第十八話 願い
今は亡き同僚がいるあの街を出て、どれくらい経ったのか、正確な日数は分からない。
春が来れば一年経ったと分かるだろう、と当初は思っていたが、旅を続けて様々な気候や風土の街に行くにつれ、感覚が狂うようになった。
春が来たと思ったらまた雪がちらつく冬に戻ったり、春と夏を交互に繰り返したり。
はたまた異常に長い夏を過ごしたり。
初めての場所を訪れて、街を巡って、その街の人々がどのような生活をしていたのかを出来る限り感じ取ろうと努力した。
海辺の街では、崩れかけた家々の中に必ずと言っていいほど銛が壁に飾られていたし、小型の船が家の外に置いてあるのも多く見かけた。
半分割れてしまっていても、貝殻で作られた工芸品には温かみがあった。
潮の匂いを含んだ風に吹かれながら、街の高台で見た遥か彼方の地平線に沈む夕陽は、今までに見たどんな夕陽よりも沈むのが惜しいと思えるほどの、寂寞とした美しさだった。
山に囲まれた盆地の村に辿り着いたのは、鼠色の分厚い雲が低く垂れ込めた日だった。
街の端にある広大な農地は、名も知らない、折り重なる大量の枯れ草によって覆い尽くされていた。
かつては収穫期になると、風に吹かれた黄金色の穂が海原のように波打ったのだろう。
村の家々はほとんどが平屋で、壁も出入口以外の三面にしかなかったようだ。
そのため、道を歩くと両脇に立ち並ぶ家の中が覗けるほど開放的な造りになっていた。
その内の一軒に足を踏み入れたときに、些細な違和感を覚えた。
例えていうならば、まるである日突然、人だけが急にいなくなったかのような、人だけが急に消えるスイッチを押されでもしたかのような、一種の薄気味悪さを感じた。
調度品はかなりの年月が経っているため、金属類は錆び付いていたり、全体的に埃っぽかったりと、劣化は感じられた。
外に出て改めて辺りを見渡すと、家の前や脇の小道に子どもの玩具が転がっている。
それは、明日また遊べるように、といった感じで置かれており、決してまとめて捨てられている、といったものではなかった。
今まで訪れた国や街は、かなりの確率で破壊されていた。
もちろん、メルダーの男がいた街のように生き残りで復興させた例もあるだろう。
だが、この村には「放置されている」、あるいは「誰かの帰りを待っている」と言ったような、そんな印象を強く受けた。
そのまま村の中心付近に辿り着くと、ひと際大きな造りの建物があった。
片側の壁に四角い大きな旧型テレビが据え付けられており、それを取り囲むようにして半円状に椅子がぐるりと何席も置かれている。
テレビの横の壁に、子どもが落書きをしたような絵が残っていた。
反対側の壁には、引き出しが複数付いた事務机。
奥にはカウンター席と食器棚があり、恐ろしいほど昔に賞味期限の切れたお菓子の袋が、流しの横に置かれていた。
察するに、ここは村の集会所か何かだったのだろう。
村の中心部に位置していることと、この建物にはこの広間以外に部屋がないことからも窺われる。
カウンターの席にゆっくりと腰掛けながら、ゆっくりとため息を吐いた。
何気なくテーブルをなぞれば、ふわっとした感触と共に排気で汚れた雪のように薄汚い埃が、びっしりと指に張り付いていた。
それを払い落としながら、ぼんやりと考える。
開放的な造りの家、街の至る所で見られた子どもの玩具、集会所、消されなかった子どもの落書き――。
きっとこの村の住人は、仲が良かったのだろうな、と思う。
農業を営む傍ら、暇を見つけて集会所に集まり、テレビを見て何かニュースがあれば、あれやこれやと意見を交わしたのではないだろうか。
そして、村全体で子どもを育てた。
小道に玩具が置いてあっても、誰も邪魔だと咎めない。
集会所にも子どもを連れていき、村の大人たちで子どもの相手をした。
子どもが落書きをしても、誰もそれを消そうとはしていないことからそのように推測した。
そう、推測。
これは、推測なのだ。
すべて、自分が「こうだったのかもしれない」と想像を働かせて考えた、推測なのだ。
大人が忙しすぎて子どもに無頓着なだけだったのかもしれない。
ここも和気あいあいとした村の集会所などではなく、大人が村の方針を定めるためだけの、堅苦しい事務所だったのかもしれない。
――それでも。
血が滲むほどに唇を噛みしめ、俯いて激情を堪える。
握り締めた手の平に爪が食い込む痛みも、誰にもこの想いが届かない悲しみに比べれば、無いに等しかった。
それでも、どうしても、願ってしまう。
自分の推測が正しいことを。
人がただただ己のみを守ろうとした、傲慢で高慢で怠惰で下劣で、そしてどうしようもなく愚かな存在であるという風に、決め付けたくなかった。
一時の過ちによって、永遠に全てを失うことになったとしても、それまでの人類の営みをも、愚かな種族による低俗な行いだと片付けられたくはなかった。
過ちが世界を覆い尽くしても、必死にそれに抗い、自分以外の誰かを守ろうとした人々がいるのだと、誰かに知って欲しかった。
理解して欲しかった。
信じて欲しかった。
どうか。
どうか、人を、人類を。我々を、見限らないで下さい。
それは旅を続ける中で膨らみ、水流が迸るように身体中を駆け巡っていた、誰に届くでもない“願い”だった。
内圧を下げるように大きく息を吐き、顔を上げる。
外は、滲んだ視界をそのまま投影したかのように、雨がそぼ降っていた。
出入口の上から雫が簾のように垂れ、外界と薄暗い室内とを分けている。
自分がいるのは、埃が積もり、荒れ果てた小部屋。
一目見ただけで、長らくそこに人はいないのだと理解してしまう光景。
おそらく、この想いと願いを誰かに託すことなど、もう出来ない。
それを望むには、あまりにも遅すぎた。
自分が生まれてくるのが、遅かったのか。
もっと早くに生まれていれば、まだまだ人が大勢いて、誰かとこの苦しみを分かち合うことが出来ただろうか。
そこから世界の在り方に関して疑問を持つ者の輪が広がり、もしかしたら……。
そこまで考えて、メルダーの男が言っていた、「若者に特有の過剰な正義感」という言葉を思い出し、ふ、と自虐の笑みがこぼれた。
自分一人で何が出来ようか。
どうせすぐに潰されて終わるのだ。
メルダーの友だった、誇り高き大尉のように。
では、自分が人を知り、理解し、その上で人を愛せるようになったのが、遅かったのか。
だとしたら、それこそどうにも出来ない。
国の中で教育を受ける過程で、現状に疑問を持ち、他者を理解しようという思いを芽生えさせるのは、ほぼ不可能である。
“戦争”は正義であり、敵国は絶対悪だと幼い頃から刷り込まれていたから。
では士官学校ではなく、他の道に進んでいれば、などと考えても、詮無い事である。
過去は変えることが出来ない。
絶対に。
きっと、戦争が始まった頃が分岐点だったのだろう。
過ちに気付き、まだ引き返せるところにいた、約100年前。
しかし、人は排除を選んだ。
他者と共に生きることを放棄し、ひたすらに己自身の利と欲を追求した。
その結果、全てを破壊してまで手に入れたいと望んでいた利も欲も望めなくなったのは、究極の皮肉としか言いようがない。
結局、自分一人だと何も出来ないのだ、と黒いインクに染まったような思考は止まらない。
人は、完全に他者の力を借りずに何かを創り出すことなどない。
必ず、全ての物事の根底には過去の営みがある。
先人たちが悩み、迷い、苦しみ、考え、挑み抜いたその結晶とも言うべきものを、我々は享受している。
そうして過去から連綿と受け継がれてきた知の結晶に、新たな知恵を乗せて、未来へと届ける。
歴史とは、文化とは、文明とは、そのようにして生まれるのだ。
他者の存在なくして、繁栄はない。
一人で何かを考えることも出来るが、他者の思考があれば、自分の想像を超えたものを生み出すことが出来る。
そして、今。
自分は、一人である。
周りにも、誰もいない。
――若者に特有の過剰な正義感
再び、メルダーの言葉が頭をよぎった。
それは、自分が動けば周囲を、世界を少しでも変えられるのではないか、という希望的観測から発せられた想いである。
メルダーは、それを愚かしいものとして捉えていた。
しかし、変えるべき“環境”や、変えるべき“他者”が存在するだけ、そうした想いを抱けるだけ、まだ幸せなのではないだろうか。
もう、自分には、何もない。
一人だと、何も出来ない。
信じるべき他者も、共に在るはずの同胞も、未来で待つ人々も、いないのだ。
打ちひしがれて、のろのろと床に座り込んだ。
知らないことを知って、より他者と理解しながら生きていきたいと思っていたのに。
そうなりたいと思って、旅をしていたのに。
――無駄だったのかな。
それは、床をのたうち回りたくなるほど残酷な現実だった。
心が、それを受け入れることを拒んで、激しく痛む。
大地に生気を吸い取られるように、ゆっくりと横たわった。
ふと脳裏に浮かんだのは、亡き同僚のことだった。あいつもあの日、こんな気持ちを味わっていたのだろうか。
唐突に、奈落の底に突き落とされたような、絶望。
もう、いいかもしれない、と思う。
もう十分に色々なものを見た。色々と知ることが出来た。
これ以上何かを求めても、自分を苦しめるだけかもしれない。
もう、ここで、終わらせても――。
火照った頬に冷えた床が心地よく、規則正しい雨音と相まって、ゆるゆると瞼が下がっていく。
その視界の片隅に、白いものが映った。




