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楽園  作者: 雨宮寿霖
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第二十五話 金




「今日ね、がっこうでね、へいたいさんのことならったんだよ!」

 






 今年で7つになった息子は、教会に併設された学校に通わせていた。









 聖職者が教員を務めるため、学問と道徳を両立して学びながら成長できる。




 この村で唯一の学校だから、この村の大人たちは全員そこで学んでいた。

 











 息子の様子から察するに、兵団に加わって村の人々を守る大切さと今現在も任務に励む兵士たちの勇壮(ゆうそう)さを教わったのだろう。












「そうか! 素晴らしいじゃないか! それで、神父様はなんて言っていたんだい?」



「あのね、ぼくたちにはかみさまがついてるから、だいじょうぶだって。かならずかてるって」



「ああ、そうだな。神父様の言う通りだ。神は常に我々を見守ってくれているんだぞ」

 











 それでね、という息子の目は期待と希望できらきらと(きら)めき、その日一番の輝きを見せる陽の光を全身に受けた姿と相まって、まるで世界が息子の未来を祝福しているかのようだった。
















「しんぷさまはね、ぼくたち()()が、いつもかみさまを()()()しんじてるんだっていってたんだよ。だから、ぼくたちがたたかうのは、正しさをまもるためで、だから、ぜったいにまけることはないんだって!」

















 そう得意気に話す息子を見て、学校ではここまできちんと物事を教えてくれるのか、と感心した。






 その後も兵団に属するこの村出身の兵士の活躍ぶりを、神父様から聞いた興奮そのままに伝えようとしてきて、聴いているだけで自然と顔がほころんでくる。














 ここら一帯の村々には、国の中でも有数の食物生産地である。



 村によって小麦やとうもろこし、じゃがいもなどを育て、属する州に収穫した内の一定量を納めている。










 国としてもわざわざ諸外国から食料を輸入したりせずに済むのは大きな強みで、他国から経済的制裁を加えられて食べ物が手に入らなくなる、ということもない。










 つまり、食料生産を担う村の働き手がいなくなるというのは、国全体の存亡にも大きく関わりかねないのだ。









 よって村々の男たちに課されたのは戦地に赴く義務よりも、それぞれの畑仕事を怠らずに確実に食物を生み出す責任だった。















 しかし、村出身であるとは言え畑仕事をこつこつ行うより、戦地でその力を発揮する方が遥かに性に合う、と言う勇猛果敢な人物が存在するのもまた事実である。







 そうした例を考慮して、各村々で1年に3人までなら兵役に従事する者を出しても良い、という法令が出されていた。








 そのため、この村から兵士となって人々を守りたい、という(こころざし)高い者が現れたら、その者はまずこの村も属する地方兵団に入団する。







 そこで武功を立てれば中央兵団へ、最終的には精鋭が集められた王立騎士団に招聘(しょうへい)されることも夢ではない。

 














 この村からは、過去に中央兵団の連隊長を務めた者を輩出した。




 息子が将来兵団に入団したいと言ってきたら、戦地に送り出してしまうことへの心配が勝るだろう。

 












 だが、多くの武勲(ぶくん)を立てて人々に尊敬され、貴ばれる人間になれば親としてこれほど鼻が高いことはない。


 










 そうなるためには、学校だけでなく家庭でも親が言い聞かせることでその日の教えに深みを持たせ、親と対話することによって子ども自身に思考を促すことで器の大きい人間に育つのだろう。















 そこで足を止め、息子の目線と同じになるように屈み、その小さな両肩に手を置いた。








「今日はとても大切なことを学んだね。私たちは、私たちの大切な信仰と、私たち自身を守るために戦ってるんだ。ここにいる皆がいなくなったりしたら、嫌だろう?」

 




 そう問いかけると、神妙な顔で頷く。










「それに、よく考えてごらん。人間は、何から進化したか知ってるかい?」



「知ってるよ! さるでしょ?」








 自信満々に答えるのに大きく頷きを返す。








「じゃあ猿はどんな毛の色をしている?」



「うーん……。ちゃいろとか、くろとか?」











「そうだ。色々あるが、そこに“金”はあるか?」







「え? きん?」






 驚いたようにそう言って、可笑しそうに笑いだす。








「きんはいないよ。だってそんなピカピカした色してたらすぐにほかのどうぶつにねらわれちゃうもん」











「そうなんだ。金はいないんだよ。それなのに、私たちの敵は金色の髪をしている。変だと思わないか?」












 これは、ある程度の大人なら考えればすぐに分かることなのだ。









 猿から進化した人間があのように異様な色をした毛を持つことなど、あり得ないのである。














 こうした当たり前のことに気付かない愚か者が、この世界には多すぎた。














 しばし押し黙ったのち、「うん……。へんだね……」と答えた息子の声は、学校の宿題で難しい問題にぶつかった際に、自力で答えを導こうと深く考えを巡らしているときのものと同じだった。










 幼いながら世の中に蔓延(はびこ)る不合理に触れ、その黒々とした大きな瞳が疑問と混乱に揺れるのを見て取って、少し苦笑する。











 無理もない。











 あいつらは、真っ当に、敬虔(けいけん)に生きてきた我々からすれば、全く理解できないことをしたのだから。






 それを年端も行かない息子が初めから理解出来ようはずがない。












 そんな奴らの不合理な思惑さえも一度大きく呼吸することで抑え込み、息子の瞳を真っ直ぐに見つめる。








「奴らはね、神になろうとしているんだ」




「かみさまになる⁇ どうやって?」





 きょとんとした顔で息子が問うた。












「この世界は神がお創りになっただろう? だから、ゼロから何かを創り出したり生み出したり出来るのは、神だけなんだ」










 息子に語り聞かせていくにつれて、腹の底から沸々(ふつふつ)と怒りが湧き上がるのを感じる。











 神が我らをお創りになったのに、その尊い存在になろうとするなど……。




 あいつらと同じ人間だと言うだけで、己の存在そのものすら恥ずかしくなって神に顔向け出来ない。













 まるで噴火直前のマグマのように、考えれば考えるほどはらわたが煮えくり返る。



 己の内圧を下げるように一度大きく息を吐き出してから、改めて息子に向き直った。

















「奴らはね、山から採って来た怪しい植物とか鉱物とか液体、それにどこから手に入れたのかも分からない物を使って、実験を繰り返してるんだ。


 そして石を金の(かたまり)に変えたり、箱の中で小さな宇宙を創ろうとしたり、噂によると神がお創りになっていない、新しい生物を創ろうともしているようなんだよ。


 そんなこと、人間が出来るはずはないのに」


















 話しているうちに苦々しい思いが込み上げて来て、自分が苦い薬でも飲んだときのような渋い顔をしていることを自覚する。





 少々難しい言葉を使い過ぎてしまったようで、息子は眉間に(しわ)を寄せて考え込んでいた。













 それでも、「つまり、あいつらはやってはいけないことをやってるんだね?」と理解して見せたのだから、やはりこの子は賢いのだろう。














「そうなんだ! 奴らは何百年も何千年も前から、ずっとそう言ったことをしているんだよ。


 そんな得体の知れないものに触れて、恐ろしい実験を何回も何回もやっていたから、髪も瞳もあんな風になってしまったんだ」














 そう締めくくると、息子は瞳に憐みの情を浮かべながら「うわぁ~」と明らかに嫌悪を(にじ)ませた声を発した。









「どうしてあいつらはそういうことをしちゃったんだろうね」



「さぁなぁ」










 そればかりは本当に分からない。



 奴らが何を思ってあのような不遜(ふそん)極まりないことを始めたのか。








 だが、その謎だらけの問題の中でも、一つだけ確かなことが言える。
















「でもな、だからこそ、奴らは我々が救わなければならないんだよ。目を覚まさせてあげるんだ」













「そっか! ぼくたちは、今でもちゃんとかみさまにおいのりしてるもんね」



「その通りだ。私たちは常に正しく神を信仰していて、正しい生活を送って来た。ほら、今年も収穫だろう? これは神が私たちをお認めになっている証拠なんだよ」















 辺りを見回せば、風に吹かれて海原のように波打つ小麦の穂が、どこまでも続いている。










 それを嬉しそうに見渡した息子が、「ぼくたちは正しいほうでよかった」と上機嫌で言う。














「そうだな。そして正しい方である私たちが、間違っている奴らを正さなければならないんだ」




作中に人種差別と捉えられる表現があるかと思います。

ですが、作者は人種差別に断固として反対し、全ての人類が平等な権利を持つ世界を望んでいます。


本作はそうした差別や偏見のない世界を形作る一助として書いたものでもあり、当該表現に物語を進めて行く、という以上の意味や意図はございません。

ここに表明いたします。

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