国の軍特有の意匠で、トップエンドに名前が銀糸で刺繍されている。

 


 半日前まで、同じ屋根の下にいた人々のうちの誰かだとは、考えなくても分かった。



 もしかしたら今朝も言葉を交わしたかもしれない人、もうない上半身、そして一歩間違えればそこに転がっていたのは自分だったのかもしれないという事実。

 


 人間の脳みその高度な情報処理能力によって、ほんの一瞬でそれらの事実に至り、今度は自分が吐く方に回った。


 吐いても吐いても、鉄分を含んだ生臭さは鼻から抜けてくれない。どんなに頭を振っても、視界には常に肉塊が入り込んでいる。

 

 この場で生きている人間は自分と同僚しかいなかった。




 やがて、おかしいのは自分たちの方なのではないか、と錯覚し始めた。


 もう、ここでは「死」が普通で、生者である自分たちが入り込んでいい場所ではないのではないか。だから、本能的に身体が嫌がって吐いているのではないか。

 

 荒い息を吐きつつ、この場における自分以外の唯一の生者にふと目を向けると、彼は木に寄りかかって座っていた。それだけならまだ良い。

 


 だが、その目が異常に(うつ)ろだった。



 大きく見開いたまま、地面の一点だけを凝視している。


 その(ひび)割れたような瞳は何も映していない。

 ただただ、瞬きすらせずに一点だけを見つめていた。


 唇まで蒼白くして、だらりと手足を投げ出しながら座り続けるその様は、命の気配が途轍(とてつ)もなく希薄であった。言ってしまえば、血色良く作られた人形の方がまだ人間味があるというものである。

 


 ぞっとした。 



 このままだと、このたった一人残った同僚さえも向こう側へ連れ去られかねない。


 そう判断して同僚を無理やり立たせ、名前を呼び、励まし、叱り飛ばし、懇願し、半ば引きずりながら第二門を通って国を出た。

 




 国を出るとき、思わず後ろを振り向いた。生まれ育った祖国である。

 もしかしたら、もう二度とこの地を踏むことはないかもしれない。


 そう思って故郷の景色を目に焼き付けようとしたが、目に飛び込んでくるのは、同じ制服を着た人間の(むくろ)ばかりだった。


 かつて人間だったもの、あるいはその一部。

 あたりに漂う胸糞悪い生臭さ。


 口を開けたままの(むくろ)からは、今も断末魔の絶叫が上げられ続けているかのような幻聴が聞こえる。

 


 これが、祖国の最後なのか。

 


 今まで世界中で滅んでいった国は数多くある。どこそこが滅亡した、と聞いても特に何の感情もなく、また敵が減ったな、と機械的に思うだけだった。

 

 だが、祖国の滅亡とは、家が無くなること、帰る場所が無くなること、自分のアイデンティティを構成するものの一つが無くなること、そしてそれは、自分というものの輪郭がぼやけることでもある。



 自分は、どこの、誰なのか。



 それを規定する術を失った今、もはや荒野に彷徨(さまよ)い出るしかない。

 



 死人のような同僚に肩を貸して、死を引き剝がすかのように、断末魔を断ち切るようにして前を向き、荒野を進み続けた。

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