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楽園  作者: 雨宮寿霖
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第二十四話 緊張

 



 その村の中を通る小径(こみち)は長年人によって踏み(なら)されなくなったからか、風が吹く度に砂埃を上げていた。






 小径の両側には木で出来た柵があり(ほとんど朽ちていた)、その向こうには荒れ果てて草叢(くさむら)のようになった田畑の跡がいくつも広がっていた。









 また、多くは崩れ去っていたが、石と漆喰(しっくい)で固めた壁に藁葺(わらぶ)きの屋根が乗った家が何軒か形を留めており、それらが村全体に広がる草叢とその隙間を縫うようにして走る小径の間を埋めるように、点々と(たたず)んでいる。














 そんな廃村とも言える土地にも春は訪れていた。




 村の手前にある小高い丘の中腹からもそれは確かな色彩を伴って見られたが、始めはそれの正体が分からず、石畳で出来た区画を赤い塗料で塗るのが特徴の村なのかと思っていた。












 だが徐々にその村に近づくにつれて、軽やかさを持つ甘い香りが鼻先をくすぐっていく。

 








 そして村の中に足を踏み入れた瞬間、圧巻とも言える光景が視界いっぱいを埋め尽くした。






 赤い塗料だと思っていたものの正体。














 それは()毛氈(もうせん)を敷いたように辺り一面に咲き渡る、雛罌粟(ひなげし)の大群だった。















 草叢(くさむら)だけでなく、小径(こみち)の両側に、民家との接地部分に、そして瓦礫(がれき)の周囲やその中からも顔を覗かせるようにして、ふんわりと花弁を広げた赤い花が風に揺られながら邪気のない子どものように、のびのびと見事に咲き誇っている。
















 春の(うる)むような紺碧の空を背景に、生命の力強さを象徴するような鮮やかさを持つ猩々緋(しょうじょうひ)が見渡す限りどこまでも続いていた。

 













それは、かつて人がその土地にもたらしていた熱量を、花々がその代わりとなって大地や空間に届けているかのような、そんな見る者に活き活きとした生彩さを与える力強さがあった。


















 その美しい風景に感嘆しながら村を観察して歩を進めていると、遠くの方に白い十字架を屋根に(いただ)く、民家とは造りの異なる建物が瓦礫や家々の隙間から姿を現し始めた。

 









 そうした今までに目にしたこの村の数々の光景から、ここは農業を生活の基盤として営む土地だったのだろうと推測する。

 







 それは自分に手紙を託してくれたあの村と同じであったが、その根本の部分が異なると言うことを、村の内部に進みながら観察を続けるうちに理解していった。


 












 家々が孤立しているか、隣接しているか。



 閉鎖的か、開放的か。



 田畑が個々人の家に隣接しているか、村の外れで一(まと)めに管理されているか。



 大国からもたらされた神を信じているか、土地の神を祖先から受け継いで祀り続けているか。

 











 それらの相違点から、この村は国の地方行政制度に不可分に組み込まれて存在していたのだろうな、と思う。








 手紙の村も1つの国の中に存在する一共同体という点では変わらないだろう。

 










 だが、その村ではそうした地方に存在する共同体の自治権、つまり地方自治権を有していたのではないだろうか。




 だから村に集会所があり、家々が開放的で大人たちが容易に意見を交わせるようになっていたのだろう。












 対してこの村は、どちらかと言うと中央集権国家の一部だったようである。

 










 村に大人数を収容できるような建物は先程ちらりと目にした教会のみで、それは礼拝や教義や教会の管理に関する議論を行うことを目的とした場であり、こうした小さな村の教会では自治に関して話し合われることはない。











 そうすると、聖職者と一般民衆の間に上下関係があったのではないだろうか、と歩きながら考える。

 








 一部の聖職者のみが村の自治に関する決定権を持ち、彼らによって行われる会議で下された決定が村民に伝達される。





 もしかすると、その聖職者たちはより上の行政区分か、或いは国そのものから派遣された人々なのかもしれない。

 







 どちらにせよ、村民は村の自治に関与することは無かったのではないだろうか。














 だから家の造りもそれに見合うものになっているのだろうし(無論この地方が元からこのような建築を行っていた、という可能性もある)、畑で栽培されたものも村全体で分け与えるのではなくて、個々の家庭の取り分とそれぞれが上に納める分のみを栽培していた可能性が高い。













 小径をゆったりと歩きながら(速く歩くと胸がまた不調を訴えだす)取り留めもなく考えたことであるため推測の域を出ないが、同じ農業を生活の拠り所としても国の在り方によってこんなに違いが出るんだなぁ、という当たり前のことを呑気に考えていた。




















 そんな風にして歩いていると、村の起伏に沿ってちらちらと見え隠れしていた教会がいつの間にか目の前に現れていた。







 そこではた、と足を止める。












 決して少なくはない数の十字架。





それらが教会の前庭で春のうららかな日差しを受けながら、所狭しと突き立てられていた。






 陽光に反射した無数の白さが眩しく、思わず目を細める。












 旅をする中で、今までにも所謂(いわゆる)「墓地」を目にすることは何度もあったが、その度に近辺に咲いている野の花々を手向けるようにしている。










 本当は、土の下に眠っている人々も、恐らくまだこの世界のどこかで生きている人々も、敵ではなかったのだと。








 少なくとも、私は、貴方方(あなたがた)を同じ人類の一員と言う“仲間”だと見做(みな)して、その死を悼むと。












 混沌と恐怖と憎悪に塗れたこの世界を生き抜き、そして散っていった人々に、深い哀悼の意を示すために。















 そうした様々な想いが、一番よく伝わる行動を取りたかったから。

 


















 ちょうど今来た小径の両側にも、雛罌粟(ひなげし)の赤い花が美しく咲いている。




 それらを一輪ずつ手向けようと、少しだけ(みち)を引き返して鞄に入れていた小型のナイフで切り取り始めた。

 













 十字架は教会の入り口に続く径を挟んで、右に25、左に25、合計で50基ある。






 雛罌粟を50本切り取るのは(いささ)か胸が痛んだが、「ごめんよ。僕の気持ちを届けて欲しいんだ」と話しかけながら、心を込めて行った。














 そうやって作業しているときに、ふと気付いた。






 墓の周りには青草が生い茂っていたのだろうが、それが綺麗に切り整えられている。

 











 また村の家々の様子から、ここの十字架たちも(ひび)割れや欠けを起こしていたり、倒れたりしていてもよいものだが、どれもここ最近作られたものであるかのような姿形を保っていた。










 一言で言えば、手入れがされているのである。





 その事実に行き当たって、一つの可能性が頭をよぎった。













 ――もしかしたら、この村にはまだ人がいるかもしれない。













 村を歩いているときには見かけなかったが、家の中にいたのか、どこかに行っていたのか。






 心がそわそわするように、少しずつ鼓動を速めていく。















 それは、大部分が警戒に伴う緊張に由来するものだったが、その何層もの緊張という名の膜に包み込まれた一抹の期待が、電球に灯る明かりが強さを増すようにじわじわと心を温かくしていく。










 危険だと分かっている。




 だけど、手紙で知ってしまった。
















 こんな状況下でも、他者を信じ、守ろうとした人々がいたことを。










 下劣さを持つことが人間の(あかし)なのではない。












 顔も名前も知らない相手に対して思いやりの心を持つこと。











 それもまた、人間という存在を評すものの一部になるのだと。

















 少し話してみたいな、という本音が水底から浮き上がるように姿を現したとき、同僚を思い出したときと同じ感情が心の内で再び渦巻き始めた。






 それは、泥がゆっくりと泡を吹き出すようにポコリと生まれ、緩慢(かんまん)とした潮の流れのように(しばら)く胸の内を回って、気付いたときには消えているのである。











 そんな名前も知らない感情と付き合いながら、雛罌粟(ひなげし)を切り取り続けた。


 









            ***











 あれは、何だ。










 家の窓から何気なく外を見たときに、それが、その金の髪が視界に入った。











 息が止まるほど驚いた(実際に数秒止まった)後、混乱に(おちい)りかけている脳がその意味を必死に処理し、理解するまでに十数秒掛かった。













 そして、最初に湧き起こった感情は“恐れ”だった。













 また、あれが繰り返されるのか。



 また、奴らがやって来るのか。












 地獄を越えて、また新たな地獄を生み出すために――。

 













 大勢の悲鳴と銃声が脳内に反響し、泣き叫ぶ女、力の限り抵抗する男、為す術なく乱暴に殴打される老人の映像が頭の中に映し出される。







 彼らをぐるりと囲む銃が火を噴く度に、1人、また1人と(たお)れていく。




 老いも若きも関係なく、皆見知った者たちだった。










 そして――。



















 頭の中の映像が不意に切り替わる。






 先程のものとは打って変わって、あまりにも穏やかな情景だった。

 











 小麦の穂が黄金(こがね)色の夕陽を受けて、どこまでも風に波打って行く。




 収穫を迎えるほんの少し前のことだろう。












 それは夏、とある7月の平和な夕暮れの記憶だった。










 定刻になったのだろう。



 村にある唯一の屋外放送塔が、今日放送された国営ラジオの最大のトピックを流していた。

 














 ――蛮族(ばんぞく)の地、T国西部を進軍中の我が王立騎士団第三部隊が、その精良かつ勇壮な気質により神のご加護を受け、そのまごうことなき正義の光によって異端人を屈伏させ、制圧することに成功しました。神は敬虔(けいけん)な我々を常に導き、勝利をお授け下さっています。
















 その放送が終わるのを待っていたかのように、「あのね、あのねパパ」と(はや)る声が聞こえ、ふと顔を向ける。













 そこには、頭の先から爪先までを沈みゆく太陽の美しい(だいだい)色に染めながら更に頬を紅潮させ、嬉しさとやる気に満ちた顔で懸命に何かを伝えようとしてくる、息子がいた。




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