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楽園  作者: 雨宮寿霖
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第二話 戦争

!グロ描写あります!

 人類最後の一人となった男は、某国の少佐であった。

 


 その地位ゆえに自らは直接前線に赴くことはなく、主に後方で作戦指揮を執っていた。

 

 その国は、すでに「国」としての体裁を保っている唯一の場所となっていたが、国の周辺の自然はことごとく失われ、さらに国の端からも滅亡の足音は迫ってきていた。

 



 

 ある日、最終防衛線が破壊されて敵軍が雪崩(なだ)れ込んできた。

 

 それまで防衛線内にいた市民たちはあっという間に物言わぬ肉塊に成り果てていった。

 逃げ惑う人々、それを人類が人類を殺すためだけに開発した最新の兵器が寸分の狂いもなく的確に撃ち抜いていく。

 


 それを、軍の作戦本部が置かれていた建物の最上階から見ていた軍の上層部は、我先にと逃げ出し始めた。

 


 上官、同僚、部下という立場関係なく、目の前にいる人間を押し退け、あるいはぶつかり合って押し飛ばされながら、敵軍がいる反対の扉、つまりは裏門から外に出て無我夢中で駆けてゆく。

 

 しかし、多くはないとはいえ人間がわらわらと外に出ていくのに気づかないほど、敵軍の人間も鈍いわけではなかった。

 

 市民に対しては、歩兵が携帯する銃器で対処するのが常であったが、運の悪いことに軍本部を砲撃しようとしていた戦車砲の搭乗者に見られてしまった。

 

 彼はすぐさま戦車砲の照準を、軍服を着て逃げ惑う人々に合わせ(照準を少し右にずらすだけで良かった)、40口径75ミリライフル砲を叩き込んだ。

 


 彼にとっては銃器の違いなどどうでも良く、とにかく目の前の敵が視界から消えればいいだけであった。

 


 だが、もともと戦車砲とは至近距離の人間に叩き込むものではなく、遠くの遮蔽物などに隠れた目標を撃破することを目的としたものである。

 


 

 よって、至近距離から高速かつ人の身には余る大きさの鉛玉の雨、という砲撃を食らった上層部の人間たちは、皮肉なことに市民よりも酷い有様となった。




 木っ端微塵、あるいは頭部が吹き飛ぶ、というのは苦しまないだけ良い死に方と言えるだろう。

 それ以外の場所を吹き飛ばされた人々が上げる苦悶に満ちた断末魔の叫びを聞いて歩兵が駆けつけ、手早く自動小銃で介錯(かいしゃく)を施した。

 

 


 もし、少佐が他の軍上層部の人間と供に本部の最上階から市民の惨劇を目にしていたら、彼も同じ末路を辿っていたことだろう。

 だが、彼はこのとき本部の地下にいた。


 

 戦地で戦っていた彼の部下はほとんどが戦死しており、本部に残っていたわずかな部下も前線に送らなければならなくなった。

 よって「少佐」といえども本部内では決して高いと言える地位ではなくなっており、彼も上官から新米の頃のように雑務を押し付けられる側にまわっていた。

 


 このときばかりは、それが果てしない幸運だったと評するほかないだろう。




「隣国にある街を一つ消し飛ばすほどの新しい超長距離砲を造りたいから、地下倉庫にある資料を片っ端から集めろ」と直属の長官である大佐に命じられたため、過去百年に及ぶ膨大な紙の資料(軍は諜報(ちょうほう)を防ぐために紙をメインで使用)を同僚の少佐と漁っていた。

 


 半日かかって資料を集め、二人で両手いっぱいの紙束を抱えて地上に戻ろうとしたとき、上へと続く階段が瓦礫(がれき)やら何やらで埋もれてしまっているのに気付いた。

 

 異変を感じたが、兎にも角にもこれらをどかさないと地上には出られないため、二人で手分けしてなんとか人が一人通れるだけの隙間を作り、無理やり身体を捻じ込みながら足で瓦礫を突っぱねつつ、何とか頭を地上に出すことに成功した。


 安堵の溜息を吐こうとして、それはすぐに驚愕の声とともに飲み込まれる。




 そこは、廃墟のようになっていた。




 つい数時間前まで決して多くはないとはいえ軍服を着た人々が廊下を行き交っていたり、ブリ―フィングル―ムやらで作戦の会議を行っていたはずなのに、誰一人としていない。

 まるで、竜巻が一瞬ですべてを(さら)っていったかのようだった。



 人もいなければ物も辺り一面に散乱している。

 

 窓ガラスの破片が床でキラキラと(きら)めき、紙がばらばらと床に散らばっていた。


 先ほどからパラパラとコンクリの欠片が落ちてくるのは、この建物が崩壊する可能性があるということだろうか。


 誰か残っている人はいないか探したかったのだが、この本部から脱出するのが先である。

 急いで正面玄関に向かおうと、同僚と走って廊下を曲がったときに、絶句した。




 軍本部の建物、正面から見て右半分がきれいさっぱり無くなっていた。




 廊下が途切れた先、見上げると本来ならば見えないはずの青空が、場違いなほど美しく澄み切っている。

 そしてこの状況に対して“何があったんだ”と尋ねることすら、もはや愚かであると言えた。

 


 鉄筋コンクリ―ト造りの建物の半分が、唐突に消え去るなどということは間違ってもないわけで、自分が今現在どういう世界で生きているのか、ということを考えれば自ずと答えは見えてくる、というものだった。

 そのまま、その分断された場所から慎重に外に出る。

 




 果たして自分が生きているうちに、今後これほどの惨状を目にすることはあるだろうか、と思えるほど、酷い有様になっていた。

 

 軍本部正門前は広場になっており、中央に噴水が設置されている。



 休日になると子連れやカップルの憩いの場にもなっていたその場所が、どす黒く濡れていた。



 いや、もとは濃い赤の液体だったのだろう。石畳がそれを吸い上げてぬらりと光っている。

 その濃い赤の液体の出どころは、そこかしこに転がっていた。


 頭だけ綺麗になくなっているもの、半分がどこかに行ってしまったもの|(縦の場合も横の場合もあった)、身体の一部だけが転がっていることもあった。

 噴水のそばで殺されたのだろう何体かは、そのまま反動で水の中に浸かったため、噴水は鮮血を噴き上げ続けているかのような赤に染まっていた。

 


 死体が放つ胸糞が悪くなるような生臭さに、血塗られた凄惨な現実。

 そのときになって、ようやく理解した。




 毎日前線から送られてくる状況報告の画像や動画デ―タを見て、酷い有様だな、と思っていた自分は「戦争」を知ったつもりになっていただけだったということを。

 



 本当に敵から攻撃を受け、攻撃を返し、爆撃に身をさらし、仲間が吹き飛ぶ――。

 それは送られてくるデ―タからは決して知ることのない感覚。決して命の危機には晒されることのない国軍本部最奥。

 



 「戦争」を続けている、とは言っても前線に向かったことのなかった男たちが初めて知った、本当の「戦争」だった。




 同僚の男が、こらえきれずに横で吐いた。


 口から粘液をぼたぼたと零しながら吐き続ける同僚は、前線とは程遠い本部でただ指揮を下していただけの自分たちの甘さを、正確に表しているのだろう。


 視線をちらりと横に向けると、肉塊となってしまった人々が即座に目に飛び込む。

 本能から嫌悪を感じて目を逸らしかけ、ふと思う。

 

 周りに犠牲者が多くいるとは言え、今は砲撃はなく、一応命の危険もない。

 ――だとしたら。



 彼らは、どれほど怖かったろうか。

 


 部下は、命を(えぐ)り取る銃弾を前にしてなおも戦い続け、すぐ隣の人間が撃ち抜かれようとも止まることを許されなかった。


 兵士は戦うのみ。

 必ず帰れる保証などどこにもないのに、彼らは戦い続けた。


 祖国のために。

 

 ズキリとした痛みに現実に引き戻される。

 知らず噛みしめていた唇から零れた生温かさに触れると、鮮血が指先を染めた。

 そのまま拳を握りしめて決然と顔を上げる。

 

 部下が、兵士が、命を懸けて戦った「戦争」というものから、上官であり司令官でもあった自分がこれ以上目を背けていいはずなどない!

 


 頭が拒否反応を示して瞼を閉じようとするのを意思の力で捻じ伏せ、目の中にその光景を焼き付ける。

 すべてが血塗られた、地獄よりもおぞましい光景を。

 

 これまでに犠牲になった多くの民、そして戦場で散った数多の兵士と、自身の部下への哀悼とともに。

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